第六十九話 上場
それから——
さらに五年。
冬の朝。
東京・日本橋兜町。
ガラス張りの建物の前に
報道陣が集まっていた。
入口の看板には
東京証券取引所
そのロビーの電光掲示板に
今日の新規上場企業の名前が並んでいる。
その一つ。
湯の沢メディカルリゾート株式会社
銘柄コード
7XXX
地方の温泉村から始まった会社が
ついに
株式市場に上場する日だった。
取引所のホール。
壇上に立っているのは
湯沢。
社長として
十年近くこの会社を率いてきた。
隣には
副社長
御代田 健輔(旧姓 李)。
そして
取締役
常田。
後ろの席には
スーツ姿の
箕輪もいる。
白樺の湯支配人から
今では
温泉事業部長になっていた。
司会が言う。
「本日上場される
湯の沢メディカルリゾート株式会社の皆様です」
拍手。
大型モニターには
施設の映像が映る。
温泉棟。
メディカルセンター。
リハビリ施設。
縄文遺跡公園。
そして
湯の沢の雪景色。
司会が続ける。
「同社は
温泉医療リゾートという新しいビジネスモデルで
急成長を遂げました」
資料が映る。
売上
三百二十億円
営業利益
五十億円
メディカル滞在客
年間二万人。
そして
地域医療の患者数。
湯の沢だけでなく
周辺三市町村からも来ている。
司会が言う。
「それでは
上場記念の打鐘をお願いします」
湯沢が前に出た。
東京証券取引所の
上場の鐘。
ゆっくり
木槌を持つ。
十年前。
古民家に住み始めた男が
今
東京の金融街で
鐘を鳴らそうとしていた。
湯沢は
一瞬
御代田を見る。
御代田が頷く。
常田も頷く。
そして
湯沢は
鐘を叩いた。
カーン
乾いた音が
ホールに響く。
拍手。
フラッシュ。
報道カメラ。
株価ボードが点灯する。
湯の沢メディカルリゾート
初値 3,450円
歓声。
記者が質問する。
「地方の温泉村から上場企業になるとは
予想していましたか?」
湯沢は少し笑った。
「いえ」
一拍。
「最初は」
静かな声。
「反対されていましたから」
会場が笑う。
別の記者が聞く。
「今後の展望は?」
湯沢が答える。
「日本には」
一拍。
「温泉地が三千あります」
静かな声。
「そのうち」
「医療と結びついた場所は」
一拍。
「ほとんどありません」
そして言った。
「湯の沢のモデルを」
一拍。
「全国に広げます」
拍手。
その頃——
湯の沢村。
白樺の湯の休憩所。
テレビで
上場のニュースが流れていた。
常連の老人が言う。
「すごいな」
隣の老人が言う。
「株って何だ」
笑いが起きる。
そこへ
腕を組んだ男が座っていた。
川上。
テレビを見る。
湯沢が鐘を鳴らす映像。
川上が言った。
「……でかくなりすぎだ」
隣の老人が笑う。
「反対したんだろ」
川上は少し笑った。
「防波堤だ」
一拍。
「波は」
静かな声。
「止めるだけじゃない」
テレビの画面には
上場企業となった会社のロゴ。
YUNOSAWA MEDICAL RESORT
川上は
湯気の上がる温泉を見ながら
ぽつりと言った。
「……まあ」
一拍。
「悪くない波だ」
湯の沢の小さな村から始まった物語は
今
東京の市場に
届いていた。




