表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/19

第18話 山に来た医者

御代田の泉の前で

四人は彦衛門を見ていた。

「昔」

「この村に来てた」

「変わった医者だ」

湯沢が聞いた。

「誰です」

彦衛門は少し考えるように空を見た。

杉の枝が風で揺れている。

そして言った。

「名前はな」

「常田」

箕輪が言う。

「常田先生?」

彦衛門は頷いた。

「そうだ」

「常田先生」

湯沢が首をかしげる。

「聞いたことないな」

彦衛門は笑った。

「お前は若い」

「三十年以上前だ」

李が聞く。

「どんな医者だったんですか」

彦衛門はゆっくり話し始めた。

「東京の大学病院の医者だ」

箕輪が言う。

「大学病院?」

彦衛門は頷いた。

「研究してた」

「水」

三人が顔を見合わせる。

湯沢が言う。

「水?」

彦衛門は泉を指さした。

「この水だ」

李が身を乗り出す。

「御代田の泉を?」

「そうだ」

彦衛門は答えた。

「温泉を調べに来た」

「そのついでに」

「この泉も調べた」

箕輪が言う。

「水素の話をした先生?」

彦衛門は頷いた。

「たぶんな」

湯沢が言う。

「昭和の終わり頃って言ってましたね」

「そうだ」

彦衛門は少し懐かしそうに言った。

「変わった人だった」

李が聞く。

「どういう意味ですか」

彦衛門は笑った。

「医者なのに」

「村に住もうとした」

三人が驚く。

「え?」

彦衛門は続けた。

「水がいい」

「空気がいい」

「ここは体を治す場所だ」

「そう言ってな」

箕輪が言う。

「本当に?」

彦衛門は頷いた。

「白樺の湯にもよく来てた」

湯沢が言う。

「温泉療養みたいなことを?」

「そうだ」

彦衛門は答えた。

「水を飲んで」

「温泉に入って」

「山を歩く」

「体が変わるって」

李が静かに言う。

「今の話と」

「同じですね」

湯沢も頷いた。

「医療と滞在」

「まさにそれだ」

箕輪が聞いた。

「その先生」

「今どこにいるんですか」

彦衛門は少し黙った。

そして言った。

「途中で」

「来なくなった」

湯沢が聞く。

「いつです」

「平成のはじめ頃だ」

彦衛門は答えた。

「急にな」

箕輪が言う。

「亡くなったとか?」

彦衛門は首を振った。

「わからん」

「何も聞いてない」

李が言った。

「記録は残っていないでしょうか」

湯沢が考える。

「白樺の湯の古い帳簿なら」

箕輪が言う。

「宿泊記録とか」

彦衛門が笑う。

「探してみろ」

そして泉を見た。

「もしその医者がいたら」

静かに言った。

「お前たちの考え」

「もう三十年前に思いついてた」

山の空気が静かに流れる。

湯沢が言う。

「面白くなってきたな」

李は泉を見つめながら言った。

「その先生」

「探しましょう」

箕輪が言う。

「でも」

「三十年前ですよ」

湯沢が笑った。

「生きてれば」

「結構な年だ」

李は静かに言った。

「それでも」

少し間。

「この村の未来を」

「最初に考えた人かもしれません」

彦衛門が頷いた。

「そうかもしれんな」

そして老人は杖をついた。

「さて」

「帰るぞ」

四人は山を下り始めた。

しかしそのとき

誰も気づいていなかった。

白樺の湯の古い資料の中に

一枚の手紙が残されていることを。

差出人の名前は

常田真一

そしてその手紙には

こう書かれていた。

「この村は必ず

 医療の村になる」

三十年前に書かれた

その言葉が

やがて

湯の沢村の運命を

再び動かすことになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ