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第14話 満州へ行った従兄弟

御代田家の中は、外から見る以上に古かった。

太い梁。

黒く光る柱。

囲炉裏の跡。

百年以上の時間が、そのまま残っている。

彦衛門はゆっくりと座敷に座った。

湯沢たちも、その向かいに座る。

李は一番前に座った。

老人はしばらく李の顔を見ていた。

そして言った。

「清吉に」

「似てる」

李は驚いた。

「祖父に?」

彦衛門は小さく頷いた。

「目だ」

「御代田の目だ」

カメ子が言う。

「お父さん」

「覚えてるの?」

彦衛門は鼻で笑った。

「忘れるか」

「従兄弟だぞ」

少し間。

「小さいころ」

「一緒に山を走った」

湯沢が聞いた。

「何歳くらいのときです」

彦衛門は少し考えた。

「昭和十年ごろだ」

「わしは十歳くらい」

「清吉は八歳」

李が静かに聞いている。

彦衛門は続けた。

「貧しい村だった」

「でも」

「子供は関係ない」

「川で魚を取って」

「山で栗を拾って」

少し笑う。

「毎日走り回ってた」

しかしその顔が、すぐ曇った。

「昭和十六年」

「話が来た」

湯沢が言う。

「満蒙開拓団」

彦衛門は頷いた。

「そうだ」

「満州へ行けば」

「広い土地がもらえる」

「国が言った」

箕輪が小さく言う。

「多くの人が行きましたよね」

彦衛門は遠くを見る。

「清吉の家は」

「行くことを決めた」

李の手が少し握られる。

彦衛門は続ける。

「出発の日」

「村のみんなが駅まで送った」

「小諸駅だった」

「旗を振って」

「万歳して」

声が少し震えた。

「もう」

「帰れないと」

「誰も思わなかった」

座敷が静かになる。

李が聞いた。

「祖父は」

「どんな人でしたか」

彦衛門はゆっくり答えた。

「優しいやつだ」

「でも」

「頑固だった」

少し笑う。

「わしより喧嘩も強かった」

湯沢が言う。

「その後」

「連絡は?」

彦衛門は首を振った。

「戦争が終わって」

「満州は大変だった」

「噂だけ来た」

カメ子が言う。

「帰ってこなかったって」

彦衛門は静かに言った。

「死んだと思ってた」

李の目が少し揺れる。

彦衛門はゆっくり李を見る。

「だが」

「生きていた」

「中国で」

李は頷いた。

「祖父は」

「中国人の家に育てられました」

「日本に帰ったのは」

「かなり後です」

彦衛門は目を閉じた。

長い沈黙。

そして言った。

「そうか」

「そうか」

声はとても静かだった。

やがて老人は

再び目を開けた。

「李」

「お前は」

「どうしてこの村に来た」

李は答えた。

「祖父の故郷を」

「探していました」

少し間。

「そして」

「この村を見て」

「思いました」

彦衛門が聞く。

「何をだ」

李は静かに言った。

「消えてほしくない」

湯の沢村のことだった。

彦衛門はじっと李を見ていた。

そしてゆっくり笑った。

「御代田の血だな」

そのときだった。

老人がふと聞いた。

「ところで」

「お前」

「白樺の湯に来てるんだろ」

湯沢が答えた。

「ええ」

「水ビジネスの話で」

彦衛門の目が鋭くなった。

「水だと」

空気が少し変わる。

老人はゆっくり言った。

「この山の水は」

「ただの水じゃない」

李が聞く。

「どういう意味ですか」

彦衛門は静かに言った。

「お前たち」

「まだ知らないのか」

座敷の空気が止まる。

百二歳の老人は

ゆっくりと

山の奥を指さした。

「この村の水には」

「昔から」

「秘密がある」

湯沢と箕輪が

同時に顔を上げた。

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