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第8話 箕輪キヨ

箕輪さやかの祖母の家は、村の奥にあった。

古い木造の家。

庭には畑があり、まだ冬の名残で土は固い。

軽トラックが一台停まっていた。

湯沢は車を降りて言った。

「元議員っていうから」

家を見上げる。

「もっと立派な家かと思った」

箕輪は肩をすくめた。

「村議会ですから」

「そんなもんです」

玄関の引き戸を開ける。

「ただいま」

奥から声がした。

「遅い!」

かなり元気な声だった。

居間に入ると、老婆が座っていた。

背筋が伸びている。

白髪。

小柄だが、目が鋭い。

箕輪が言った。

「祖母」

老婆は湯沢を見た。

「誰だい」

箕輪が答える。

「温泉の支配人」

湯沢は言った。

「昨日決まりました」

老婆は腕を組んだ。

「遅い」

湯沢は少し驚いた。

「え?」

「もっと早く決めるべきだった」

箕輪が呆れた顔をした。

「祖母、昨日の話だよ」

老婆は言った。

「知ってる」

湯沢は言った。

「情報早いですね」

老婆は鼻で笑った。

「村なめるな」

湯沢は少し笑った。

「確かに」

箕輪が言った。

「祖母」

「温泉の契約の話」

老婆は眉を上げた。

「誰に聞いた」

「カメ子さん」

老婆は少し笑った。

「あの女」

「まだ元気か」

湯沢が言った。

「かなり」

老婆は頷いた。

「そうか」

少し間を置く。

「で?」

箕輪が言った。

「源泉の契約」

老婆は湯沢を見た。

「お前、わかるか」

湯沢は正直に答えた。

「まだ」

老婆は頷いた。

「正直でいい」

それから言った。

「温泉を掘ったのは」

「三十年前」

「望月の土建屋」

湯沢が言う。

「聞きました」

老婆は続けた。

「そのとき」

「会社を作った」

「白樺の湯開発」

「第三セクター」

湯沢は頷く。

「そこまでは普通」

老婆は言った。

「だがな」

指を一本立てた。

「源泉は会社のものにしなかった」

湯沢が聞く。

「なぜ」

老婆は即答した。

「信用してないから」

沈黙。

箕輪がため息をつく。

「祖母らしい」

老婆は続けた。

「会社は潰れる」

「社長は変わる」

「株主も変わる」

湯沢は言った。

「確かに」

老婆は言った。

「だから」

「温泉は村のもの」

「会社は借りてるだけ」

湯沢は腕を組んだ。

「使用契約」

老婆は頷いた。

「そう」

「30年契約」

湯沢が顔を上げた。

「30年?」

老婆は言った。

「もうすぐ切れる」

沈黙。

箕輪が言った。

「あと何年?」

老婆は答えた。

「二年」

湯沢は天井を見た。

「……なるほど」

少し考える。

「つまり」

「会社が源泉を使えるのは」

「あと二年?」

老婆は頷いた。

「更新しなければな」

湯沢は聞いた。

「更新は?」

老婆は肩をすくめた。

「村次第」

箕輪が言った。

「祖母」

「村って誰?」

老婆は笑った。

「議会だ」

湯沢は言った。

「もう村議会ないですよ」

老婆はニヤリとした。

「だから面白い」

沈黙。

湯沢はゆっくり言った。

「つまり」

「契約更新しないと」

「温泉使えない」

老婆は頷く。

「そうだ」

湯沢は深く息を吐いた。

「……これは」

少し考える。

「李にとっては」

「かなりまずい話」

老婆は言った。

「まだある」

湯沢が顔を上げた。

「まだ?」

老婆は言った。

「契約条項」

「追加で入れてある」

箕輪が呆れた。

「祖母また変なことした?」

老婆は言った。

「変じゃない」

少し間を置く。

「賢い」

湯沢が聞く。

「どんな条項です」

老婆はゆっくり言った。

「温泉を使う会社は」

「村民の雇用を守ること」

「村の観光振興に寄与すること」

「村の同意なく」

「事業内容を変更できない」

沈黙。

湯沢は思わず言った。

「……完璧だ」

老婆は笑った。

「だろう」

箕輪が言った。

「祖母」

「それ」

「李さん絶対嫌がる」

老婆はニヤリとした。

「だから入れた」

湯沢は言った。

「もし株を取られても」

「自由に開発できない」

老婆は頷いた。

「そういうことだ」

湯沢は少し笑った。

「すごいな」

老婆は言った。

「村守るのが議員だ」

沈黙。

そのとき。

箕輪の携帯が鳴った。

画面を見る。

「……望月さん」

電話に出る。

「もしもし」

少しして、顔色が変わった。

「え?」

湯沢が聞く。

「どうした」

箕輪は言った。

「李さん」

「もう動いてる」

湯沢が眉をひそめる。

「何を」

箕輪は言った。

「個人株主」

「もう一人」

「株売った」

沈黙。

湯沢は小さく呟いた。

「……早いな」

老婆は静かに言った。

「当然だ」

そして

湯沢を見た。

「支配人」

「時間はあまりないぞ」

こうして湯沢の温泉防衛戦が本格的に始まった。

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