第六十四話 御代田の血
遺跡の話は
思った以上に早く
村中に広がった。
湯の沢の朝。
白樺の湯の休憩所では
いつもの常連たちが集まっていた。
「三千年前だってよ」
「縄文だと」
「この村に人が住んでたのか」
湯気の中で
話題はそればかりだった。
そこへ
女将が言った。
「そういえば」
一拍。
「李さんの話」
男たちが顔を上げる。
「何だ」
女将が言う。
「御代田家の血筋なんだって」
一瞬
場が止まった。
「御代田?」
「御代田家って…」
村の古い家の名前だった。
江戸時代から続く
湯の沢の名家。
男の一人が言う。
「でも」
一拍。
「中国人だろ?」
女将が答えた。
「祖父が」
「中国残留日本人孤児」
静かな声。
「曽祖父が御代田家」
湯船の男が言った。
「じゃあ」
一拍。
「この村の血か」
女将が頷く。
「そうらしい」
その頃
役場の外では
李が村の老人に囲まれていた。
老人の一人が聞く。
「御代田の誰の家だ」
李が少し考えて答えた。
「曽祖父は」
一拍。
「御代田清之助」
老人たちが顔を見合わせた。
「清之助?」
「本家の三男だ」
「満州に行った人だ」
李が静かに頷く。
「祖父の話では」
一拍。
「終戦後」
「帰れなかった」
老人が言う。
「そうか…」
もう一人が言った。
「じゃあ」
一拍。
「李さん」
静かな声。
「半分は湯の沢の人間だ」
李は少し笑った。
「半分どころか」
一拍。
「温泉は好きです」
老人たちが笑う。
そこへ
川上が歩いてきた。
腕を組んだまま
李を見る。
「御代田清之助」
一拍。
「聞いたことがある」
李が頭を下げた。
川上が言う。
「満州に渡った人だ」
静かな声。
「戦争のあと」
一拍。
「消息不明になった」
李が言う。
「祖父は」
「中国で育ちました」
川上は少し黙った。
そして
ぽつりと言った。
「……帰ってきたわけか」
李が静かに答える。
「そうかもしれません」
沈黙。
周りの村人たちが
二人を見ている。
川上が言った。
「御代田の血が」
一拍。
「温泉事業をやる」
静かな声。
「面白い話だ」
李は言った。
「この村の温泉は」
一拍。
「三千年前からあるかもしれない」
川上が少し笑った。
「縄文人も温泉か」
周囲に笑いが広がる。
そのとき
湯沢がやってきた。
「何か楽しそうですね」
箕輪も後ろにいる。
川上が言った。
「お前の相棒」
一拍。
「御代田家の血だ」
箕輪が言う。
「知ってましたよ」
川上が睨む。
「先に言え」
箕輪が笑う。
「ドラマは」
一拍。
「後から出た方が面白い」
川上は呆れた顔をした。
そして
湯沢を見る。
「……村の商売人」
一拍。
「だいぶ賛成に回った」
湯沢が頷く。
「聞いています」
川上が言う。
「遺跡」
「医療」
「御代田」
一拍。
「材料は揃ってきた」
そして
静かに言った。
「だが」
一拍。
「まだだ」
湯沢が聞く。
「何がですか」
川上が答える。
「反対してる連中の腹だ」
空気が少し引き締まる。
川上が言った。
「最後に」
一拍。
「あいつらが納得するかどうか」
それが
この計画の
最後の壁だった。




