第四十七話 最後の一押し
三日後。
東京・赤坂。
美容整形外科最大手グループの本部。
ガラス張りの会議室に、
湯沢、李、そしてM&Aアドバイザーが座っていた。
向かいには二人。
最大手グループの経営企画部長と、法務担当役員。
テーブルの上には契約案。
すでに大筋はまとまっていた。
事業譲渡。
価格 二十七億円。
常田美容外科クリニックは、
グループの銀座院として再出発。
そして常田医師は、
非常勤理事としてグループに参加する。
ほぼ合意だった。
だが――
李が静かに口を開いた。
「一点だけ」
部長が言う。
「はい」
李は言った。
「価格です」
部長は少し笑った。
「二十七億」
「かなり高いと思いますが」
李は淡々と答えた。
「評価しています」
「ただ」
一拍置く。
「他社もまだ動いています」
部長が眉を上げる。
「ファンドですか」
李は答えた。
「はい」
嘘ではない。
実際に二十三億の提示はあった。
ただし、もう追う気配はない。
部長は腕を組んだ。
「なるほど」
李は言う。
「御社は」
「日本最大手」
「そして」
一拍置く。
「院長は業界のカリスマ」
部長は小さく笑う。
李は続けた。
「そこに」
「常田医師が加わる」
「これは」
「業界としても象徴的です」
法務役員が口を開いた。
「つまり?」
李は静かに言った。
「二十九億」
部屋が少し静かになる。
湯沢は何も言わない。
部長は少し考えた。
そして言った。
「高いですね」
李は言う。
「ブランド統合の価値です」
部長が聞く。
「常田先生は?」
湯沢が答えた。
「理事就任」
「問題ありません」
法務役員が言う。
「非常勤ですね」
湯沢が頷く。
「はい」
「実務は不要」
「ブランド参加」
部長は椅子にもたれた。
窓の外には赤坂の街。
少し考えてから言う。
「実は」
李が顔を上げる。
部長は続けた。
「院長が」
「かなり乗り気です」
湯沢が言う。
「会ったことは?」
部長は答えた。
「ありません」
「ただ」
少し笑う。
「常田先生の症例は全部見ている」
李が言う。
「尊敬している?」
部長は頷いた。
「はい」
「同業者として」
沈黙。
部長は資料を閉じた。
そして言った。
「分かりました」
湯沢が顔を上げる。
部長は続けた。
「条件があります」
李が言う。
「何でしょう」
部長は言った。
「理事ではなく」
一拍置く。
「顧問兼理事」
湯沢が言う。
「肩書きが増えたな」
部長は笑った。
「ブランドですから」
そして言った。
「二十九億で行きましょう」
沈黙。
李がゆっくり頷いた。
「ありがとうございます」
部長は言う。
「ただし」
「スピードです」
「一ヶ月以内にクロージング」
湯沢が言った。
「問題ありません」
法務役員が言う。
「契約書を修正します」
会議は終わった。
エレベーターの中。
湯沢が言う。
「二十九億か」
李は静かに言った。
「満額です」
湯沢は笑った。
「銀行の土地」
「十一億」
李も少し笑う。
「銀座は別世界です」
ビルを出る。
赤坂の空は晴れていた。
湯沢が言った。
「これで」
「湯の沢の病院が作れる」
李は頷いた。
遠く長野の山の中。
まだ何もない土地。
しかし今、
その土地に建つ未来の病院の資金が
ほぼ揃った。




