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【第1章完結】次期勇者になる予定でしたが裏切られ全てを奪われてしまったので次期魔王になります。  作者: 松竹梅竹松
第1章

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第1章 第5話 煽り

 シオン・オーラの朝は早い。きっちり四時に目覚めると、サッと着替えて訓練へと向かう。慣れない、だけど普段使っていたものより上質なベッドから起きると屋敷の外へと出る。普段なら準備運動がてら素振りから始めるところだが、省略して魔力を練り上げる。



『陰魔法は根本的に陽魔法とは発露の仕方が異なります。走る、振るといった身体能力の延長線上にあるものではなく心で使用するもの。怒気、羞恥、怨念。そういった負の感情がベース。あ、みんなのためにーとか象徴としてーとか薄っぺらい正義感はだめですよ? 元気よく挨拶しなさいーとか外で運動してきなさいーとか大人は言いますよね。つまるところ生物の本質は陰湿なものなんです。人間なら社会通念的に明るくならなきゃいけないかもですけど、シオンくんはもう人間とは呼べませんから。思いっきり負のオーラを撒き散らしちゃってください。私に怯え切って命乞いしていたあのなっっっっさけない姿がベストです』



 前日にクロから教わった……あるいは煽られたアドバイスを基に魔力を高めていく。想起するのはプライドを粉々に打ち砕かれた昨日の自分の姿。そして心底愉しそうに自分の顔を撫でるクロの顔。



「――『上火(ギガフレイム)』」



 そして上級モンスターが扱う火属性の上級魔法を唱える。すると強力なバフ魔法を使用した時のような巨大な火炎が早朝なのに真っ青な偽物の天井に吸い込まれていった。



『それとこれが一番大切なことです。火属性の魔法の場合、陽魔法はただ火を出すイメージをすればいいだけかもしれません。でも陰魔法の場合は周囲の冷えた空気を取り除くイメージが必要になります。わかりやすく言えば陽魔法は与える能力で、陰魔法は奪う能力なんです。たぶんシオンくんが一番苦戦するのはここ。こんなことを言うのは酷ですが、慣れてください。あなたの本質は間違いなくこっちです』



 クロの言う通りシオンは魔王としての才能があるのだろう。陰魔法を練習してから三時間ほどで基礎的な範囲の魔法を上級レベルまで扱うことができた。順調すぎる。ただ一点を除いて。クロが『酷』と言ったのはここだろう。



「バフ魔法が使えない……」



 モンスターでバフ魔法を使用する種族がいないことから嫌な予感はしていたが、現実は厳しい。その代わり人間では使えない奪う魔法、デバフやエナジードレインなどは使えるようになったがシオンの戦闘スタイルとは相性が悪い。



 バフ魔法で相手より強くなり、剣で斬る。それがシオンの基本型だ。授業で習う程度の魔法なら完璧に習得しているが弱点を突く程度の活用方法。豊富な知識を基にごり押しで押し切る。それができなくなった今、戦闘の組み立てを根本から変えないと話にならない。何より問題なのは、露呈した精神の脆さ。相手が自分より強い場合そもそも戦闘という形にならず降伏しかねないだろう。



「……飯にするか」



 問題は山積みだが認識を正しく行えたのは収穫。シオンは屋敷に戻り昨日教えてもらった調理室へと向かう。人の気配もモンスターの気配もない、ただ豪華な装飾だけが輝く閑静な屋敷。朝七時になったがまだクロは起きてきていないようだ。クロの分も朝食の準備をしていると、不意に気づいた。これは魔王軍幹部討伐のチャンスなのではないかと。



『魔王軍幹部は交代制です。冒険者に討伐されない限りは幹部を倒した者がそのまま幹部になれます。だからまずは私を殺してください。殺せるくらい強くなってください。差別をなくす……その夢のためなら死ぬ覚悟はできています』



 昨日クロは真剣な顔でそう語っていた。クロを討ち倒すことが魔王討伐への近道。そして魔王になればモンスターが人間を襲うのを止めることができる。新たな魔王が自分になる以上、冒険者として魔王を討伐するより世界平和に近づける。



「……やるか」



 シオンはパンを切るのを中断し、自分が泊まっている五階の一室の向かいの部屋。クロの自室へと静かに侵入する。内装は自分の部屋とほぼ同じ。一人で泊まるには広すぎる室内にはテーブルや鏡、クローゼットなどの生活に必要なものが揃っている。唯一異なる天蓋付きの大きなベッドではクロがすやすやと寝息を立てていた。その寝顔を見てしまい、シオンの決心が鈍る。



 女子の部屋に入ってしまった罪悪感に、寝込みを狙うという卑劣さ。そして何より自分に居場所をくれた人を手にかけるということ。自分ではなれない魔王になってほしいという打算込みではあったが、拾ってくれたことで間違いなくシオンは救われていた。そんな人の命と、自分を見限った人々の平和。どっちを優先したいかなんて明らかだ。



「……やめよう」



 もちろん魔王は討伐する。だがクロを殺す必要まではない。むしろ救ってくれたこの恩は絶対に返したい。思い直したシオンは静かに部屋を出ようとすると、



「……あれ?」



 自分の周囲を透明な結界が囲っていること。そして魔法が使用できなくなっていることに気づいた。



『おっはようございますシオンくん! と言っても今何時かわかりませんけどー』



 それと同時にクロの愉しそうな声が聞こえてくる。だが当のクロは変わらずすやすや眠っている。おそらくシオンが寝込みを襲いに来ることを察してトラップを仕掛けておいたのだろう。人間の使う結界術では到底成し得ない遠隔かつ音声まで仕込める異次元技量の結界術。陰魔法の可能性を甘く見ていたシオンはまんまと罠に嵌ってしまった。



『大声を出しても無駄ですよ? この結界は音声遮断効果に魔法無効化効果を備えています。その分強度はそれほどありませんが非力なシオンくんでは破るのは難しいでしょう。ということで私が起きるまでシオンくんはそのまんまです。残念でしたー』



 軽く叩いてみたが結界の壁はまるでレンガのよう。陽魔法が使えた頃なら身体能力を上げて軽く突破できたが今のシオンでは不可能だ。罠にかかったのは自分のミス。おとなしくクロが起きるまで待ってようと諦めるシオンの耳にクロの声が続く。



『悔しいですかぁ? 悔しいですねぇシオンくん。昨日は泣いて命乞いして今日は簡単な罠に嵌っちゃった。次期勇者が聞いて呆れるくらいちょろいです。このトラップの発動条件は私の枕もとで十秒留まることです。どうせ次期勇者様のことだから初めは世界平和のためーとか正義感で私を襲撃して、でもやっぱり人間は殺せないーとかでやめちゃうんでしょ? ほんっとちょろすぎです』



 クロの予想は半分は当たっている。クロを殺すのをやめた理由は人間だから、なんて理由ではない。クロが想像している以上に、シオンは居場所を与えてくれたことに感謝している。全てを奪われたシオンに役目をくれたことを恩に感じている。だがそれはそれとして、めちゃくちゃむかつく。



『いいですか? もっと狡猾に生きてください。あなたはもう人間ではなくモンスターと同じなんです。陰湿に、性悪に、ねちっこく戦う。それができない限り、あなたは私を倒せません。ということで罰ゲーム! この音声はシオンくんへの煽りを自動生成して延々と流れ続けます。私のかわいい寝顔を眺めながら煽られる屈辱を噛みしめてください。できたら起きた時に泣いてくれてたらうれしいなー。あの時のシオンくんとってもかわいかったですから。ということで無限煽りスタートでーすっ。きゃははっ』



 今まで怒りの対象はモンスターにしか向かなかった。人間は守るべき善、そう信じて戦ってきた。ウォルツのような性悪に対しても何の感情も向けず、ただただ機械的に接してきた。そんなシオンの、初めての個人的な怒り。



(絶対一泡吹かせてやる……!)



 クロの煽り声と、気持ちよさそうに眠る寝顔。それに今までにないむかつきを覚えながらシオンは対策を練る。人間ではなくモンスターとして思考するその姿は、皮肉にも以前までのシオンより遥かに人間のようだった。

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