第二十九話 背負う者
広間の視線が、すべて湯沢に集まっていた。
湯沢はしばらく黙っていた。
畳を見つめたまま、腕を組んでいる望月、静かに見守る浅科、穏やかな表情の滋野、そして李の顔を順に見た。
「……いや」
ようやく口を開いた。
「ちょっと待ってください」
頭を掻く。
「俺、金融のプロでもないし」
「経営者でもないですよ」
望月がすぐに言った。
「そんなもん誰も期待してねぇ」
湯沢は苦笑する。
「いや、でも代表って」
「百六十億ですよ?」
梅吉がぼそっと言う。
「わしの田んぼ三万枚分だな」
望月が即座にツッコむ。
「例えがでかすぎるんだよ!」
広間に少し笑いが起きた。
だが湯沢は首を振る。
「いや、それ以前に」
「俺」
少し間を置く。
「この村に来て三ヶ月ですよ」
広間が少し静かになる。
湯沢は言った。
「祭りも出てないし」
「村のこともまだ全然分かってない」
「そんな人間が代表って……」
そのときだった。
「だからいいんだよ」
望月だった。
湯沢が顔を上げる。
望月は腕を組んだまま言った。
「三ヶ月だからいい」
湯沢が首をかしげる。
「どういう意味です?」
望月は鼻を鳴らした。
「三十年住んでるやつはな」
つる江と梅吉を指さす。
「頭が固まってる」
つる江が怒る。
「誰が固いって!?」
望月が続ける。
「だが三ヶ月のやつは違う」
「変な常識がねぇ」
浅科が静かに言った。
「それは一理ありますね」
望月は続けた。
「それにな」
湯沢を見る。
「三ヶ月で」
「この村の未来の話を東京まで持ってった」
「そんなやつ」
「今までいねぇ」
広間が静かになる。
梅吉も頷いた。
「確かに」
つる江も腕を組む。
「……それはそうだね」
そのとき、李が口を開いた。
「私も同じ理由です」
湯沢が見る。
李は言った。
「この計画は」
「村の内側だけでは成立しません」
「外の資本」
「外の観光客」
「外のネットワーク」
「それを結ぶ必要があります」
そして続けた。
「湯沢さんは」
「村の外の人間です」
少し間を置く。
「だから」
「橋になれる」
滋野も静かに頷いた。
「確かに」
望月が言う。
「村の人間が代表やったら」
「ただの村会社だ」
浅科が続ける。
「しかし湯沢さんなら」
「全国の投資家が話を聞く」
梅吉も言った。
「外の人間が代表で」
「中に村がいる」
「その形が一番強いかもしれんな」
湯沢は黙っていた。
三ヶ月。
確かに短い。
だが――
もう後戻りできないところまで話が進んでいるのも事実だった。
湯沢はゆっくり息を吐いた。
そして言った。
「……分かりました」
広間が静かになる。
湯沢は頭を下げた。
「やります」
その瞬間。
望月が机を叩いた。
「よし!」
つる江が言う。
「決まりだね!」
梅吉も頷く。
「これで会社が作れる」
浅科が静かに言った。
「いや」
「会社ではない」
一同が見る。
浅科は続けた。
「事業だ」
滋野が微笑む。
李が言った。
「では」
「会社設立の準備を始めましょう」
望月が聞く。
「まず何をやる」
李は答えた。
「会社を作ります」
そして、ゆっくり言った。
「この村に」
「世界で一番面白い温泉リゾートを作る会社を」
望月が笑う。
「面白ぇ」
つる江が言う。
「どうせなら世界一だ」
梅吉が言う。
「村の名前を世界に出そう」
湯沢は思った。
——三ヶ月前。
ただの移住者だった自分が。
今。
百六十億の事業の代表になろうとしている。
とんでもない話だった。
だが――
不思議と逃げる気にはならなかった。
村の未来の話が、
いま本当に動き出したのだから。




