第三十一話 交渉の値段
囲炉裏の火が、ゆっくりと赤くなっていく。
望月の言葉を受けて、視線が湯沢に集まった。
「銀行相手の交渉、得意だろ?」
湯沢は苦笑した。
「いや……」
頭をかいた。
「銀行とはやったことがありません」
梅吉が言う。
「なんだよ霞が関。偉そうにしてたくせに」
湯沢は肩をすくめた。
「銀行じゃないんです…財務省です」
望月が笑う。
「似たようなもんだろ」
湯沢は首を振った。
「全然違いますよ」
少し考えてから言う。
「ただ」
「予算交渉なら何度もやりました」
浅科が興味深そうに聞く。
「どんな?」
湯沢は囲炉裏を見ながら言う。
「最初に要求する。当然、通らない」
梅吉が笑う。
「当たり前だ」
湯沢は続ける。
「そこで削られる…また削られる。そして最後に…落としどころが決まる」
望月が頷く。
「交渉ってのはそんなもんだ」
李が静かに口を開いた。
「ただ…今回の相手は銀行です」
湯沢が言う。
「そうですね」
李は続けた。
「銀行は損を確定させるのを嫌います」
浅科が言う。
「不良債権ですからね」
李は頷いた。
「ですから、回収できるなら売る」
望月が笑う。
「つまり値段次第か」
李は静かに言う。
「はい。そこで」
湯沢を見る。
「今回の交渉ですが」
湯沢も頷いた。
「私一人では無理です。ファンドの交渉なんて知りません」
李は言った。
「ですから、私が補佐します」
望月が言う。
「二人でやれってことだな」
湯沢は頷いた。
「そうしましょう」
浅科が聞く。
「目標価格は?」
李は少し考えた。
そして言った。
「工業団地の造成費、銀行の未回収債権…それを考えると」
指を折る。
「簿価はおよそ十億」
梅吉が言う。
「ほう」
李は続けた。
「ですから、交渉は」
少し間を置く。
「五億から始めます」
広間がざわつく。
梅吉が吹き出す。
「半値じゃねぇか」
望月がニヤリと笑う。
「いいねぇ」
李は続けた。
「ただし」
「上限を決めておきます」
浅科が聞く。
「いくらです?」
李は答えた。
「現金12億。そして、予備として転換社債8億円」
つる江が言う。
「ずいぶん幅があるね」
李は頷く。
「交渉ですから」
望月が笑う。
「五億で吹っかけて」
「12億までか」
梅吉が言う。
「銀行が十億回収してるなら」
「悪くねぇな」
浅科が整理する。
「銀行は」
「現金十億回収済み」
「残りは土地」
李は頷いた。
「はい」
「つまり」
「五億でも」
「銀行は十五億回収になります」
望月が言う。
「二十億貸して十五億回収か」
梅吉が言う。
「五億損だな」
李は静かに言った。
「ですが、今のままではゼロです。
そして、転換社債は今までの固定資産税とか言ってきた時の見せ球です」
広間が静かになる。
李は続けた。
「売れない土地、固定資産税、管理費、時間…銀行にとっては重荷です」
望月がニヤリと笑う。
「なるほどな」
そして湯沢を見る。
「霞が関さん」
湯沢も少し笑った。
望月は言った。
「面白い仕事ができたじゃねぇか」
囲炉裏の火が、ぱちりと弾けた。
三ヶ月前。
湯沢はただの移住者だった。
今は――
十二億の土地交渉の代表になろうとしていた。




