第二十四話 クリニック売却の条件
院長室の空気が少し変わった。
湯沢が腕を組む。
「売る?」
常田は頷いた。
「このクリニックだ」
窓の外には銀座の通り。
十階から見える都会の景色。
箕輪さやかが言う。
「もったいないですね」
常田は小さく笑った。
「三十年働いたし、もう十分だ」
そして机の上の手紙を見る。
三十年前の約束。
「そろそろ…約束を果たしたい」
湯沢が言う。
「湯の沢村」
常田は頷く。
「そうだ」
李が静かに聞く。
「ですが」
常田が言った。
「簡単じゃない」
湯沢が言う。
「ですよね」
常田は指を一本立てた。
「まず売却先」
三人を見る。
「医療法人じゃないといけない」
箕輪が言う。
「医療法人?」
常田は説明した。
「医療機関は普通の会社には売れない」
「医療法人か」
「医師が経営する形でなければならない」
湯沢が言う。
「なるほど」
常田は二本目の指を立てた。
「二つ目は医者だ」
李が聞く。
「美容外科医」
常田は頷いた。
「それなりの腕がいる。美容外科は技術だ」
湯沢が言う。
「先生の代わりになる医者」
常田は笑った。
「完全には無理だ…だが、任せられる医者は必要だ」
箕輪が小さく言う。
「確かに」
常田は三本目の指を立てた。
「三つ目」
「雇用だ」
湯沢が言う。
「スタッフ」
常田は頷いた。
「看護師、薬剤師、受付、カウンセラー、事務…と、三十人いる」
箕輪が驚く。
「そんなに」
常田は言う。
「生活がかかっている」
李が静かに頷く。
常田は続けた。
「つまり」
三人を見る。
「売却先か医療法人であること、腕のある美容外科医がいること。そして、雇用の継続。この三つが揃わないと売れない」
院長室が少し静かになる。
湯沢が言う。
「難しいですね」
常田は肩をすくめた。
「だから…まだ売れていない」
箕輪が言う。
「引退できないんですね」
常田は苦笑した。
「そういうことだ」
少し間。
そのとき
李が口を開いた。
「先生」
常田が見る。
「はい」
李は静かに言った。
「その売却先」
湯沢と箕輪が李を見る。
李は続けた。
「私が探します」
常田が少し驚く。
「あなたが?」
李は頷いた。
「はい」
湯沢が言う。
「本気か」
李は静かに答えた。
「医療法人、美容外科医、雇用継続…この三つを満たす相手を必ず探し出します」
常田は腕を組んだ。
「そんな都合のいい相手がいるか」
李は少し考えた。
そして言った。
「可能性はあります」
箕輪が聞く。
「どこに」
李は窓の外を見た。
東京の街。
そして言った。
「医療法人は日本中にあります」
湯沢が言う。
「美容外科医は?」
李が答える。
「美容外科は若い医者が独立したがっています」
常田が興味深そうに聞いている。
李は続けた。
「そして雇用継続」
少し間。
「既存のスタッフがいるクリニックはむしろ魅力です」
常田が小さく笑う。
「理屈はそうだ」
李は静かに言った。
「探します」
院長室が静かになる。
三十年前の約束。
そして
新しい問題。
常田は李を見た。
「もし」
少し間。
「見つかったら」
李が答える。
「先生は」
「湯の沢村に来ますか」
常田はゆっくり椅子にもたれた。
そして言った。
「そのときは」
机の上の手紙を見る。
三十年前の文字。
「本当に行く」
湯沢が小さく笑った。
「面白くなってきた」
こうして
三人は
銀座の美容外科クリニックの
売却先探しという
新しい問題を抱えることになった。
そしてそれは
湯の沢村の未来と
深く関わることになる。




