第五十六話 七十人の反対
佐久野市長の神林は穏やかな顔で言った。
「議会は通りました」
一拍。
「ですが」
湯沢は頷いた。
「住民ですね」
神林も頷く。
「ええ」
一拍。
「湯の沢は小さな地域です」
静かな声で言う。
「住民説明会を開いてください」
湯沢は黙って聞く。
神林は続けた。
「事業を始める前に」
一拍。
「地元の承認を得る」
「それが条件です」
湯沢は答えた。
「わかりました」
こうして
数日後。
湯の沢公民館
住民説明会が開かれた。
集まった住民は
百八十人
旧湯の沢村の
ほぼ全世帯だ。
前の席には
湯沢
李
箕輪
そして
佐久野市の職員。
湯沢が説明する。
「温泉施設を中心に」
「医療」
「宿泊」
「遺跡公園」
一拍。
「湯の沢メディカルリゾート」
説明は
一時間続いた。
質疑に入る。
最初の質問。
「本当に人が来るのか」
次。
「雇用はどうなる」
さらに。
「建設の騒音」
「大型車」
質問は続く。
しかし
空気は
決定的に割れていた。
最後に
司会が言う。
「それでは」
一拍。
「皆さんの意見を確認します」
手が上がる。
結果は
賛成 110
反対 70
会場がざわめく。
七十人。
三分の一以上だ。
説明会が終わり
外に出る。
李が言った。
「七割賛成」
一拍。
「十分だ」
冷静な声。
「進めよう」
だが
湯沢は首を振った。
李が見る。
「なぜ?」
湯沢は静かに言った。
「七十人」
一拍。
「多すぎる」
李は言う。
「民主主義だ」
「多数決」
湯沢は少し笑った。
「行政は」
一拍。
「多数決では動かない」
李が眉を上げる。
湯沢が続けた。
「反対には」
「理由がある」
「それを潰さないと」
一拍。
「必ずどこかで」
「事業が止まる」
李は黙った。
箕輪が言う。
「反対理由」
湯沢は言った。
「聞こう」
その夜
三人は
説明会の記録を整理した。
反対の理由は
大きく三つだった。
一つ。
白樺の湯が建設中閉館になるのは困る
二つ。
工事車両による騒音と安全
そして三つ。
少し空気が変わる。
李が中国籍であること
箕輪が小声で言った。
「これ」
李は苦笑した。
「まあ」
一拍。
「予想してた」
湯沢は資料を閉じた。
「全部」
一拍。
「解決する」
李が言う。
「どうやって?」
湯沢は言った。
「七十人」
一拍。
「一人ずつ話す」
箕輪が目を丸くする。
「え?」
湯沢は静かに言った。
「霞が関の時代」
一拍。
「こういう案件は」
「それしかない」
外は
もう暗くなっていた。
湯の沢の山に
静かな夜が降りていた。
そして
ここから
湯沢たちの
七十人との対話
が始まる。




