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【第1章完結】次期勇者になる予定でしたが裏切られ全てを奪われてしまったので次期魔王になります。  作者: 松竹梅竹松
第1章

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第1章 第7話 本音

「陰魔法……想定以上に使いづらいな……」



 デバフに状態異常、エナジードレイン。陰魔法ならではの陰湿な戦い方で勝利したシオンはさっそく戦闘のフィードバックをしていた。



 バフして殴るという身体に染みついたものとは正反対の戦法を取ったからというのはもちろんとして、魔力の練り方が特殊過ぎる。陰魔法は心で扱うもの。戦闘中に身体ではなく心に意識を割くというのは想像していたよりハードだった。事前に作戦を立てていたからいいものの、突発的な戦闘や乱入者が現れたら今回のようにはいかないだろう。魔力を多く練る必要がある上級魔法なんて戦闘中では選択肢にも挙がらない。



 だがそれがわかっただけで充分収穫。擬似的にバフがかかる『吸収(ドレイン)』は多少不便だろうが戦闘の柱にしたい。それにつなげるための中距離からのデバフと状態異常。この立ち回りを中心にして問題なさそうだ。そして使ってみてわかった陰魔法の可能性。状態異常付与は陽魔法にもあるがあれほどまでの効力はなかった。使いようによってはこれだけで完封させることも……。



「ぁ……ぁ……ぁ……」

「ああ、忘れてた」



 学究肌で研鑽に余念がないタイプのシオン。すっかりフィードバックと陰魔法の可能性の探求に夢中になっていたが、大事なことを忘れていた。



「大丈夫……じゃないよな」



 口内に指を入れられて体内からのエナジードレイン。体力も魔力も根こそぎ奪われたクロがベッドの上に倒れていた。倒れた衝撃で制帽が落ち、両腕を軽く上げた体勢でピクピクと痙攣しているクロ。身体が完全に弛緩してしまっているのか開いた口は閉じることができずよだれを垂らし、舌を零したまま虚ろな瞳を天井に向けている。



「あの時とは完全に立場が逆転したな」



 シオンは出会った時の意趣返しのように髪を撫でて頬を軽く触り、口から垂れるよだれを拭う。なるほどクロが愉しそうにしていた理由がわかった。相応の立場を持つ者を抵抗できなくして弄ぶ。嗜虐心というものを理解できた気がした。



「遊んでる場合でもないか」



 顔色が変わらないのに不思議と悔しそうな空気を滲ませているクロを見下ろしシオンは両の掌を横向きに合わせる印を結ぶ。



「戦闘に使えない魔法はあまり得意じゃないが……見せてもらうぞ、陰魔法の可能性」



 この一日で陰魔法の結界術はたくさん見てきた。陽魔法では不可能な結界内の情報指定。クロは望んだ結界を創り出すことができるが、シオンはその域に達していない。そこで情報を入れる余地のある空間に、別の魔法を注ぎ込む。



「『結界(ドメイン)』+『伝達(コミュニ)』」



 一定範囲にいる人物に脳内から情報を伝達する魔法を、ベッドの周囲に創り出した結界そものに発動する。クロが感覚で行っている行為を理論的に再現していく。



『いや……顔見ないでぇ……』

「よし、実験成功」



 クロの口元は一ミリも動いていないが、結界内にクロの恥ずかしそうな声が響き渡る。思考が声になって現れる結界の完成だ。これで身体を動かせなくても会話が可能になり、隠し事はできなくなる。



『ぐやじい……早くなんとかしてください!』

「回復とバフは系統的に似てる。元々回復魔法は得意だったけど今は無理だ」



 身じろぎ一つできず頭の中の言葉が漏れてくるクロと会話するシオン。なんだか不思議な気分だ。



「というかお願いできる立場か? お前は俺に絶対服従のメイドになるって話だったよな」

『あ……あれは冗談で……』


「本当は?」

『契約は絶対です……。そこに落ちてる首輪を嵌めればお屋敷内では絶対に逆らうことができなくなります……』



 クロの足元にさっきまでなかった黒いチョーカーが落ちていることに気づく。思考がそのまま言語になる以上偽りはないだろう。



『うぅ……。本当はシオンくんを私専用の執事兼ペットにするつもりだったのに……。眼鏡オールバック燕尾服の執事に……』

「ずいぶん細かい指定だな」


『鬼畜系執事を私好みのペットに調教してみたかったんです……普段強がっているイケメンが時折見せる弱みが好きなんです……この結界早く解いてくださいぃ……』

「勝ってよかったよほんと……」



 思いのまま願望を垂れ流してしまい表情に変化がない中頬だけ紅く染めるクロ。想像以上のドSぶりにシオンが少し引いてしまっていると、クロの反撃が飛んでくる。



『そ、そういうシオンくんだってそういう願望はあるでしょう!? どんな女性がタイプなんですか!?』

「ない」


『そういうごまかしはこの結界では無意味! さぁ私を服従させてどうするつもりか思いっきり叫んでください!』

「本当にないんだよ。恋愛とか好みとか、そんなの考えてる余裕なんてなかったからな。俺にあるのは復讐だけだ」



 シオンの言葉に追従してくる感情はない。心の底からの本音。強くなり、故郷を滅ぼした魔王を討伐する。それ以外の感情は持ち得なかった。



『……じゃあ、私はもういらないんじゃないですか』



 結界内では嘘はつけない。だからこの発言はクロの本音。



『これでも強さには自信があったんです。結界術に関しても。生贄にされて、それでも必死に生き抜いてきた証がこの結界術です。でも陰魔法を学んで数時間のシオンくんに完封されて、結界術まで模倣された。それはもうしょうがないです。シオンくんには魔王の才能があって、私はただ生まれつき陰魔法が使えただけの一般人。夢を託した以上そこに嫉妬しても仕方ないと割り切ってました。だったらせめてシオンくんの覇道の添え物になろうと……慰み者になるくらいの覚悟はしていました。それすら必要ないんだったら私なんかもういらないじゃないですか。予定通り、私を殺して魔王軍幹部になってください。私にできることはもうありません』



 いつも嘲り嘯き悪魔のように振る舞ってきたクロの、心の底から出た本音。表情からその感情を読み取ることはできないが、声だけで想いは痛いほど伝わってきた。だからシオンは魔力を搾り出す。クロから吸収したものも混ざった、異常に濃い不気味な魔力が狭い結界に満ち満ちていく。



『……死にたくない』

「だよな。俺もそう思った」



 固く誓った覚悟も絶対的な力の前ではどうしようもなく揺れてしまう。それを情けないと吐き捨てる者もいるだろうが、シオンはそうは思わなかった。



「さっきの続きだ。俺にあるのは復讐だけだった。でも今は違う。魔力がなくなって、今まで守ってきた奴らに裏切られて、プライドも粉々になって。今の俺にできることは次の魔王になることだけだ。でも正直全然イメージがつかないんだよ。俺の中の魔王は世界征服を企むモンスターの親玉。どこにいるのかどんなツラをしているのかもわからない。そいつを倒してモンスターを指揮できる立場になる。そうなればモンスターの被害も減らせるし、モンスターの脅威が減れば生まれつき陰魔法が使える人間への差別も減る。理屈はわかるしやることは明確。でも今はそれより陰魔法を探求する方に熱量が行ってる。目標への道中に夢中になってるんだ」



 おそらくシオン以外の誰もこの言葉の重みを理解できない。理解できるとしたら、彼と同じく尊厳を全て奪われたクロのみ。



「たぶんそれでいいんだと思う。目的や覚悟がブレようが何だろうが。それを咎める人間がいたとしても、どうせ俺たちはその輪の中にいないんだ。知ったこっちゃない」

『……魔王軍でもシオンくんは有名人です。堅物で淡々とモンスターを討つ機械のような人間。そういう話でしたが……少し変わりましたか』

「お前が言ったんだろ。人間としての俺はもう死んでる。それは魔力の話だけじゃなくて、お前に出会って泣いて命乞いした時点で俺の人間としての役割は終わったんだよ。言うなれば今はセカンドライフ。多少なりとも考えは変わるさ」



 シオンの顔がわずかにほころぶ。笑顔を見せることすら今までのシオンにはない行動だった。



「だからクロ、自分のことをいらないだなんて言うな。目的や役割なんてなくたっていいんだよ。他人に役割を強制するためにバフ魔法を覚えた俺が言うんだから間違いない」



 『ただこれだけはお願いしたい』。口にするつもりはなかったシオンの想いが結界のせいで露わになってしまう。あれこれ理屈はつけたが、結論言いたいのはこういうことだった。



「耳塞げいやそれも無理なのかクソ……!」

『これからも俺の居場所になってくれ。お前がいなくなったら寂しくて生きていけない』



 まるでクロを励ますかのように淡々と語っていたが、結局は自分のため。全てに裏切られ、唯一残った居場所がクロだった。それを失ったら耐えられない。隠し通したかった弱音が零れ落ちてしまった。ただそれがクロにとって……。



『ずるい……やばい……メロい……』



 これ以上ないくらいクリティカルヒットだった。



「メロ……なに……?」

「聞かないでくださ好あーあーあー! かっこいあーーーーーーーー!』



 聞き覚えのない単語に困惑するシオンと、絶対の絶対に聞かれたくない本音を必死にごまかそうとするクロ。だが結界の効力は絶対。想いが溢れそうになった時、唐突に結界が砕け散った。それと同時にシオンの身体がベッドに倒れ込む。



「魔力……切れた……」



 クロの死にたくないという本音を引き出すための魔力の解放。それに加え、慣れない陰魔法による慣れないサポート系魔法の複合。想定していた以上に魔力消費が激しかったのだ。



「か……お……みない……で……」

「そっち……こそ……」



 少し体力が回復し、口が回り始めたクロ。同じく口を軽く動かす程度しか力の残っていないシオン。お互い本音を出してしまい顔もまともに見れない状況の中、倒れ込んだ二人の視線は絡み合う。



 二人は激しい疲労感と心地いい羞恥心に苛まれ、やがて眠りにつくのだった。

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