第五十四話 最大のハードル
数日後。
佐久野市役所。
市長室。
重厚な机の向こうに座るのは
佐久野市長。
白樺の湯第三セクターの
筆頭株主でもある人物だ。
机の前には
湯沢
李
箕輪
そして常田。
湯沢が資料を差し出す。
「これが」
「湯の沢メディカルリゾート計画の最終案です」
市長は黙って資料をめくる。
医療棟。
宿泊棟。
温泉施設。
そして――
弥生パーク。
市長が言う。
「遺跡が出たんだって?」
湯沢が苦笑する。
「はい」
「運の悪いことに」
箕輪が言う。
「でも逆に」
「観光資源として活用します」
市長は腕を組んだ。
「ふむ」
資料を読み進める。
「医療リゾート」
「温泉療養」
「弥生遺跡公園」
そして顔を上げた。
「ずいぶん大きな計画だな」
李が言う。
「投資総額は」
一拍。
「140億円です」
市長の眉がわずかに動く。
「140億」
常田が言う。
「医療施設だけでも」
「県内最大規模になります」
市長は椅子にもたれた。
「……しかし」
一拍。
「問題がある」
湯沢が言う。
「白樺の湯ですね」
市長が頷く。
白樺の湯。
湯の沢村時代に作られた
第三セクター温泉施設。
しかし――
赤字。
年間赤字は
八千万円。
市長が言う。
「市議会は」
「売却には慎重だ」
箕輪が小声で言う。
「そりゃそうよね」
市長が続ける。
「税金で作った施設だ」
「安く売ったと言われれば」
一拍。
「議会が荒れる」
湯沢が言う。
「もちろん」
「適正価格で買います」
李が資料を差し出す。
買収提案書。
市長が目を通す。
そこに書かれている数字。
6億円
市長が顔を上げた。
「……ほう」
李が説明する。
「白樺の湯の負債」
「設備更新費」
「将来の修繕費」
すべて計算している。
「それでも」
「6億円で買います」
市長は黙った。
白樺の湯の建設費は
約20億円。
しかし今の資産価値は
その三分の一以下。
湯沢が言う。
「さらに」
一拍。
「従業員は全員雇用継続します」
市長の目が少し柔らぐ。
白樺の湯には
三十人の従業員がいる。
その多くが
湯の沢出身。
常田が言う。
「温泉は医療にも使います」
「泉質は非常に優秀です」
市長が聞く。
「本当にやれるのか」
湯沢が言う。
「やります」
一拍。
「ここを」
「日本一の温泉療養地にします」
静かな沈黙。
窓の外には
佐久野市の町並み。
市長はしばらく考えた。
そして言った。
「……議会を説得するには」
一拍。
「材料が足りない」
箕輪が言う。
「材料?」
市長が言う。
「市民が納得する理由だ」
湯沢が聞く。
「例えば?」
市長は言った。
「雇用だ」
一拍。
「何人雇う?」
会議室が静かになる。
李が湯沢を見る。
常田も箕輪も黙る。
湯沢は少し考えた。
そして言った。
「現在三十人」
「それを」
一拍。
「百人にします」
箕輪が思わず振り向く。
李の目が細くなる。
市長の眉が上がる。
「百人?」
湯沢が頷く。
「医療」
「ホテル」
「観光」
「遺跡公園」
一拍。
「全部合わせれば」
「百人は必要です」
市長はしばらく黙った。
そして小さく笑った。
「……大きく出たな」
湯沢が言う。
「本気です」
市長は資料を閉じた。
そして言った。
「分かった」
一拍。
「議会にかけよう」
こうして
湯の沢メディカルリゾート計画は
ついに
最大の関門
――
市議会
へと持ち込まれることになった。




