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第三十二話 信濃銀行

それから一ヶ月後。

長野市。

善光寺平を見下ろす市街地の中心に、重厚な建物が建っている。

信濃銀行 本店。

朝九時。

玄関前に一台の軽自動車が停まった。

湯沢が降りる。

続いて李。

二人ともスーツ姿だった。

湯沢は建物を見上げた。

「……銀行か」

李が小さく笑う。

「緊張しますか?」

湯沢は首を振る。

「いや」

少し考えて言う。

「霞が関より静かですね」

李が笑う。

「それは確かに」

湯沢はポケットから書類を確認した。

そこには会社名がある。

ゆのさわパートナーズ合同会社

1週間前に設立されたばかりの会社だ。

出資者は

湯沢

李

常田医師

望月

浅科

ほか数名。

登記はすでに終わっている。

代表社員は――

湯沢。

李が言った。

「今日の目的を確認しましょう」

湯沢は頷く。

「信濃銀行が差し押さえた工業団地予定地の取得交渉」

李は続けた。

「価格は」

「五億スタート」

湯沢が言う。

「上限」

「十二億。そして、いざという時の転換社債」

李が頷く。

「その通りです」

そして小さく言う。

「ただし」

湯沢が見る。

「銀行は最初から本音は出しません」

「こちらも同じです」

湯沢は笑った。

「それは財務省と同じですね」

李が言う。

「今日は顔合わせです」

「結論は出ません」

湯沢は頷いた。

「わかっています」

二人は玄関へ向かった。

自動ドアが開く。

中は静かな空間だった。

地方銀行らしい、落ち着いた雰囲気。

受付の女性が頭を下げる。

「本日はどちらへ」

湯沢が名刺を差し出す。

「ゆのさわパートナーズ合同会社の湯沢です」

「不動産管理部の方と約束しています」

受付は確認して言った。

「承っております」

「六階へどうぞ」

エレベーターに乗る。

数字がゆっくり上がる。

李が小さく言った。

「銀行は時間をかけるのが仕事です」

湯沢が言う。

「財務省も同じです」

六階。

ドアが開く。

廊下の奥の会議室へ案内される。

部屋にはすでに三人の男が座っていた。

中央の男が立ち上がる。

「信濃銀行 不動産管理部の岡谷です」

名刺が差し出される。

その肩書きは

不動産管理部 部長

湯沢も名刺を出した。

「ゆのさわパートナーズ合同会社」

「代表社員の湯沢です」

李も名刺を出す。

「同社 業務執行社員の李です」

席に着く。

お茶が運ばれてくる。

岡谷が微笑んだ。

「さて」

「今日は」

少し間を置く。

「どのようなご用件でしょうか」

湯沢は一瞬だけ李を見た。

李が小さく頷く。

湯沢は静かに言った。

「単刀直入に申し上げます」

そして言った。

「白樺の湯の先にある」

「旧工業団地予定地」

岡谷の表情がわずかに変わる。

湯沢は続けた。

「あの土地を買いたい」

会議室の空気が、少しだけ変わった。

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