表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/19

第7話 祖母の契約

白樺の湯の浴室に、妙な沈黙が落ちていた。

湯気の向こうで、滋野カメ子が静かに笑っている。

「昔の村議会が、かなり複雑な契約をしてるの」

李は少し首を傾けた。

「どんな契約ですか」

カメ子はすぐには答えなかった。

代わりに、湯船の縁に腰を下ろした。

「ねえ、さやかちゃん」

箕輪が振り向く。

「はい」

カメ子は柔らかく言った。

「あなたのおばあちゃん、元気?」

箕輪は少し驚いた顔をした。

「え?」

「祖母ですか」

「ええ、まあ」

「最近は家にいます」

湯沢が聞いた。

「有名な人なんですか」

望月が鼻を鳴らした。

「有名も何も」

「村議会議員だぞ」

箕輪は少し困った顔をした。

「昔ですけど」

望月が言う。

「二十年だ」

「長かったぞ」

浅科竹太郎が補足した。

「合併前の旧湯ノ沢村議会」

「最古参議員でした」

湯沢は少し興味を持った。

「そんな人が?」

カメ子は頷いた。

「ええ」

「温泉を作ったとき」

少し間を置く。

「一番うるさかった人」

箕輪がため息をつく。

「想像つきます」

望月が笑う。

「頑固婆さんだからな」

李は静かに聞いていた。

そして言った。

「契約の話ですが」

カメ子は頷いた。

「そうそう」

「そのときね」

「土地の契約を作ったの」

湯沢が聞く。

「普通の契約じゃないんですか」

カメ子は首を振った。

「普通じゃないわ」

李が興味深そうに言った。

「例えば?」

カメ子は指を一本立てた。

「源泉」

「温泉の源泉」

「会社のものじゃないの」

湯沢が言った。

「え?」

望月も眉をひそめた。

「どういう意味だ」

カメ子はゆっくり言った。

「源泉は」

「村の共有財産」

浴室が静まり返った。

李が初めて表情を変えた。

「……共有?」

浅科が言った。

「そんな契約ありましたか」

カメ子は笑う。

「あるのよ」

「議会で決めたから」

湯沢は考え込んだ。

「つまり」

「会社は温泉を使ってるだけ?」

カメ子は頷く。

「そう」

「使用契約」

望月が頭をかいた。

「そんな話聞いたことねえぞ」

カメ子は言った。

「あなた議員じゃなかったもの」

李が静かに言った。

「契約書は?」

カメ子は答える。

「役場」

「多分」

湯沢は言った。

「多分?」

カメ子は少し笑った。

「古い書類だから」

「どこかにあるはず」

李はしばらく黙っていた。

そして聞いた。

「水利権は?」

カメ子は即答した。

「村」

李は少しだけ笑った。

「なるほど」

湯沢が聞く。

「まずいんですか」

李は答えた。

「いえ」

少し間を置く。

「少し面倒になりました」

望月が言った。

「ざまあみろ」

李は笑った。

「でも」

「面白いですね」

湯沢は聞いた。

「何が」

李は言った。

「この村」

「思ったより」

「手強い」

そのとき。

箕輪が小さく言った。

「祖母に聞きますか」

全員が彼女を見た。

望月が言う。

「まだ元気か」

箕輪は頷いた。

「元気すぎます」

浅科が言った。

「九十近いはずですが」

「八十八です」

湯沢は言った。

「十分すごい」

カメ子が笑った。

「行ってみたら?」

「多分」

「喜ぶわよ」

湯沢が聞いた。

「なんで」

カメ子は言った。

「村の温泉の話」

「一番好きな人だから」

李は少し考えた。

そして言った。

「私も同行していいですか」

望月が怒鳴る。

「ダメだ!」

李は微笑んだ。

「残念」

湯沢は言った。

「まあ」

「今日は村側の会議でしょう」

箕輪が言う。

「祖母の家」

「この近くです」

湯沢は深く息を吐いた。

「昨日まで無職」

少し考える。

「今日は支配人」

さらに考える。

「明日は政治交渉か」

望月が笑う。

「村に来たんだ」

「それくらいある」

こうして

湯沢と箕輪は

元村議会議員

箕輪キヨの家へ向かうことになった。

そして

その家で

彼らは

もう一つの事実を知ることになる。

それは

この温泉の契約が

李の想像より

さらにややこしいもの

だということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ