表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/19

第13話 山の上の家

翌朝。

湯の沢村の朝は遅い。

山の影が長く残るからだ。

白樺の湯の前には、一台の軽トラックが止まっていた。

運転席に湯沢。

助手席に李。

後ろに箕輪さやか。

そして滋野カメ子が乗っている。

エンジンが低く唸った。

「上は道が狭い」

湯沢が言う。

「軽じゃないと行けない」

車は村の道をゆっくり登り始めた。

集落を抜ける。

空き家が目立つ。

閉まった商店。

使われなくなった畑。

箕輪が小さく言う。

「本当に」

「人が減りましたね」

湯沢は黙って運転している。

やがて舗装道路が細くなる。

山道。

杉林。

沢の音。

カメ子が言った。

「もうすぐよ」

少し登ると

道の先に古い屋敷が見えた。

大きな茅葺き屋根。

黒い板壁。

庭には古い柿の木。

車が止まる。

湯沢が言う。

「ここか」

カメ子が頷いた。

「御代田の本家」

李はしばらく動かなかった。

静かにその家を見ている。

まるで

長い時間を越えてきた建物だった。

箕輪が小さく言う。

「すごい…」

カメ子が先に降りた。

杖をついて門を開ける。

ギイ、と音がした。

四人は庭を歩く。

玄関の前で

カメ子が声を出した。

「お父さん」

返事はない。

もう一度。

「お父さん」

すると

奥から足音がした。

ゆっくり。

本当にゆっくり。

そして

玄関の戸が開いた。

現れたのは

小さな老人だった。

背は曲がっている。

真っ白な髪。

だが目は

驚くほど鋭い。

老人が言った。

「カメか」

声はかすれているが

はっきりしていた。

カメ子が笑った。

「そうよ」

「お父さん」

老人は四人を見た。

湯沢。

箕輪。

李。

その視線が

李の顔で止まった。

長い沈黙。

老人は目を細めた。

「……誰だ」

カメ子が言った。

「お父さん」

「この人」

「御代田の人かもしれない」

老人の眉が動く。

「御代田…?」

カメ子はゆっくり言った。

「満州に行った」

「従兄弟の家の」

李が一歩前に出た。

そして頭を下げる。

「李と申します」

老人は動かない。

ただじっと見ている。

やがて

かすれた声で言った。

「……満州」

李が静かに言う。

「祖父は」

「黒龍江省で育ちました」

老人の目が大きく開いた。

「黒龍江…」

しばらく沈黙。

そして老人は

震える声で言った。

「まさか」

「清吉の…」

李の顔が上がる。

「祖父の名前は」

「李清吉です」

その瞬間だった。

御代田彦衛門の手が震えた。

「やっぱりだ」

老人は壁に手をついた。

「清吉」

「生きてたのか」

カメ子が驚く。

「お父さん」

彦衛門はゆっくり座り込んだ。

そして言った。

「清吉は」

「わしの従兄弟だ」

庭に風が吹く。

柿の木の葉が揺れる。

百年前につながる血が

いま

この山の家で

再び交わろうとしていた。

そして彦衛門は

ゆっくりと李を見た。

「中へ入れ」

「話をしよう」

その声には

百年の時間が

重なっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ