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第16話 民の声を拾う会議を開いたら、謎の本の知識が騒ぎ出した

 連邦の仮本部となった王城の大広間で、大規模な御前会議が開かれていた。

「公爵閣下! 本日の議題は、帝国によって蹂躙されたこの領地の復興、および民の声を拾い上げる施策についてであります!」

 声を張り上げているのはヘンドリックだ。

 広間にズラリと並んでいるのは、あの理不尽な最前線から俺と一緒に駆け抜け、生き残った兵士や貴族たち。彼らは軒並み爵位が上がり、一兵卒だった者たちまでが騎士爵や男爵のメダルを胸に輝かせている。俺が「あいつらにも適当に褒美やっといて」と丸投げした結果だが、全員から「神の使い」を見るような視線が飛んでくる。

(いや、ただ座って聞いてるだけなんだけど)

 俺の左腕には、今日も国一番の美姫である妻がピッタリと抱きつき、「民の声に耳を傾けるなんて、なんて慈悲深い名君ですの!」と目を輝かせている。

(復興か。めんどくさいな。早く終わらせて妻とゆっくりしたい)

 ここで少し説明しておこう。

 俺のスキルがなぜ全属性レベル1で揃っているかというと、後方支援部隊に配属された当初、「どうせレベルが上がらないなら、数を揃えるしかない」と開き直って、ありとあらゆるスキルを手当たり次第に習得したからだ。

 スキルを習得するには、対応する書物を読み込むか、術者に直接教えを乞うかのどちらかだ。俺は後者が苦手だったので、もっぱら本を読みまくった。

 軍の資料庫にある魔法書は当然として、廃屋で見つけた古書、戦場で鹵獲した敵国の術式書、行商人から買い叩いた怪しげな写本……片っ端から読み漁った。

 その中に、一冊だけ、妙な本があった。

 言語は一応この世界のものだったが、書かれている内容が明らかにおかしかった。「石と砂を熱で溶かし板状に固めた透明な建材」「鉄の筒に水を通して熱し、圧力で動力を得る装置」「深い槽に湯を張り人が浸かることで疲労を回復する施設、これを『風呂』と称す」……

(何だこの本。この世界の技術じゃないぞ)

 誰が書いたのか、どこから来たのか、全くわからない。ただ、書かれている内容はどれも理にかなっていて、実際に魔法で応用できそうなものばかりだった。

 俺はその本を丸ごと頭に叩き込んだ。どうせスキルを集めるついでだ。

 それが今になって、やたらと役に立っている。

「……最後に、避難生活で疲弊した民衆から『温かいお湯で体を洗いたい』という公衆浴場建設の要望が出ておりますが、これは予算の都合上、後回しに……」

「待て。それはダメだ」

 俺は思わず身を乗り出し、ヘンドリックの言葉を遮った。

「こ、公爵閣下? 何か問題でも……」

「お風呂を後回しにするなんて正気の沙汰じゃない」

 あの謎の本に書いてあった。「人が清潔を保てる環境は、疾病の予防に直結し、民の士気と生産性を大幅に向上させる」と。

 それだけじゃない。俺個人としても、まともな風呂がない生活は辛い。可愛い妻とゆっくり入れる大きな湯船は、絶対に必要だ。

「水道橋と街道の修復? そんなものは今すぐ俺が終わらせる。案内しろ」

 俺はポカンとする部下たちを引き連れ、妻を抱きかかえたまま王城の外へと飛び出した。

「『レベル1・土木』! 『レベル1・水流』!」

 俺は無駄に底なしの魔力を全開にし、街の復興に向けてレベル1魔法を連続でぶっ放した。

 ズゴゴゴゴゴゴッ!!

 大地が鳴動し、崩れていた水道橋が一瞬にして完璧なアーチを描いて自己修復していく。さらに、土魔法で舗装された真っ平らで美しい街道が、地平線の彼方まであっという間に伸びていった。

「な、なんだこれはぁぁっ!? 数千人の労働者が数ヶ月かけて行う大工事が、たった一瞬で!?」

 次に俺が取り掛かったのは、あの謎の本に書いてあった「公衆浴場」の設計だ。

 大理石に見立てた岩盤を土魔法で一気に成形し、地下水脈を水魔法で引き上げて加熱する。魔力で温度を一定に保つ循環機構を組み込み、あの本の設計図通りに仕上げていく。

「さらに見ろ! 街の中央に、宮殿のようなものが生え上がっていくぞ!」

 俺の魔力によって錬成されたのは、大きな湯船が何種類もある豪華な公衆浴場だった。豊富な魔力で常に適温のお湯が湧き出るチート仕様だ。

「よし、できた。これで民衆も綺麗になれるし、俺たちもゆっくりお風呂に入れるな!」

 俺が満足げに汗を拭うと、集まっていた数万人の市民と配下の貴族たちが、全員揃ってその場にひれ伏した。

「あああ……公爵閣下は、我々に命の水を分け与えてくださる創造神の生まれ変わりであらせられたか……!」

「奇跡だ! 神の御業だ! 新たなる王に万歳!」

(いや、ただ本に書いてあったことを実践しただけなんだが)

「旦那様! わたくし、今すぐあの神聖な泉で体を清めたいですわ!」

 イレーネが目をキラキラと輝かせて俺の腕を引っ張る。

「ああ、それが目的の一つだからな」

「まあ! 旦那様ったら、民のためだけでなく、わたくしのことも考えてくださっていたのですね! ふにゃ……」

(民のためは半分本当で、妻のためが半分本当だ。言わないけど)

「ヘンドリック」

「はっ」

「あの浴場、男女で時間を分けるか区画を分けること。そして公爵専用の貸切区画を一つ作ること。これは絶対だ」

「かしこまりました。その……理由をお聞きしても?」

「俺の妻を、他の男に見せたくない」

「……」

 ヘンドリックは一瞬固まってから、目を真っ赤にして深々と頭を下げた。

「公爵閣下……なんと純粋で深い愛を……!」

「神です……!」と後ろで日陰の夫たちが泣いている。

(そんな大層な話じゃないんだが)

「ちなみにあの謎の本、他にも使えそうなことが色々書いてあった。農業、医療、建築……順番に試していく」

「謎の本、でございますか」

「ああ。どこの誰が書いたのか全くわからないが、書いてあることは全部正しかった。今のところ外れは一つもない」

 ヘンドリックが真剣な顔になった。

「……閣下、その本はいつから?」

「後方支援部隊にいた頃だ。廃屋の資料庫で見つけた。タイトルも著者名もなかった」

「……大切に保管してください。それはこの連邦の、いや、この大陸の宝になるかもしれません」

(大げさな)

 俺は鼻を鳴らしながら、イレーネに手を引かれて完成したばかりの浴場へと向かった。

 こうして、ただの元後方支援兵は、スローライフの快適さを追求した結果と、謎の本の知識の力で、数万人の民衆から文字通りの「神」として崇拝されることになってしまったのだった。


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