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第20話 白樺の湯の倉庫

白樺の湯の裏手には

古い木造の倉庫があった。

観光客が来ることはない場所だ。

湯沢がシャッターを開ける。

ガラガラと音が響く。

中には古い棚が並び

段ボールや木箱が積まれていた。

箕輪さやかが言う。

「こんなにあるんですか」

湯沢は苦笑した。

「白樺の湯は」

「昭和四十年代からある」

「帳簿は全部残ってる」

李が中を見渡す。

古い紙の匂い。

時間の匂いだった。

湯沢が箱を一つ下ろす。

「この辺が」

「昭和の終わり頃だ」

埃が舞う。

箕輪がマスクをつけた。

「探しますか」

三人は床に座り

帳簿をめくり始めた。

宿泊者名簿。

仕入れ伝票。

古いパンフレット。

しばらくして

箕輪が言った。

「ありました」

二人が顔を上げる。

箕輪が指さす。

宿泊帳だった。

そこに書かれている名前。

常田 真一

日付は

平成5年。

湯沢が言う。

「本当にいたんだな」

李が帳簿を覗き込む。

住所の欄には

こう書かれていた。

東京都文京区

箕輪が言う。

「大学病院ですね」

湯沢がページをめくる。

「何度も来てる」

平成5年。

平成6年。

平成7年。

常田の名前は何度も記録されていた。

李が言った。

「村に通っていた」

湯沢が頷く。

「そうみたいだな」

そのときだった。

帳簿の間から

一枚の封筒が落ちた。

箕輪が拾う。

「手紙…?」

古い茶色の封筒。

宛名が書かれている。

御代田彦衛門 様

三人が顔を見合わせた。

湯沢が言う。

「開けるぞ」

封を開ける。

中から一枚の紙が出てきた。

李が読み上げる。

「彦衛門さん

 いつも泉の水を見せていただきありがとうございます。」

箕輪が息をのむ。

李は続けた。

「私は今、東京で医者として働いています。

 ですが、いずれ必ずこの村に戻ります。」

湯沢が腕を組む。

李はさらに読む。

「この村の水と温泉は特別です。

 もし医療と組み合わせれば、

 人の体を回復させる場所になるでしょう。」

箕輪が小さく言う。

「三十年前に…」

李は最後の行を読んだ。

「そのために私は

 資金を作ります。

 東京で働きます。

 必ず戻ります。」

下に名前があった。

常田 真一

倉庫の中が静まり返る。

湯沢が言う。

「本気だったんだな」

李は紙を見つめていた。

三十年前の手紙。

そこに書かれている未来。

それは

自分たちが考えていることと

ほとんど同じだった。

箕輪が言う。

「でも」

「戻ってきてないですよね」

湯沢が頷く。

「少なくとも」

「俺は知らない」

李はゆっくり言った。

「東京」

湯沢が顔を上げる。

「行くのか」

李は頷いた。

「常田先生を」

「探します」

箕輪が言う。

「でも」

「東京は広いですよ」

湯沢が笑った。

「美容外科医なら」

「手がかりはある」

李が聞く。

「どうやって」

湯沢は言った。

「医者は」

「名前が残る」

少し間。

「学会」

「医院」

「論文」

箕輪が言う。

「医師名簿もあります」

李は静かに言った。

「三十年前に」

「この村の未来を考えた医者」

そして手紙を見た。

「会ってみたい」

倉庫の外では

山の夕方が始まっていた。

しかし

三人はまだ知らなかった。

その常田真一が

すでに

東京で

日本でも有名な美容外科医になっていることを。

そして

その人物が

再び湯の沢村の運命を

大きく動かすことになる。

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