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第16話 御代田の泉

御代田彦衛門は、杖を手にした。

「行くぞ」

百二歳とは思えないほど、声はしっかりしていた。

四人は家の外に出る。

山の空気は冷たく、澄んでいた。

庭の柿の木の向こうに、細い山道が続いている。

彦衛門が言った。

「こっちだ」

ゆっくり歩き出す。

湯沢が心配そうに言う。

「大丈夫ですか」

彦衛門は笑った。

「この山は」

「わしの庭だ」

歩く速度は遅い。

だが足取りは確かだった。

杉林の中へ入る。

鳥の声。

沢の音。

落ち葉の匂い。

箕輪が小さく言う。

「きれいですね」

李は黙って歩いていた。

祖父の故郷。

その山の奥へ入っていく。

十分ほど歩くと

彦衛門が立ち止まった。

「ここだ」

目の前に小さな岩場があった。

岩の隙間から

水が湧いている。

透明な水だった。

小さな泉。

しかし

不思議なほど澄んでいた。

箕輪がしゃがみこむ。

「きれい…」

湯沢も近づく。

「これが」

「御代田の泉か」

彦衛門は頷いた。

「そうだ」

李は静かに泉を見つめた。

水は絶えず湧いている。

音もほとんどない。

ただ

静かに流れている。

彦衛門が言った。

「飲んでみろ」

箕輪が手ですくう。

そして口に運んだ。

「……!」

目を見開く。

湯沢が聞く。

「どうだ」

箕輪が言う。

「すごく」

「柔らかい」

湯沢も水をすくう。

口に含む。

しばらく黙る。

「……うまいな」

李もしゃがんだ。

手で水をすくう。

透明な水。

そのまま口に運んだ。

冷たい。

しかし

どこか甘みのある感覚。

飲んだあとも

口の中がすっと軽くなる。

李はゆっくり言った。

「確かに」

「特別ですね」

彦衛門が頷く。

「だろう」

老人は泉の横の岩に腰を下ろした。

「この水は」

「昔からここにある」

湯沢が聞く。

「御代田家だけが?」

彦衛門は答える。

「場所を知っているのがな」

箕輪が泉を見つめながら言う。

「これ」

「どれくらい湧いてるんですか」

彦衛門は少し考えた。

「多くはない」

「だから」

「村で使う分だけ」

湯沢が言う。

「ボトル水のビジネスは」

「やっぱり無理だな」

李は黙って泉を見ていた。

自分が考えていた計画。

水を商品として売る。

世界に輸出する。

しかし彦衛門の言葉が頭に残っていた。

「水を外に出すな」

「人を呼べ」

李はゆっくり立ち上がった。

そして言った。

「湯沢さん」

湯沢が振り向く。

「なんだ」

李は泉を見ながら言った。

「白樺の湯」

「まだ売らないでください」

箕輪が驚く。

「え?」

湯沢が聞く。

「どうする」

李は少し考えた。

そして言った。

「温泉と」

「この水」

「両方使います」

彦衛門が静かに聞いている。

李は続けた。

「ここに来ないと体験できない」

「そういう場所にします」

箕輪が言う。

「水の観光…?」

李は頷いた。

「健康」

「温泉」

「湧き水」

「全部合わせる」

湯沢が腕を組む。

「簡単じゃないぞ」

李は言った。

「わかっています」

少し間。

「でも」

「祖父の村です」

山の風が吹いた。

泉の水が静かに流れる。

彦衛門が笑った。

「いい顔になったな」

李が振り向く。

老人は言った。

「それでいい」

そして泉を見た。

「御代田の水は」

「村で生きる」

その言葉は

この小さな泉から始まる

新しい湯の沢村の物語を

静かに示していた。

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