第四十九話 白樺の湯
二週間後。
長野県――
佐久野市役所。
かつて「湯の沢村」と呼ばれていた地域は、
十年前の市町村合併で佐久野市湯の沢地区となっていた。
市役所の応接室。
湯沢、李、常田医師の三人が座っている。
向かいには
佐久野市長・神林。
そして観光課長と財政課長。
机の上には一つの資料。
表紙には大きく書かれている。
「白樺の湯 事業譲渡について」
神林市長が口を開いた。
「まず確認しますが……」
「本気なんですね」
湯沢が頷く。
「はい」
李が補足する。
「温泉施設を中核に」
「医療リゾートを作ります」
常田が静かに言う。
「白樺の湯の泉質」
「これは医学的にも価値があります」
観光課長が言う。
「白樺の湯は第三セクターです」
神林市長が続ける。
「筆頭株主は……」
一拍。
「私です」
実際には「佐久野市」が株主だが、
代表として市長が管理している。
湯沢が言う。
「承知しています」
李が資料を開いた。
白樺の湯の財務資料。
設立から二十年。
最初は観光施設として期待された。
だが――
人口減少。
観光客減少。
設備老朽化。
結果。
赤字。
財政課長が言う。
「市の持ち出しは毎年数千万円です」
神林市長がため息をつく。
「正直に言います」
「お荷物です」
観光課長も頷いた。
「閉鎖の議論も出ました」
湯沢が言う。
「だからこそ」
「買収します」
神林市長が聞く。
「いくらで?」
李が答えた。
「三億円」
部屋が静かになる。
財政課長が思わず言う。
「三億……」
神林市長が聞く。
「施設はかなり古いですよ」
常田が答えた。
「分かっています」
資料を指す。
「改修します」
「医療施設と一体化します」
李が補足する。
「温泉棟」
「宿泊棟」
「リハビリ棟」
観光課長が驚く。
「宿泊?」
湯沢が言う。
「医療滞在です」
常田が続ける。
「都心から二時間」
「温泉」
「医療」
一拍置く。
「高齢者は来ます」
神林市長は黙った。
窓の外を見る。
山。
雪の残る斜面。
その向こうにあるのが
白樺の湯。
二十年前は観光客で賑わった。
今は静かな施設だ。
神林市長がゆっくり言う。
「三億で売る」
財政課長が驚く。
「市長……」
市長は続ける。
「ただし条件がある」
湯沢が言う。
「何でしょう」
神林市長は三人を見た。
「温泉を残してほしい」
一拍。
「地元の人間が入れる温泉に」
常田はすぐに答えた。
「当然です」
湯沢も頷く。
「地域の温泉ですから」
神林市長は小さく笑った。
「良かった」
そして言う。
「もう一つ」
湯沢が聞く。
「はい」
神林市長は言った。
「若者を連れてきてください」
窓の外を見る。
高齢者ばかりの町。
静かな通り。
そして静かに言う。
「この町」
一拍置く。
「若い人がいない」
湯沢は頷いた。
「百人雇用します」
財政課長が驚く。
「百人?」
李が答える。
「医療」
「介護」
「ホテル」
「温泉」
神林市長は黙った。
それから言った。
「分かりました」
資料を閉じる。
「白樺の湯」
一拍置く。
「売却します」
三人が頷く。
こうして、
湯の沢医療リゾート計画は
温泉施設の取得手続き
へと進んだ。




