第五十七話 反対派説明会
三日後。
湯の沢公民館・小会議室。
今回は人数が少ない。
最初の説明会で
反対に手を挙げた七十人だけを集めた説明会だった。
長机を囲む形で
湯沢
李
箕輪
佐久野市職員
が座っている。
空気は最初から張り詰めていた。
最初に口を開いたのは
七十人の中心に座っている男だった。
六十代後半。
痩せた体に鋭い目。
元・湯の沢村議会議員。
川上。
昔は革新系の議員として知られた人物だ。
川上が言った。
「まず聞こう」
一拍。
「このリゾート」
「金持ちの施設になるんじゃないのか」
周囲が頷く。
「白樺の湯」
「わしらの風呂だ」
「それが高いリゾートになるなら反対だ」
湯沢は静かに頷いた。
「そこは誤解があります」
資料を出す。
図面だ。
湯沢が言った。
「白樺の湯は残します」
ざわめき。
川上が眉をひそめる。
「残す?」
湯沢が説明する。
「現在の白樺の湯」
一拍。
「そのまま営業します」
「メディカルリゾートは」
図面を指す。
「別に隣接している旧工業団地予定地だった場所を既に購入し、そこへ新設します」
会場がざわつく。
「つまり」
湯沢が言う。
「白樺の湯は」
「今まで通り使えます」
一人の女性が言う。
「料金は?」
湯沢が答える。
「現行料金を維持します」
ざわめきが少し弱まる。
だが川上が言った。
「じゃあ工事は?」
一拍。
「何年も閉めるんじゃないのか」
箕輪が資料を出した。
「望月土建の見積もりです」
図面を広げる。
「設備の全面改修」
一拍。
「最初の二ヶ月だけ休館」
「それ以外は」
「通常営業」
会場がざわつく。
「二ヶ月だけ?」
「それなら…」
川上は黙って聞いている。
次の男が言った。
「工事だ」
「ダンプ」
「騒音」
湯沢が答える。
「工事時間」
一拍。
「9時から17時まで」
さらに言う。
「夜間工事はしません」
市の職員が補足する。
「大型車両ルート」
地図を出す。
「通学路とは重ならないルート」
「県道側から入ります」
何人かが頷く。
空気が少し和らぐ。
だが
川上が言った。
「まだある」
一拍。
「李さんだ」
室内が少し静まる。
川上が言う。
「中国籍だろう」
「村の事業を」
一拍。
「外国人がやるのか」
李は静かに立ち上がった。
表情は変わらない。
「私は中国生まれです」
一拍。
「ですが」
静かに言う。
「祖父は」
「中国残留日本人孤児です」
ざわめき。
李が続ける。
「そして」
「祖父の父」
一拍。
「つまり私の曽祖父は」
会場を見渡す。
「御代田家の出です」
その瞬間
空気が変わった。
「御代田?」
「御代田家って」
「旧地主の?」
湯の沢では
知らない者はいない名前だった。
江戸時代から続く
この地域の名家だ。
川上も驚いた顔をした。
李が静かに言った。
「戦後」
「祖父は満州に取り残されました」
一拍。
「だから私は中国生まれです」
少し間を置く。
「ですが」
「血は」
静かに言う。
「この土地の人間です」
会場が静まり返る。
川上は何も言えなかった。
だが
数秒後
別の男が言った。
「じゃあ」
一拍。
「湯沢はどうなんだ」
視線が集まる。
「湯沢」
「お前は余所者だろ」
「この村の人間じゃない」
室内が再び静かになる。
箕輪が少し緊張する。
李も黙っている。
湯沢は
少し考えてから
笑った。
「その通りです」
ざわめき。
湯沢が言う。
「私は余所者です」
一拍。
「湯の沢の人間じゃない」
川上が腕を組む。
「なら」
「信用できる理由は?」
湯沢は
静かに答えた。
「逃げないからです」
沈黙。
湯沢が続ける。
「事業が失敗したら」
一拍。
「借金は」
「全部私の責任です」
さらに言う。
「会社の資本金」
「百六十億」
「常田先生の預り金」
「二十億」
一拍。
「百八十億」
会場が静まり返る。
湯沢が言った。
「この金」
一拍。
「全部」
「湯の沢に使います」
川上を見る。
「余所者だから」
静かに言う。
「逃げる?」
首を振る。
「逆です」
「余所者だから」
一拍。
「逃げ場がない」
沈黙。
湯沢が言った。
「この事業」
静かに言う。
「失敗したら」
「私は」
一拍。
「湯の沢で働きます」
箕輪が思わず笑う。
「番台とか?」
湯沢も笑った。
「それでもいい」
会場の空気が
少し緩んだ。
川上は
しばらく黙っていた。
そして
ゆっくり言った。
「……面白い男だな」
一拍。
「もう少し」
静かに言う。
「話を聞こう」
七十人の空気が
少し変わり始めていた。




