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第七十話 湯の沢の未来

上場から——

一年。

春。

湯の沢村の桜は

まだ少し早かった。

湯の沢メディカルリゾートの

敷地の奥。

小さな丘の上に

展望デッキが作られていた。

そこからは

温泉街。

医療棟。

縄文遺跡公園。

そして

遠くの山まで見える。

デッキに立っているのは

湯沢だった。

背広ではない。

珍しく

作業着姿だった。

後ろから声がする。

「社長」

振り向くと

御代田 健輔…旧姓 李。

上場後、御代田家の正式な血統であることから、跡取りとして養子縁組し、御代田家の当主として、また湯の沢メディカルリゾートの副社長として相変わらず忙しそうだ。

御代田が言う。

「新潟の件ですが」

一拍。

「第二号施設」

湯沢が頷く。

「津鞠町ですね」

御代田が言う。

「銀行も乗り気です」

一拍。

「湯の沢モデル」

静かな声。

「全国展開になります」

湯沢は少し考えた。

「急ぎすぎない方がいい」

御代田が笑う。

「社長が言いますか」

湯沢も笑う。

そこへ

さらに足音。

常田だった。

白衣姿。

「急患」

一拍。

「終わりました」

湯沢が言う。

「お疲れ様です」

常田がデッキから村を見る。

「十年前」

一拍。

「ここは何もなかった」

静かな声。

「今は」

医療棟の前では

患者が歩行リハビリをしている。

遺跡公園では

観光客が説明を聞いている。

白樺の湯からは

湯気が上がっている。

常田が言った。

「面白い村になりました」

そのとき

下の道から声がした。

「おーい」

見ると

手を振っている女。

湯沢(旧姓 箕輪)さやか。

3ヶ月前に湯沢と結婚したものの相変わらず

白樺の湯の支配人だ。

「社長!」

一拍。

「今日も混んでますよ!」

湯沢が笑う。

「それは良かった」

箕輪が言う。

「東京から来た客が」

一拍。

「株主らしいです」

御代田が苦笑する。

「上場企業の宿ですから」

皆が笑った。

その頃

白樺の湯の休憩所。

テレビでは

経済ニュース。

「温泉医療リゾートを展開する

湯の沢メディカルリゾートは

第二号施設を新潟県津鞠町に年金保養施設として開設されたマウントピア津鞠を買収し、それをコアに進めると発表した。なお、近隣には日本名水百選に選ばれた水源地も有しており…」

常連の老人が言う。

「またでかくなるな」

隣で

腕を組んでいる男。

川上。

老人が聞く。

「どうだ」

一拍。

「まだ反対するか」

川上は

テレビの画面を見た。

湯沢

御代田

常田

三人が映っている。

川上は

小さく笑った。

「もう」

一拍。

「わしの役目は終わりだ」

老人が言う。

「防波堤か」

川上は頷いた。

「そうだ」

一拍。

「波は」

静かな声。

「止めるだけじゃない」

湯の沢の空に

春の風が吹く。

三千年前

縄文人が温泉に入ったかもしれないこの場所で

新しい村の物語は

まだ続いていた。

湯の沢メディカルリゾート

その始まりの物語は

ここで

ひとまず幕を閉じる。

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