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第15話 執務を丸投げ成功したのに、なぜか国宝級の家具を作るハメになった

「公爵閣下ぁぁっ! このご恩、我が一族郎党、末代まで決して忘れませんぞ!」

 執務室の床に額をこすりつけ、号泣しているのは、俺の側近と勝手に名乗っているヘンドリックだった。

 俺が適当にハンコを押して彼の手柄にさせ続けた結果、彼は子爵から伯爵へと大出世し、今回の連邦設立の功績でなんと侯爵にまで成り上がってしまったのだ。おまけに彼の次男にまで伯爵位が与えられている。

「閣下には戦場での指揮という最も重要な御役目がございます! 煩わしい連邦の暫定統治や内政、書類仕事は、事実上の宰相としてこの私がすべて完璧に引き受けさせていただきます!」

「おお、そうか! 頼んだぞ、本当に全部任せたからな!」

 俺は満面の笑みでヘンドリックの肩を叩いた。

 勝った。とうとうめんどくさい政治と執務を完全に部下に丸投げすることに成功したのだ。

(よしよし……これでやっと、可愛い妻と誰にも邪魔されずに引きこもれるぞ!)

 足取りも軽く、俺は執務室の奥にある鍵付きのVIPルームへと急いだ。

 扉を開けると、昨日イレーネが周到に準備した部屋に、国一番の美姫である俺の妻がソファで頬を赤らめて待っていた。

「旦那様っ! お疲れ様ですわ! さあ、早くわたくしを抱きしめて……んんっ!?」

 俺はソファに飛び込み、愛しい妻の細い腰をグッと引き寄せて、そのまま少しだけ大胆に首筋に顔を埋めた。

「ひゃあっ!? だ、旦那様、急にそんなところ……っ」

 あまりにも無防備で可愛い反応に、俺がさらにイタズラっぽく抱きしめる力を強めた、その瞬間だった。

「……っ! こ、このド変態! 臭くて汚らしい童貞野郎! 気安くわたくしの体に触るんじゃありませんわよ、死んで詫びなさい!」

 ドギツい罵倒が、VIPルームに響き渡った。

(おおっ、久しぶりに出た!)

 あまりの羞恥心と限界突破したときめきに脳の処理が追いつかなくなった結果、解呪されたはずのかつての口の悪さが反射的に飛び出してしまったらしい。

 しかし、口では「死んで詫びろ」と凄まじい暴言を吐きながらも、その顔は茹でダコのように真っ赤で、俺の背中に回された腕は「絶対に離さない」とばかりにギュウウウッと力強くしがみついている。

 言動と行動の凄まじい矛盾。この強烈なツンデレのギャップが、俺の性癖にクリティカルヒットしてたまらないのだ。

「ごめんごめん、可愛かったからつい。でも、このソファちょっと硬くてイチャイチャしづらいな」

「そ、そうですわね……って、誰がイチャイチャしますかこの豚! ……でも、確かに腰が痛くなりますわ。もっと広くて、ふかふかなベッドがあれば……」

 顔を真っ赤にしてモジモジと上目遣いをしてくる妻。もう完全に誘っている。

(よし。レベル1クラフト魔法の出番だな)

 俺は無駄に底なしの魔力を指先に集中させた。レベル1の基礎的な加工魔法でも、注ぎ込む魔力が規格外であれば、素材の限界を超えた超絶品質のものが生まれる。

「『レベル1・創造』!」

 まばゆい光とともに、部屋の中央に、雲のようにふかふかで、ほんのりと魔力による保温効果と疲労回復効果が付与された、最高級のキングサイズベッドが錬成された。

「まあっ! なんて素晴らしいベッドですの! 旦那様、凄いですわ!」

「へへっ、これなら一日中ゴロゴロしても腰が痛くならないぞ。さあ、続きを……」

 俺が妻を抱き上げて真新しいベッドにダイブし、しばらく幸せな時間が流れたころ。

 バンッ!

 執務室の方から扉が開こうとする音がした。

「公爵閣下! 先ほどの法案の件で一つ確認が……」

 ヘンドリックの声だ。

 だが次の瞬間。

「お待ちください」

 廊下から、凜とした声が割り込んだ。リーヌだ。

「姫様と閣下は、ただいまお二人でご休憩中でございます。いかなるご用件も、本日はお取り次ぎできかねます」

「し、しかしリーヌ殿、これは急ぎの案件で……」

「どのような急ぎの案件でございましょうか」

「帝国との国境線の最終確認が……」

「国境線は明日も動きません」

「し、しかし……」

「ヘンドリック様。閣下は昨日も今日も、十分すぎるほどお働きになりました。今この瞬間、閣下を邪魔することは、わたくしが許しません」

 リーヌの声に、廊下がしんと静まり返った。

 さらに外から、ファンクラブの令嬢たちの声が続いた。

「ヘンドリック様、こちらへどうぞ。その書類、わたくしたちが確認しますわ」

「そうですわ。閣下と姫様のお時間を邪魔することは、わたくしたちが絶対に許しませんの」

「……わ、わかりました」

 ヘンドリックの気配が遠ざかっていく。

 部屋の中では、俺とイレーネが息を潜めていた。

 しばらく沈黙が続いた後、イレーネがくすくすと笑い始めた。

「旦那様、聞こえましたか?」

「聞こえた」

「リーヌ、頼もしいですわね」

「ああ。本当に助かった」

 俺は心の底からそう思った。

 もしヘンドリックが入ってきていたら、俺の可愛い妻の姿を他の男に見られていた。それだけは絶対に駄目だ。断じて駄目だ。イレーネの姿は俺だけのものだ。

(リーヌ、今度ちゃんとお礼をしないとな)

「旦那様?」

「何でもない。……続きをしよう」

「ふにゃ……」

 イレーネがまたたちまち溶け始めた。

 しかし、その数時間後。

 ベッドから出た俺を待ち受けていたのは、執務室の前で目をキラキラと輝かせたヘンドリックだった。

「閣下! 先ほど錬成されたそのベッド、ちらりと拝見しましたが……初代皇帝が愛用したと伝わる伝説の魔導寝具を超えるクオリティでは!?」

(あ、やべ。魔力込めすぎた)

「す、素晴らしい! 閣下は軍略だけでなく、神の如き物作りの御手までお持ちだったのですね! すぐに職人ギルドを呼び寄せます! 閣下、ぜひ連邦の特産品となる魔導具の開発を……!」

「いや、俺はただ妻とゆっくりするためにベッドを作っただけで……待て、やめろ、俺の休みをこれ以上奪うなぁぁっ!」

 ヘンドリックは全く聞いていなかった。

 こうして俺は、政治を丸投げして自由を手に入れたはずが、今度は「伝説のアーティファクトを生み出す神の職人」として、新たな激務に巻き込まれていくのだった。

(リーヌにお礼をしたら、次はヘンドリックの仕事を増やす方法を考えよう)


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