第13話 事後処理は丸投げしたのに休めないし、妻のファンクラブが引き手あまただった
帝国の皇太子カールを生け捕りにし、巨大なウィレム連邦のトップに祭り上げられてから数日。俺は仮本部となったダルム公国の王城の執務室で、死んだ魚のような目をしていた。
「閣下! 帝国からの賠償金請求書、および国境線の再編案を作成いたしました! ご確認をお願いいたします!」
「閣下! 捕虜となった帝国兵たちの処遇について、第一案から第三案までご用意しました! どれを採用いたしましょうか!」
次から次へと執務室に雪崩れ込んでくる血気盛んな貴族や官僚たち。全員が目をキラキラと輝かせながら、分厚い書類の束を俺のデスクにドサドサと積み上げていく。
(ちょっと待ってくれ。君たち「煩わしい事後処理は我々有能な部下にお任せを!」って言って実務を全部引き受けてくれたよね? なんでイチイチ全部俺のところに報告に来るの!?)
「閣下のような稀代の天才軍師の元で働けるとは、これ以上の誉れはありません! どんな些細な決定も、まずは閣下の神算鬼謀に触れさせていただきたく!」
(ただの丸投げだよ! 早くベッドで寝たいだけなんだよ!)
俺が内心で絶叫しながら書類にハンコを押し続けていると、執務室の扉が小気味よい音を立てて開き、色とりどりのドレスに身を包んだ女性たちが連れ立って入ってきた。
これが毎日やってくる、イレーネの「ファンクラブ」の面々だ。
(……今日もまた来たか)
俺は書類から目を上げ、思わず目を細めた。
毎日来るたびに思うのだが、このファンクラブ、一人残らず美しい。
先頭に立つのは、離婚騒動で父親に捨てられた子爵家の令嬢。切れ長の目が涼やかな、二十歳そこそこの美人だ。その後ろには侯爵家の元令嬢、商家出身の若妻、ダルム公国から合流した伯爵家の娘たち。未婚あり、バツイチあり、身分もさまざまだが、全員が揃いも揃って見目麗しい。
(解呪パニックで自由になった女性たちがイレーネを慕って集まってきたら、こうなったか。いや、考えてみれば当然か。呪いが代々かかっていたのは高位の貴族女性だ。つまり生まれも育ちも良い、磨かれた女性たちが自由になったわけで……)
「お姫様! 今日もなんてお美しく、神々しいのでしょうか!」
「旦那様のお膝の上で国家予算を処理されるそのお姿、我々の憧れですわ!」
先ほどまでの血気盛んな部下たちとは打って変わって、執務室の空気が一気に華やかになる。
先日俺がやらかした集団解呪パニックにより、傲慢な父親や夫を捨てて自由になった彼女たちは、「愛する最強の男を骨抜きにし、実質的に連邦を裏から支配している(ように見える)」イレーネを女性の理想像として完全に心酔していた。
「ふふっ、皆様ありがとう。でも当然ですわ。わたくしの英雄様は世界で一番素敵ですから、片時も離れたくありませんの。ねえ、旦那様? チュッ!」
「……はいはい、そうだね」
「きゃあああっ! 尊いですわぁっ!」
令嬢たちが悶え転がる。毎日のことだ。
(ところで、この子たち……引き手はないのか?)
俺はぼんやりと考えた。これだけ美しい女性が揃っていて、全員自由の身ならば、放っておいても縁談が舞い込みそうなものだが。
「ヘンドリック」
「はっ」
「あのファンクラブの面々、縁談はどうなっている」
ヘンドリックが少し苦笑いした。
「閣下の解呪パニックのせいで、上位貴族の男性の多くが財産と領地を失い、婚姻市場が一時的に壊滅状態でして……令嬢たちに声をかけられる立場の男性が、まだ少ないのです。なにせ彼女たちの目も肥えておりますし」
(そりゃそうか。俺が阿鼻叫喚を引き起こしたせいでもあるな)
「あ、ですが閣下。じつは最近、面白い動きがあります」
ヘンドリックが少し楽しそうな顔になった。
「今回の戦で武勲を挙げた若い連中に、ファンクラブの令嬢たちが興味を持ち始めているようで」
「ほう」
「日陰の夫の息子たちや、一般兵から武勲で取り立てられた若者たちです。身分は低くとも、戦場で誠実に戦う姿を間近で見ていますからね。令嬢たちは傲慢な上位貴族よりも、そちらの方に惹かれているようで」
(……なるほどな)
つまり、俺が引き起こした集団離婚パニックで傲慢な上位貴族が一掃され、今度は戦場で誠実に動いた若者たちに光が当たり始めているということだ。
思えば令嬢たちは、呪われた母親や祖母が傲慢な男に虐げられるのを見てきた。そういう女性たちが自由になって目を向けるのは、華やかな地位より誠実な背中なのかもしれない。
「閣下! ちょっとよろしいですか!」
その時、執務室の入口から声がした。
今回の戦で活躍した若い連中の一人、元一般兵のトールという男だ。先日の戦では真っ先に志願して前線を支えた、度胸のある若者である。
「どうした」
「あの……閣下に解呪していただいたウィレム家の令嬢から、感謝のお手紙をいただきまして。その、お近づきになりたいと……俺みたいな身分の者が、よろしいものでしょうか」
トールは耳まで真っ赤にしながら、丁寧に折りたたまれた手紙を差し出した。
(おお)
俺は思わず口角が上がるのを感じた。
「何が問題なんだ。お前は今回の戦で先陣を切って戦い、仲間を守った。それだけで十分だろう」
「で、ですが俺、平民出身で……」
「身分より誠実さだ。会いに行ってこい」
「は、ははっ! ありがとうございます閣下!」
トールが飛び跳ねんばかりの勢いで頭を下げ、走り去っていった。
その背中を見送っていると、ヘンドリックがこそりと耳打ちしてきた。
「実は閣下、今日だけで似たような相談が五件来ておりまして」
「全員同じ返事でいい」
「かしこまりました」
「ちなみに身分が低い女性の方から男性に声をかけているケースもあります。ダルム公国の一般市民の娘さんが、我が軍の兵士に感謝状を持って会いに来ていたり」
(そっちもそっちで動いてるか)
戦場で命がけで戦った男たちが報われる。それは悪くない話だ。
「英雄様! 何をニヤニヤしておられますの?」
イレーネが不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「いや。お前のファンクラブが、なかなかいい方向に向かってるなと思って」
「まあ! どういう意味ですの?」
「そのうちわかる」
俺は書類の山に再びハンコを押しながら、内心でひっそりと笑った。
集団解呪パニックで阿鼻叫喚を引き起こした俺だが、ひょっとするとその結果、この連邦はずいぶんと面白いことになるかもしれない。
傲慢な男を捨てた女性たちが、誠実な男のそばに集まる。それはどう考えても、悪い話ではなかった。
(……まあ、俺はとにかく早く帰って妻と寝たいんだが)
「英雄様、また現実逃避の顔をしておられますわ」
「してない」
「してますわ。チュッ!」
「だから突然するな」
「きゃあああっ! 尊いですわぁっ!」
ファンクラブが悶え転がった。
その騒ぎの隙に、イレーネが俺の耳元にそっと近づいてきた。
「旦那様、少しよろしいですか」
「何だ」
「これからは言い訳をなさってはいけませんわ」
「……は?」
「短く命じて、あとは部下に任せるのです。そうすれば余計なやり取りが省けて、わたくしたちの時間が増えますわ」
早く帰って妻と過ごしたいという俺の願望を、完璧に見透かした提案だった。
確かに後方支援の経験からしても、指揮官の指示が短く断定的な方が部下は迷わずに動ける。何より、イレーネとの時間を確保できるならそれに越したことはない。
「……そうだな。それが一番手っ取り早い」
「ふふっ。旦那様がそう仰ってくださって嬉しいですわ。チュッ」
「だから突然するな」
「ふにゃ……」
俺が素直に受け入れると、イレーネはなぜか顔を赤くしてそっぽを向いた。
(……何故照れているのかわからないが、まあいい)
執務室という名のカオスな空間で、俺はひたすら書類にハンコを押し続けながら、遠い目で現実逃避するしかなかったのだった。




