第四十二話 決着
一週間後。
信濃銀行本店、応接室。
湯沢と李は並んで座っていた。
机の上には湯のみと書類。
しかし二人とも手をつけていない。
湯沢が時計を見る。
「遅いな」
李は落ち着いて言う。
「役員会案件ですから」
一拍置いて続けた。
「銀行は時間をかけます」
湯沢は苦笑した。
「役所より長いな」
「似たようなものです」
そのとき。
ドアが開いた。
岡谷が入ってくる。
表情は読めない。
銀行員特有の、何も見せない顔だった。
湯沢が言う。
「結果は?」
岡谷は椅子に座ると、ゆっくり資料を机に置いた。
一拍。
そして言った。
「役員会」
「通りました」
湯沢が一瞬固まる。
李は小さく息を吐いた。
岡谷は続ける。
「ただし」
湯沢が言う。
「条件ですね」
岡谷は頷く。
「大きくは三つ」
指を一本立てた。
「第一」
「現金十一億」
「これは変更なし」
二本目。
「転換社債」
「四億五千万」
「五年後転換」
湯沢が言う。
「三年条件は?」
岡谷は答えた。
「当行としても異例ですが、じっくり育てようという。頭取の長谷の鶴の一声で奇しくもそちらの提示と同じになりました。」
三本目の指。
「そして」
一拍置く。
「常田医師」
李が静かに言う。
「十年コミットメント」
岡谷は頷く。
「事業への関与」
「最低十年」
湯沢は言った。
「問題ありません」
岡谷は続ける。
「さらに」
少し笑った。
「頭取から伝言です」
湯沢と李が顔を上げる。
岡谷は言った。
「“若い連中に任せてみろ”」
一拍置く。
「そういうことだそうです」
湯沢は小さく笑った。
「ありがたい話だ」
李も微笑んだ。
岡谷は言う。
「契約締結は」
「一ヶ月以内」
「それまでに」
「会社の準備」
「資金の確認」
「事業計画の提出」
李が言う。
「もちろんです」
岡谷は資料を差し出した。
「土地売買契約案です」
湯沢が受け取る。
ページをめくる。
そして、ふっと息を吐いた。
「二十年か」
岡谷が言う。
「この土地」
「ずっと銀行の不良資産でした」
湯沢は窓の外を見る。
まだ何もない土地。
雑草と白樺の林。
その奥に、かつてのスキー場跡。
湯沢は言った。
「変わりますよ」
岡谷が言う。
「三年で?」
湯沢は笑った。
「いや」
一拍置く。
「十年で」
李が言う。
「まず三年です」
岡谷も笑った。
「そうでした」
そして立ち上がる。
「では」
「信濃銀行として」
手を差し出した。
「よろしくお願いします」
湯沢が手を握る。
李も続く。
三人の手が重なった。
その瞬間、
湯の沢の未来をかけた事業が動き出した。
外では、春の風が白樺を揺らしていた。




