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第六十話 医者の論理

湯の沢公民館・小会議室。

反対派七十人の視線が

常田医師に集まっていた。

常田は静かに立っている。

白衣ではない。

ただの黒いスーツ。

だが

その場の空気は

完全に彼に向いていた。

川上が腕を組んだまま言った。

「医療と言うがな」

一拍。

「こういう施設は」

静かな声。

「金持ちの病院になる」

何人かが頷く。

「高い治療」

「会員制」

「普通の人は診ない」

川上が言う。

「違うか?」

常田は少しも動じなかった。

「違います」

短く答える。

川上が眉を上げる。

常田は続けた。

「保険診療は当然やります」

ざわめき。

常田が静かに言う。

「地域医療は」

一拍。

「基本的に赤字です」

誰も否定しない。

山間部では

常識だった。

常田が言った。

「だから」

一拍。

「普通の病院は」

静かな声。

「新設してまでやりたがらない」

川上が黙る。

常田が続けた。

「このメディカルリゾートは」

資料を指す。

「リハビリ」

「温泉療養」

「長期滞在医療」

一拍。

「ここで収益を出します」

そして言った。

「その収益で」

静かな声。

「地域医療の赤字を埋める」

会場が静まり返る。

川上が言った。

「つまり」

一拍。

「金持ちの医療で」

「村の医療を支える」

常田が頷いた。

「そうです」

川上が聞く。

「儲からない患者は?」

常田は即答した。

「診ます」

一拍。

「当然です」

静かな声。

「医者が」

「患者を」

一拍。

「金で選ぶつもりはありません」

室内が静まり返る。

川上がしばらく考える。

そして言った。

「もう一つ聞く」

常田を見る。

「さっき言ったな」

一拍。

「お前が来る」

静かな声。

「だが」

「医者はそんなに簡単に集まらん」

周囲が頷く。

川上が言う。

「なぜ」

一拍。

「他の医者が来る」

常田は少し笑った。

「理由は二つあります」

指を立てる。

「一つ」

一拍。

「奨学金制度」

ざわめき。

常田が言う。

「私は」

静かな声。

「医学生の奨学金制度を作っています」

「卒業後」

「一定期間」

「医療過疎地で働く」

一拍。

「その条件で」

「学費を支援する」

何人かが頷く。

川上が言う。

「よくある制度だ」

常田が言う。

「ですが」

一拍。

「普通は」

「医者が嫌がる」

小さな笑い。

常田が続けた。

「ですが」

静かな声。

「私の制度は違います」

一拍。

「参加したい医師から逆オファーが来ます」

ざわめき。

川上が眉をひそめる。

「なぜだ」

常田は静かに答えた。

「理由は簡単です」

一拍。

「面白い医療ができるからです」

資料を広げる。

温泉

リハビリ

予防医療

長期滞在

医療研究

常田が言った。

「都市の病院では」

一拍。

「できない医療です」

静かな声。

「医者も」

「挑戦したい」

沈黙。

川上がゆっくり言った。

「……つまり」

一拍。

「この村は」

静かな声。

「医療の実験場になる」

常田は首を振った。

「違います」

一拍。

「医療の未来です」

会場が静まり返る。

その沈黙を破ったのは

意外な人物だった。

白樺の湯の

古参従業員の女性だった。

「先生」

静かな声。

「もし」

一拍。

「この村で」

「急病になったら」

常田は答えた。

「診ます」

女性が言った。

「夜でも?」

常田は迷わなかった。

「もちろんです」

会場が

静かになった。

川上は腕を組んだまま

少しだけ

頷いた。

空気が

ほんの少し

変わり始めていた。

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