第四十話 三年
「三年以内に」
岡谷は静かに言った。
「事業を軌道に乗せてください」
会議室が静まり返る。
若い行員も資料をめくる手を止めた。
湯沢はゆっくりと言った。
「三年ですか」
岡谷は頷く。
「銀行の時間感覚です」
李が静かに言った。
「理由を聞いても?」
岡谷は机に指を置いた。
「転換社債」
「四億五千万」
「五年後に株へ転換」
一拍置く。
「しかし銀行は」
「長く持ちすぎる投資を嫌います」
湯沢が言う。
「つまり」
岡谷は頷いた。
「三年で」
「黒字化の見通し」
「事業の形」
「出口戦略」
それを見せてほしい。
李は腕を組んだ。
「出口とは?」
岡谷は答える。
「三つあります」
指を一本立てた。
「一つ」
「株式上場」
湯沢が苦笑する。
「地方医療リゾートでIPOですか」
岡谷も笑った。
「現実的ではない」
二本目の指を立てる。
「二つ」
「大手企業への売却」
李が頷く。
「医療グループ」
「リゾート企業」
「不動産ファンド」
岡谷は三本目の指を立てた。
「三つ」
「銀行への買戻し」
湯沢が言う。
「つまり」
岡谷は頷いた。
「株に転換した後」
「あなた方が」
「買い戻す」
李が言う。
「企業価値が上がれば」
岡谷は笑った。
「銀行は儲かる」
会議室に小さな笑い。
しかしすぐ静寂に戻る。
湯沢はゆっくり言った。
「三年」
「……正直」
「かなり厳しい」
岡谷は何も言わない。
李が口を開いた。
「ただ」
一拍置く。
「不可能ではありません」
岡谷が見る。
李は言った。
「第一段階」
指を一本立てる。
「土地取得」
「設計」
「医療法人設立」
「一年」
二本目の指。
「第二段階」
「病院建設」
「温泉施設」
「ホテル」
「二年」
三本目。
「第三段階」
「開業」
「患者受け入れ」
「黒字化」
李は言った。
「三年目です」
岡谷は小さく息を吐いた。
「……かなり攻めますね」
湯沢は言った。
「霞が関で」
「予算折衝をやっていると」
一拍置く。
「三年は長い」
若い行員が思わず笑った。
岡谷も笑った。
「なるほど」
そして少し真面目な顔になる。
「ただ」
「条件をもう一つ」
李が言う。
「何でしょう」
岡谷は資料をめくった。
「常田医師」
「この人」
「事業の要です」
湯沢は頷く。
「そうですね」
岡谷は言った。
「もし」
「この人が抜けたら」
一拍置く。
「この計画は崩れる」
沈黙。
李は静かに言った。
「それは事実です」
岡谷は続ける。
「だから」
「個人保証は不要」
若い行員が少し驚く。
銀行としては珍しい条件だった。
岡谷は言った。
「代わりに」
一拍置く。
「常田医師のコミットメント」
湯沢が言う。
「具体的には?」
岡谷は答えた。
「最低十年」
「この事業に関与する契約」
李は少し考えた。
湯沢が言う。
「おそらく」
「受けるでしょう」
岡谷は頷いた。
「それなら」
資料を閉じる。
「この案件」
一拍置く。
「本店に通します」
若い行員が顔を上げる。
岡谷は言った。
「ただし」
少し笑う。
「最後は」
「役員会です」
湯沢が言う。
「銀行のラスボスですね」
岡谷は笑った。
「ええ」
そして言った。
「そこが一番難しい」
李が静かに言う。
「望むところです」
湯沢は会議室の窓を見た。
信濃銀行本店の窓から、
長野の街が広がっている。
その向こうに、
まだ誰も使っていない広大な土地がある。
湯沢は小さくつぶやいた。
「三年か……」
李が横で言った。
「短いですか?」
湯沢は笑った。
「いや」
一拍置く。
「ちょうどいい」
物語は、
銀行の役員会へと進む。




