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【第1章完結】次期勇者になる予定でしたが裏切られ全てを奪われてしまったので次期魔王になります。  作者: 松竹梅竹松
第1章

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第1章 第8話 未練

「シオンくん起きてくださーい。もう八時ですよー」

「……おはよう。ごめん寝過ごした」



 『神託』の儀が執り行われてから約一ヶ月の月日が過ぎた。別れと出会いの香りが漂う春が終わりを迎え、夏風が吹き始める五月の初め。年度初めの忙しなさが落ち着きを見せてきた王都の地下ではいつもと変わらない光景が繰り広げられていた。



「印での魔法の発動……練習してたら夜更かししてた。今日の家事当番俺だよな」

「これでもメイドですよ? 主人のフォローくらい済ませてあります。朝食は用意したので夕食は期待していますねっ」



 黒を基調としたミニスカートメイド姿のクロがニコリと微笑む。勝負に負けて屋敷にいる間はメイドとなる契約を結んだクロ。初めは恥ずかしさと悔しさで不満げだったが、一ヶ月もすればすっかりメイドが板についてきていた。



「夕飯なぁ……何が食いたい? 朝飯食ったら適当に獲ってくるけど」

「そうですねぇ……ミミックの蒸し焼きはいかがでしょう」

「了解。48層のミミックにデバフかけてあるから後で獲ってくる。結界での転送だけ任せた」



 二人は平然と話しているが、本来モンスターは食用には向かない。可食部が少なく人間にとって毒となる部位が多いからだ。しかしシオンの豊富なモンスターへの知識とモンスターを狩って生きてきたクロの強靭な胃袋によって実現している非常に危険な行為である。しかしそれほど問題視していない二人は、コカトリスの卵の目玉焼きとオーク肉のベーコンで食卓を囲む。



「いただきます。んー……やっぱりクロが作る料理は美味いな。経験が違うからかな」

「ちっちっち。私の料理がおいしいのは愛情がたっぷりこもっているからですよ。これ今夜言ってくださいね?」



 クロの結界によって創り出された光景は季節が廻ろうと変わることはない。しかし二人の様子には確かな変化が起きていた。堅物で復讐のことしか頭になかった真面目なシオン。欺き嘲り他者を屈服させてきた悪魔のようなクロ。共に生活を送ることで互いの性格に触発され、主人と従者という魔王のような様相になりつつもその本質は一ヶ月前より遥かに人間らしくなっていた。



「そうそう料理といえばパンを切らしているんでした。調味料も市販品の方がおいしいですし今日あたり買い出しに行こうと思っているんですが一緒にどうです?」

「どうですってこのダンジョンには勇者以外の出入りを禁じる結界が貼られてるから……ああ結界なら書き換えられるか」


「なので月一程度のペースで王都に買い出しに行っているんです。実は『神託』の儀も後ろの方で見てたんですよ? あのシオンくんの情けない姿を」

「懐かしいな……まだ一ヶ月前なのにずいぶん昔のことみたいだ」



 そう言いながらもシオンはあまり気にしていない様子で食事を続ける。もう完全に過去のことだと割り切っているようだ。



「でも金はどうするんだ? ないなら俺の貯金が……もう誰かに回収されてるかな」

「お金のことは気にしないでください。ここはダンジョンですよ? 下層の方なら珍しいモンスターもいます。希少部位を集めてブローカーに売っているんですよ。たぶんそんじょそこらの小金持ちよりは稼げてます」


「ギルドを通さないモンスターの売買は違法……まぁ魔王軍幹部に言うことでもないか」

「違法の権化みたいなもんですからね。ということなのでシオンくんに荷物持ちしてもらえると大変助かるんですが」



 もちろん荷物持ちをするのはやぶさかではない。だがそれ以前の問題が二人にはある。



「俺たちの魔力はどうするんだよ。陰魔法はモンスターの魔法、雰囲気は完全にモンスターだ。地方の村ならともかく警備もきつい王都だと捕まるんじゃないのか」

「それについてもご心配なく。魔力を完全に抑える結界を付与した衣服を用意しています。着ている間は魔法が一切使えなくなりますが買い物程度なら問題ありません」



 シオンは用意そのものではなく、その優れた結界術の運用法に舌を巻く。結界術についてはクロに教わっている最中だが、まだ見ぬ応用法があったとは。



「それなら大丈夫か……ただ変装になるようにはしておいてほしい。たぶん俺はダンジョン内で死んだことになってるから」

「勇者ウォルツ・スペードですか……。あの程度なら私がいくらでも対処できますけど」

「あいつはどうでもいいんだよ。俺が気にしてるのはアルピナ……俺の唯一の弟子だ」



 そう語るとシオンは胸元からギルドカードを取り出す。本来学校を卒業しギルドに冒険者として認められないと発行されない身分証だが、一人でも問題なく冒険ができると判断された成績優秀者には特別に発行が認められている。そのランクは能力によってAからGランクにまで分かれており、シオンはその枠には収まらない傑物としてSランクの称号が与えられていた。しかしシオンが見せたかったのはギルドカードそのものではなく、その裏に貼られた写真。



「アルピナ・ムーン。一つ下の俺の弟子。五年位前かな。モンスターに襲われてたある村を守った時、そこにいた女の子に弟子入りを申し込まれたんだ。覚悟があるなら断る理由もなかったし、王都に連れてきてバフ魔法を叩き込んだ。まだ中等部だけどAランクになってる優秀な子だよ」



 そこに貼られていたのは無表情で写真に収められている二人の若い男女の姿。男の方はいつもの修道服のような黒いコートを羽織ったシオン。もう片方の女性がシオンの弟子に当たるアルピナだ。



 全体的な様相はシオンに合わせた修道服のようで、鮮やかな銀の髪の上にシスターのようなウィンプルを被っている。長いスカートは動きやすいようにスリットが大きく開いており、純白のニーソックスが神聖さを醸し出している。クロの二歳下とは思えないほどに整った顔は大人びていて、シオンと並ぶとまるで美男美女の若い神官のように見える。



「なるほど、そのお弟子さんに会いたいわけですか。私というものがいながら妬けちゃいますね」

「むしろその逆だ。俺が言うのもなんだけどアルピナは真面目過ぎるんだよ。俺が生きていてしかもモンスターの気配を漂わせてるとなったらアンデッドになったと判断されて攻撃される。魔王としての才能に目覚めましたなんて言ってもモンスターの戯言だと信じてもらえないだろうし、たぶん今の俺じゃアルピナには勝てない。……いや違うな」



 つらつらと言い訳を並べたが、それ以上に。



「あいつには俺のことなんて忘れて幸せに生きてほしいんだ。だから俺が死んでた方が都合がいいんだよ」



 アルピナは服装だけではなく性格もまたシオンに影響を受けている。復讐。かつてシオンが囚われていたその呪いに蝕まれてほしくない。



「事情はわかりました。では正体は隠す方向で服を用意しましょう」



 クロが印を結び、魔力を抑える衣服を編む。こうして二人は、自分たちの居場所ではない王都へと向かう。そして幕が開くことになるのだ。魔王と勇者。決して相容れない存在同士の戦いが。

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