第四十四話 銀座の値段
数日後。
東京・丸の内。
高層ビルの一室。
李が呼んだのは、医療事業のM&Aを専門に扱うアドバイザリー会社だった。
テーブルの上には資料が並んでいる。
担当の男が言った。
「正直に申し上げます」
「かなり良い案件です」
湯沢が言う。
「美容外科は人気だと聞きますが」
男は頷いた。
「ええ」
「特に銀座」
「しかも院長のブランド付き」
資料をめくる。
「年間売上」
「利益率」
「患者数」
「どれも優秀です」
李が言う。
「想定価格は?」
男は言った。
「二十億前後」
常田は腕を組んだまま聞いている。
男は続けた。
「ただし」
「これは事業だけ」
常田が言う。
「ビルは売らない」
男は頷いた。
「その方が良いです」
資料の別ページを指す。
「この立地」
「銀座中央通り徒歩圏」
「不動産価値だけで」
一拍置く。
「五十億以上」
湯沢が少し驚く。
常田は笑った。
「だから残す」
男は言う。
「事業売却後」
「賃貸契約を結ぶ形になります」
李が聞く。
「賃料は?」
男は即答した。
「月額一千万円前後」
湯沢が思わず言う。
「高いな」
男は笑った。
「銀座ですから」
常田は静かに言った。
「いい」
「その条件でいこう」
男は頷いた。
「では」
「買い手候補を探します」
李が言う。
「どんな企業が?」
男は答えた。
「三つあります」
指を立てた。
「一つ」
「美容医療グループ」
「二つ」
「医療系ファンド」
「三つ」
一拍置く。
「大手美容クリニックチェーン」
常田は少し笑った。
「つまりライバルか」
男は言う。
「ブランドを欲しがります」
李が静かに言った。
「競争入札にしましょう」
男の目が少し光った。
「いいですね」
湯沢が言う。
「値段が上がる?」
男は頷いた。
「かなり」
常田は言った。
「いくらまで行く」
男は少し考えた。
そして言った。
「二十五億」
沈黙。
湯沢が小さく言う。
「銀行の土地の二倍か」
常田は笑った。
「銀座だからな」
男は言った。
「ただし」
「スピードが必要です」
李が頷く。
「銀行との契約がある」
男は言う。
「三ヶ月以内に決めましょう」
常田は腕を組んだまま言った。
「いい」
「好きにやれ」
男は立ち上がった。
「では」
「来週から打診します」
会議が終わる。
エレベーター前。
湯沢が言った。
「二十五億か」
李は言う。
「そこまで行けば理想です」
常田は笑った。
「俺の二十年の仕事が」
一拍置く。
「値段になる」
湯沢が言う。
「その金で」
「湯の沢を作る」
常田は小さく頷いた。
窓の外には、丸の内のビル群。
しかし三人の視線の先にあるのは、
遠く長野の山の中――
まだ何もない湯の沢の土地だった。




