第17話 同じ考え
御代田の泉の前で、四人はしばらく黙っていた。
水は静かに湧き続けている。
しかし、その量は多くない。
岩の隙間から、絶えず流れているが
とても商業的に使えるような量ではない。
湯沢が言った。
「……これ」
「どれくらい出てるんだ」
彦衛門は泉を見ながら答えた。
「昔、測ったことがある」
「一分で」
「せいぜい数リットルだ」
箕輪が言う。
「少ないですね」
湯沢は頷いた。
「ボトル水のビジネスには」
「全然足りない」
李も同じことを考えていた。
泉の水を見ながら、静かに言う。
「売り物には」
「できませんね」
彦衛門は笑った。
「だから言ったろう」
「外に出すなと」
四人の間に沈黙が落ちる。
山の風。
沢の音。
そして湧き続ける水。
湯沢が腕を組んだ。
「でもな」
「価値はある」
李が小さく頷く。
「ええ」
箕輪が言う。
「温泉もありますし」
「水もある」
湯沢が言う。
「水素の温泉」
「水素の湧き水」
李がゆっくり言った。
「健康」
その言葉を聞いた瞬間だった。
湯沢が顔を上げた。
李も同時に顔を上げる。
二人は一瞬、目が合った。
そして
ほぼ同時に言った。
「医療」
「ワーケーション」
言葉が重なった。
箕輪が驚く。
「え?」
湯沢が笑った。
「同じこと考えてたか」
李も少し笑った。
「どうやら」
彦衛門が聞く。
「どういうことだ」
湯沢が説明する。
「水を売るんじゃない」
「人を呼ぶ」
李が続けた。
「健康目的の滞在」
「医療」
「仕事」
箕輪が言う。
「ワーケーション…」
湯沢が頷いた。
「都会の人間は」
「疲れてる」
李も言った。
「空気」
「水」
「温泉」
「静かな環境」
少し間。
「働きながら休む」
彦衛門は黙って聞いていた。
湯沢が言う。
「ここなら」
「できるかもしれない」
箕輪が少し興奮した声で言う。
「温泉療養みたいな?」
李は頷く。
「長期滞在型」
「医療と組み合わせる」
湯沢が言った。
「白樺の湯を中心に」
「宿泊」
「温泉」
「湧き水」
「仕事場」
箕輪が言う。
「コワーキングスペース」
李が続ける。
「健康チェック」
「医療連携」
山の中の泉の前で
新しい村の形が
少しずつ見えてきていた。
彦衛門が小さく笑った。
「なるほどな」
そして言った。
「水を使って」
「人を呼ぶ」
湯沢が頷く。
「そうです」
彦衛門は泉を見た。
静かに湧く水。
そして言った。
「清吉の孫が」
「村の未来を考えるか」
李は何も言わなかった。
ただ泉を見ていた。
祖父が生まれたかもしれない村。
その未来。
そして湯沢が言った。
「問題は」
「医者だな」
箕輪が言う。
「確かに」
李が聞く。
「村に病院は?」
湯沢は首を振った。
「ない」
「診療所だけだ」
箕輪が言った。
「しかも」
「週三日」
山の風が吹く。
静かな沈黙。
そして
彦衛門がぽつりと言った。
「医者なら」
三人が振り向く。
老人は続けた。
「一人」
「思い出した」
湯沢が聞く。
「誰です」
彦衛門はゆっくり言った。
「昔」
「この村に来てた」
「変わった医者だ」
李が聞く。
「どこにいるんですか」
彦衛門は答えた。
「さあな」
少し笑う。
「だが」
「もし戻ってくるなら」
泉の水が静かに流れる。
老人は言った。
「この村は」
「面白くなるぞ」
そして
その医者の名前が
次の出来事を大きく動かすことになる。




