第四十八話 銀座の決断
その夜。
銀座。
常田美容外科クリニック院長室。
湯沢と李が戻ると、常田はまだ仕事をしていた。
カルテを閉じながら言う。
「遅かったな」
湯沢がソファに腰を下ろす。
「交渉してきた」
常田が言う。
「いくらになった」
李が静かに答えた。
「二十九億円」
常田の手が止まる。
一拍。
それから小さく笑った。
「……やるじゃないか」
湯沢が言う。
「お前が言った通りだ」
「最後に一押し」
李が資料を机に置いた。
「条件はほぼ同じです」
常田は資料をめくる。
・事業譲渡
・価格 二十九億円
・ビルは常田医師が保有
・賃貸契約 月額九百五十万円
そして、
顧問兼理事
常田はそこを見て笑った。
「肩書きが増えてるな」
湯沢が言う。
「向こうの院長が乗り気らしい」
李が言う。
「先生の症例を全部見ているそうです」
常田は苦笑した。
「同業者か」
椅子にもたれる。
天井を見る。
そして言った。
「二十九億か」
二十年前。
このクリニックは小さなテナントだった。
患者も少なかった。
広告も打てなかった。
それが今、
二十九億円の値段がついた。
常田は静かに言った。
「悪くない」
湯沢が言う。
「受けますか?」
常田は少し黙った。
窓の外を見る。
銀座の夜。
ネオン。
人の流れ。
二十年の景色だった。
やがて振り向く。
「受ける」
短い言葉だった。
李が頷く。
「契約は一ヶ月以内です」
常田は言った。
「その前に」
湯沢が聞く。
「何だ?」
常田は笑った。
「患者への説明だ」
院長室のドアの向こうには、
まだ明日の予約カルテが山積みになっている。
常田は立ち上がった。
「ここは」
一拍置く。
「俺の城だった」
それから言う。
「でも」
窓の外を見る。
「次は」
一拍置く。
「湯の沢だ」
湯沢が言う。
「病院の設計も始める」
李が頷く。
「建設費三十億」
「資金は揃いました」
常田は笑った。
「銀座の二十年で」
一拍置く。
「山奥に病院を作る」
湯沢も笑う。
「普通逆だろ」
三人はしばらく黙っていた。
銀座の夜景の向こうに、
まだ見えない長野の山を思い浮かべながら。
こうして、
銀座のクリニック売却は正式に決まった。
そして物語は、
いよいよ――
湯の沢の開発計画へ進む。




