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第三十八話 銀行の論理

「日本で一番伸びる市場です」

李の言葉に、岡谷は指を組んだ。

「高齢者医療……ですか」

「はい」

李は落ち着いた声で言う。

「日本は世界で一番早く高齢化した国です」

「そして」

一拍置く。

「まだ止まっていません」

若い行員が資料をめくる。

岡谷は言う。

「しかし、医療は儲からないというのが、銀行(このぎょうかい)の常識です」

湯沢が笑った。

「普通の医療は、です」

岡谷が目を細める。

「どう違うんです?」

湯沢は言った。

「保険医療だけでは儲からない」

「これは事実です」

李が続ける。

「ですが、温泉療養。予防医療、リハビリ…そして、美容医療」

岡谷が言う。

「美容?」

李は頷いた。

「常田医師の専門です」

湯沢が言う。

「富裕層の高齢者は病気を治すだけでは満足しません」

「元気に長く生きたい」

岡谷は黙って聞いている。

湯沢は続けた。

「温泉、医療、リハビリ、食事、運動そして滞在」

李が言う。

「滞在型医療施設です」

岡谷は小さく言った。

「メディカルリゾート……」

「そうです」

李は頷く。

岡谷は椅子にもたれた。

「理屈は分かる。しかし…」

机を指で叩く。

「この土地は工業団地予定地です。温泉街でも観光地でもない」

湯沢は頷いた。

「だからです」

岡谷が眉を上げる。

「だから?」

湯沢は言った。

「広い」

沈黙。

岡谷は資料を見る。

確かに広い。

数十ヘクタール。

もともと大規模工場を誘致する予定だった。

しかし結局――

何も来なかった。

湯沢は続ける。

「病院、リハビリセンター、温泉施設、ホテル、職員住宅、研究施設…これらを全部作れます」

李が言う。

「そして奥には」

資料の地図を指す。

「スキー場跡」

岡谷が地図を覗く。

「……本当だ」

湯沢は言った。

「冬はスキー。夏は避暑。そして通年医療」

若い行員が思わず言った。

「リゾートですね」

岡谷は苦笑した。

「ずいぶん大きな話だ」

湯沢は静かに言った。

「だから」

一拍置く。

「この土地が必要なんです」

岡谷は腕を組んだ。

しばらく沈黙が続く。

やがて言った。

「この土地がバブル崩壊後全く売れなかったのは、交通、人口そして産業のすべて弱かったからです」

岡谷は

そして湯沢を見る。

「あなたの計画は」

一拍置く。

「その全部をひっくり返す」

湯沢は言った。

「そのつもりです」

岡谷は笑った。

「……面白い」

しかしすぐ銀行員の顔に戻る。

「ですが」

「銀行は夢では動きません」

李が言った。

「分かっています」

岡谷は言う。

「では」

「現実の話をしましょう」

資料を閉じた。

「土地の簿価十億円…維持費二十年で五億」

指を立てる。

「十五億円」

そして言った。

「当行としては最低でもそれ以上で売りたい」

会議室の空気が張り詰める。

湯沢は黙っている。

李が静かに言った。

「先ほどの提案現金十一億そして転換社債四億五千万」

岡谷は言う。

「満額なら十五億五千万…確かに条件は満たしている」

一拍。

「だが…五年後の株」

岡谷は言った。

「銀行は株屋ではありません」

李は微笑んだ。

「ええ」

そして静かに言った。

「ですが今回は別です」

岡谷の眉が動く。

「どういう意味です?」

李はゆっくり言った。

「この計画」

一拍置く。

「信濃銀行にとっても利益があります」

岡谷は眉をひそめた。

「土地を売る以外に?」

李は頷いた。

「はい」

そして言った。

「地域経済です」

岡谷は一瞬、黙った。

銀行員の顔が、少しだけ変わった。

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