↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/71

第三十話 会社の名前

「では」

李が静かに言った。

「会社設立の準備を始めましょう」

望月が腕を組む。

「会社ってのは」

「まず何を決めるんだ」

李は答えた。

「会社名です」

その瞬間。

望月が言った。

「望月リゾート開発」

即答だった。

つる江が机を叩く。

「却下!」

望月が振り向く。

「なんでだ!」

つる江は言う。

「望月の名前なんか付けたら」

「望月の私物みたいになるだろ!」

望月が怒る。

「俺が百六十億まとめるんだぞ!」

つる江が言い返す。

「まとめてないだろ!」

すると、梅吉が手を挙げた。

「なら」

「湯の沢温泉株式会社」

望月が即ツッコむ。

「普通すぎる!」

つる江も言う。

「土産物屋みたいだね」

梅吉がムッとする。

「分かりやすい方がいいんだ」

すると、つる江が胸を張った。

「だったら」

「湯の沢グランドリゾート株式会社」

望月が言う。

「昭和の観光ホテルか!」

梅吉も言う。

「団体旅行の匂いがする」

三人がまた言い合いを始める。

その様子を見て、浅科が小さく笑った。

「相変わらずですね」

湯沢は頭を抱えていた。

そのとき、李が言った。

「一つ提案があります」

広間が静まる。

李はゆっくり説明を始めた。

「この事業は」

「単なる温泉観光ではありません」

指を折る。

「ホテル」

「観光」

「投資」

「海外資本」

「そして」

少し間を置く。

「医療です」

広間がざわつく。

望月が言う。

「医療?」

李は頷いた。

「はい」

「世界の温泉リゾートには」

「医療と健康が必ず組み合わされています」

浅科が言った。

「確かに」

「欧州では温泉療養は医療の一部ですね」

李は続けた。

「温泉療養」

「リハビリ」

「長期滞在型医療」

「高齢者向け健康プログラム」

「海外富裕層のメディカルツーリズム」

梅吉が聞く。

「メディカル……なんだ?」

浅科が説明する。

「医療を目的に外国人が来る観光です」

つる江が驚く。

「温泉入りに外国人が来るのかい」

李は言った。

「はい」

「しかも長く滞在します」

滋野も静かに頷いた。

「アメリカの富裕層は」

「健康にお金を使います」

望月が腕を組む。

「つまり」

「温泉+病院ってことか」

李は頷いた。

「はい」

「温泉リゾート」

「医療施設」

「健康プログラム」

「それを一体にします」

広間は少し静まり返った。

つる江が言う。

「……なんだか」

「急に話が大きくなったね」

望月がニヤリと笑う。

「最初からデカい話だろ」

そのとき、湯沢が言った。

「だったら」

皆が見る。

湯沢は少し考えて言った。

「湯の沢パートナーズ」

望月が聞く。

「意味は」

湯沢が答える。

「仲間です」

「温泉」

「観光」

「医療」

「全部まとめて」

「新しい温泉地を作る仲間たち」

広間が静かになる。

浅科が頷いた。

「悪くない」

滋野も微笑む。

「覚えやすい」

望月が腕を組んで考える。

しばらくして言った。

「……いいじゃねぇか」

つる江も言う。

「まあ悪くない」

梅吉が言う。

「印鑑も作れる」

望月が机を叩いた。

「よし!」

「会社名は」

「湯の沢パートナーズだ!」

広間に拍手が起きた。

湯沢は少し苦笑する。

そのとき李が言った。

「では次です」

望月が言う。

「まだあるのか」

李は頷く。

「次は」

少し間を置く。

「出資比率です」

広間がまた静まり返る。

望月が言う。

「金の話か」

李は答えた。

「はい」

そして続けた。

「さらに」

「医療事業を行う場合」

「病院法人や医療機関との提携も必要になります」

浅科が頷く。

「そこが一番難しいかもしれませんね」

望月が笑う。

「面白くなってきたじゃねぇか」

そして湯沢を見る。

「代表」

「覚悟しろ」

湯沢は思った。

——温泉だけの話ではない。

観光。

海外資本。

そして

医療。

この村の古い集会場で、

百六十億の未来の話が動き始めていた。

囲炉裏の炭が、ぱちりと小さく弾けた。

李は、皆の顔をゆっくり見回してから口を開いた。

「先ほど申し上げた通り――」

「今回設立する会社は、通常の株式会社とは性格が違います」

望月が腕を組む。

「どう違う」

李は答えた。

「この会社は」

「事業を直接運営する会社ではありません」

梅吉が眉をひそめる。

「じゃあ何をやる会社なんだ」

李は静かに言った。

「資金を集める会社です」

浅科が補足する。

「つまり」

「いわゆる特定目的会社に近い構造になります」

望月が言う。

「とくてい……なんだって?」

「特定目的会社です」

浅科は続けた。

「特定の事業のためだけに作られる会社で」

「その事業が終われば、役割も終わる」

李が頷く。

「今回の会社は」

指を折る。

「温泉リゾート」

「観光事業」

「医療施設」

「これらをまとめて実現するための器になります」

広間が静かになる。

その時、李が言った。

「医療の部分については」

「すでに準備が始まっています」

望月が顔を上げた。

「ほう」

李は続ける。

「医療部門の中心になるのは」

「常田医師です」

つる江が言う。

「銀座の先生だったね」

李は頷いた。

「はい」

「銀座で美容整形外科クリニックを経営しています」

梅吉が口笛を吹く。

「銀座の美容整形か」

望月が言う。

「儲かってんだろうな」

李は淡々と答える。

「かなり」

そして、静かに言った。

「そのクリニックを」

一同が見る。

「売却します」

広間がざわめいた。

つる江が思わず言う。

「店を畳むのかい?」

李は首を振る。

「畳むのではありません」

「ファンドを通して売却します」

浅科が小さく頷いた。

「なるほど」

李は説明を続ける。

「医療ファンドがクリニックを買収します」

「常田医師はそこで一定期間勤務しながら」

「売却益を受け取る」

梅吉が言う。

「で」

「その金は?」

李は答えた。

「新しい病院の建設資金に充てます」

広間がまた静かになる。

望月が言った。

「ここに病院を作るのか」

「はい」

李は頷いた。

「温泉療養」

「リハビリ」

「長期療養」

「健康プログラム」

「それらを組み合わせた」

「温泉医療施設です」

滋野が静かに言う。

「富裕層が好む形ですね」

李は続けた。

「つまり」

「今回作る会社は」

「ホテル会社でも」

「病院でもありません」

望月が言う。

「じゃあ何だ」

李は答えた。

「資金の受け皿です」

指を折る。

「海外資本」

「国内投資」

「医療資金」

「観光資金」

「それらをまとめる」

「投資主体の会社になります」

浅科が言う。

「完全に」

「特定目的会社ですね」

李は頷いた。

「はい」

「むしろ」

「その役割が非常に強い会社になります」

梅吉が腕を組む。

「つまり」

「この会社が金庫ってわけだな」

李は答えた。

「そうです」

望月が湯沢を見る。

「聞いたか」

「お前」

「その金庫の番人になるんだぞ」

湯沢は少し困った顔で笑った。

三ヶ月前。

ただの移住者だった。

それが今。

百億単位の事業の代表になろうとしている。

囲炉裏の火が、また小さく弾けた。


李は静かに言った。

「この計画で、最初の問題は土地です」

望月が腕を組む。

「まあな」

「温泉だの病院だの言ったって」

「土地がなきゃ始まらねぇ」

梅吉が聞く。

「どれくらい必要なんだ」

李は答えた。

「最低でも」

「十万平方メートル」

梅吉が口を開ける。

「三万坪か」

望月が笑う。

「山ならいくらでもある」

「だがな」

「山は面倒だ」

浅科が言う。

「所有者ですか」

望月は頷く。

「先祖の山」

「共有林」

「相続してない土地」

梅吉が言う。

「判子集めるだけで一年だ」

つる江がため息をつく。

「そんなことしてたら計画が止まっちまう」

その時、李が言った。

「ですから」

一同を見る。

「山ではありません」

望月が眉を上げる。

「ほう?」

李は続けた。

「白樺の湯の先にある」

「工業団地予定地です」

一瞬、広間が静かになった。

梅吉が呟く。

「……あそこか」

望月が小さく笑う。

「なるほどな」

浅科が言う。

「かなり広いですね」

梅吉が言う。

「二十ヘクタールある」

つる江が首を振る。

「でも」

「使われてないじゃないか」

望月が鼻を鳴らす。

「そりゃそうだ」

「工場が来なかったんだからな」

囲炉裏の火が揺れる。

梅吉が言う。

「三十年前だ」

「東京の電機会社を呼ぶって話だった」

つる江が言う。

「村で大騒ぎだったよ」

望月が続ける。

「山削ってよ」

「道路引いて」

「上下水道も通した」

梅吉が肩をすくめる。

「そしたら」

「バブルが弾けた」

つる江が言う。

「会社は来なかった」

浅科が静かに言った。

「それで今も空き地ですか」

望月は少し首を振った。

「いや」

「それだけじゃねぇ」

李が聞く。

「と言いますと」

望月は言った。

「工業団地を作った会社があった」

「第三セクターだ」

浅科が頷く。

「県と町と銀行の出資ですか」

望月が言う。

「そうだ」

梅吉が続けた。

「で」

「その会社は潰れた」

広間が静かになる。

李が聞く。

「破綻したのですか」

望月は頷いた。

「銀行から金借りてた」

梅吉が言う。

「二十億だ」

つる江が続ける。

「会社が潰れて」

「銀行が回収に来た」

浅科が聞く。

「どうなったんですか」

望月が答えた。

「信濃銀行が差し押さえた」

囲炉裏の火が小さく弾けた。

梅吉が言う。

「銀行も全部は回収できなかった」

「結局」

「十億だけ現金で回収」

つる江が言う。

「残りは」

「土地で押さえた」

浅科が整理する。

「つまり」

「土地全部を銀行が持っている」

望月が頷く。

「そういうことだ」

梅吉が鼻で笑う。

「だがな」

「売れなかった」

つる江が言う。

「工業団地なんて」

「誰も欲しがらないからね」

望月が腕を組んだ。

「銀行にとっては」

「完全に不良債権だ」

李は静かに言った。

「なるほど」

浅科が聞く。

「今も信濃銀行が持っているんですか」

望月は頷いた。

「そうだ」

「ずっと売れ残りだ」

梅吉が笑う。

「草ボーボーのままだ」

李は少し考え、言った。

「つまり」

「銀行は」

「処分したい土地ということですね」

望月がニヤリと笑う。

「その通りだ」

囲炉裏の火が揺れる。

李は静かに言った。

「それなら」

「話は早いです」

全員が見る。

李は続けた。

「銀行にとっては不良債権」

「我々にとっては」

少し間を置く。

「完成された開発用地です」

望月が笑った。

「面白ぇ」

そして湯沢を見る。

「なあ」

「霞が関さん」

湯沢は三ヶ月前まで、確かに霞が関にいた。

望月は言った。

「銀行相手の交渉、得意だろ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。