第三十七話 湯の沢モデル
「五年後、本当に株に転換する価値があるほど成長しますか?」
岡谷の問いに、会議室は静まり返った。
李は迷いなく答えた。
「させます」
しかし岡谷は銀行員の顔で続ける。
「根拠を聞かせてください」
湯沢は一度、背筋を伸ばした。
そして静かに言った。
「三つあります」
岡谷が軽く顎を引く。
「どうぞ」
湯沢は指を一本立てた。
「まず、立地です」
岡谷の表情がわずかに動く。
湯沢は続けた。
「湯の沢村は都心から新幹線で最短二時間」
若い行員が少し驚いた顔をする。
湯沢は言う。
「新幹線と高速道路でどちらでも来られる。また、東京の富裕層にとって二時間は」
一拍置く。
「日帰り圏ですが、東京に急ぐ仕事が無ければ泊まってもいい絶妙な立地であり」
岡谷は黙って聞いている。
湯沢は二本目の指を立てた。
「二つ目としては温泉です」
李が資料を机に滑らせる。
泉質分析表だった。
岡谷が目を落とす。
李が言う。
「白樺の湯のこの泉質は全国でも珍しい」
岡谷が資料を読みながら言う。
「炭酸水素塩泉……」
李は頷いた。
「皮膚疾患、血行障害だけではなくリハビリや慢性疾患に効果を及ぼす」
岡谷は小さく言う。
「療養型温泉か」
湯沢が言った。
「そうです」
三本目の指を立てる。
「そして三つ目」
一拍置く。
「医療です」
岡谷が顔を上げる。
湯沢は言う。
「常田医師。銀座で美容外科を成功させたカリスマですが、彼は外科医としても1流で」
李が補足する。
「そのクリニックは売却予定で、売却益は新病院建設へ」
岡谷は静かに聞いている。
湯沢は続けた。
「つまり、温泉と医療とアクセス」
指を閉じる。
「この三つを組み合わせます」
沈黙。
やがて李が言った。
「さらに」
岡谷が見る。
李は静かに続ける。
「もう一つあります」
「何です?」
李は言った。
「人口です」
岡谷は少し眉をひそめた。
「人口?」
湯沢が頷く。
「湯の沢村は過疎高齢化という典型的な地方です」
岡谷は言う。
「全国どこでも同じです」
湯沢は静かに首を振る。
「だから」
一拍置く。
「若者を呼び込みます」
若い行員が思わず顔を上げた。
湯沢は続けた。
「医療スタッフ、ホテルスタッフ、観光、サービス業。そしてIT」
李が言う。
「リモートワーク拠点も作ります」
岡谷は腕を組んだ。
湯沢は言った。
「医療リゾートを核に雇用を作り、人口を増やす」
一拍置く。
「湯の沢モデルです」
会議室は静かだった。
岡谷はしばらく何も言わない。
やがて小さく笑った。
「……面白い」
椅子にもたれた。
「地方創生のプレゼンを銀行で聞くとは思いませんでした」
湯沢も少し笑った。
「霞が関の癖です」
岡谷は言った。
「ただ」
指で机を叩く。
「理想は分かりました」
一拍置く。
「問題は」
湯沢を見る。
「金になるかどうか」
李は即答した。
「なります」
岡谷が言う。
「根拠は?」
李は静かに言った。
「高齢者医療です」
そして続けた。
「日本で一番伸びる市場です」
会議室の空気が、また少し変わった。




