第1章 第17話 魔王託
「さすがは魔を祓う勇者様。陰魔力にバフをかけてるのに『吸収』がまるで効きやしない。三十分かけて半分しか才能を奪えないとはな。この一ヶ月で魔力精度を磨いてこなかったら日が暮れてた」
相手から奪う以外に獲得できないわずかな陽魔力。それにバフをかけて魔力を増強し、増やした陽魔力で陰魔法の『吸収』にバフをかける。本来生命力を奪う吸収魔法の用途を才能のみに絞ることで効果を増やし、それでも奪える才能は極僅か。幾重にも重なり緻密極まる魔力操作をしても効果の薄い現状はまるでそのまま才能の差を表しているようだった。だがコツコツと努力を重ねていけば、報われるとは限らずとも必ず効果は現れる。
「クソ……クソぉ……!」
「どうした? 俺が奪ったのは勇者の才能だけだぞ。魔力が完全になくなった俺とは違う。もっとがんばれよ勇者様」
ウォルツの肉体にダメージはない。身体だってまだ動くし勇者の才能も残っている。だがそれだけだ。いくら攻撃をしようがシオンは捌き避け隙を見て才能を吸収していく。その繰り返しが三十分に渡り続いていた。勇者に縋るしかない観衆にとってはまさに絶望の一時だ。
「勇者なんだろ!? さっさと倒せよ!」
「そいつは何の才能も魔力もないはずだぞ! なんで遊ばれてんだ!」
「何でもいいから助けてくれよ! 勇者なんだからできて当然だろ!」
事実としてウォルツは彼らを助けるために戦っている。しかしそんな彼に届く言葉は声援から罵声に変わっていた。
「大変だよな、勇者も。辞めたかったらいつでも辞めさせてやるが」
「黙れ……俺は勇者だ……特別な存在なんだ……!」
勇者の魔力がなければ持っているのも難しいのか、ウォルツは剣を捨てて殴りかかってくる。自分だったら命乞いしていてもおかしくない状況なのに果敢と攻めてくる態度には感心できる。だがそれはそれとして、シオンはパンチを軽々と躱すとウォルツが手放した大剣『時渡』を拾い上げた。
「使わないなら返してもらう。これでやりたいことがあったんだ。クロ」
「えぇ……こんな大勢の前で恥ずかしいんですけど……」
「そういうのも好きだろ? もう陰魔力が限界なんだ」
少し離れていた場所に立っていたクロが、顔を紅くしながらシオンへと近づいていく。そしてシオンの横で膝をつくと、控えめに舌を伸ばした。その舌をシオンは左手で優しく摘まむと、握りやすいように口外へと引っ張っり出す。
「『最上強化』+『最上吸収』」
「ぁぁ……ぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」
「な……何のつもりだ……!?」
舌から魔力を吸収され艶やかな声を上げるクロ。突然何かのプレイが始まったことに困惑するウォルツだが、これには意味がある。
「『吸収』は体内に直接触れる方が効果が上がる。でもお前の口に手を入れたら噛まれそうだし、何より陰魔力がもう底を尽きそうだ。だから実験。武器に魔法を流し、それが発動するか確かめたい。もちろん事前に確かめてはいるけど、ナイフでは難しかった。だから使い慣れた武器とバフをかけての挑戦。実験結果は見ての通り、上々だ」
左手でクロから魔力を譲り受け、体内でバフをかけ、右手の剣にドレインの魔法を流していく。モンスターの魔力を受けた武骨な大剣は徐々にモンスターの魔力を帯び、かつて人々を救った剣は魔剣へと性質を変えていく。
「名付けて『吸収斬』。こいつで身体を貫いたらどこまで効果が出るかな」
充分魔力を蓄えたシオンはクロの舌から手を離して軽く頭を撫でると、両手で『時渡』を構える。正規の使用者が構えるだけで、ウォルツが使用していた時より遥かに剣が輝き出す。
「離れてろ、クロ」
だがその剣が振りかぶられることはなく、盾にするように剣の向きが変えられる。その瞬間。
「「『最上強化!!』」」
激しい衝撃派と共に付近にいたクロとウォルツの身体が大きく吹き飛んだ。その代わりにシオンの前に現れたのは、純白のニーソックスに包まれたアルピナの脚。手錠を破壊したアルピナがウォルツとの間に割り込んできたのだ。
「ウォルツ、こういうのが隙を突くってやつだ。俺が一番油断する瞬間、魔法の同時併用を終え攻撃を加えてきた。まぁかわいい弟子の前で油断なんてするはずがないが」
同じ魔法を使用したが、吸収の魔法が付与された剣に当たった上魔力の圧縮率はシオンの方が遥かに優れている。剣に弾かれたアルピナが靴で火花を散らしながら下がっていく。
「あの手錠、勇者の魔力を基に鍛冶屋が作ったものだろ? 魔力は制限されるが、バフがあればいつでも抜けられる。どうして逃げなかった?」
「……私が処刑されれば全て丸く収まるからです」
「他人のために自分が死ぬのか? 師を切り捨て自分の死を望み今も身勝手に助けを求めてるこんな奴らのために?」
「それが師匠の教えです。目的は魔王の討伐。そのためなら何でもします。……ねぇ師匠、一緒に死にましょう?」
ふっと小さく笑うと、アルピナは弾かれて片膝をついた体勢のまま、左手を自身の首にかける。そして唱えるのは魔法の詠唱。ただしその最中吹き荒ぶ魔力は、限りなくモンスターのものに近かった。
「『万物皆死は平等。ならば天国も地獄も望まず只この身朽ち果てる迄力を欲す。死なば諸共全て寄越せ』!」
それはシオンがバフ魔法において、唯一辿り付けなかった領域。自身の身を犠牲にしてもたらされる最強の強化。
「『地獄――」
「『弱化』」
しかしそんな最強の魔法は一つのデバフで簡単に崩壊した。こうなることはアルピナも初めからわかっていた。だってモンスターの魔力を纏っていようが、相手は自分を救ってくれた人なのだから。
「いつも言ってるだろ。高位の魔法は難易度が高いせいで少しのミスで成立しなくなる。大事な時に多用するなって」
「……師匠だってさっきから使っているじゃないですか」
「俺は多少デバフ食らおうがバフ系統なら問題なく使える。まぁお前には色々伝えたいこともあるけどそれは後だ。ウォルツ!」
最高位の魔法の激突にアルピナの捨て身の予兆。遥かに高次元な魔法のやり取りに呆然としていたウォルツは返事をすることができない。
「俺の言うことなんか聞きたくないだろうが、俺が言いたいから伝える。お前の才能を吸収している時、どうしても奪えないものがあった。いや奪っても意味がないと言った方が近いのかもしれない。消えてしまいそうなほど小さくて、それでもそれには確かな努力の跡があった。俺では使いこなせない、お前だけの努力の結晶だ。お前の才能には関係ないかもしれないけど。そっちの方が、俺には価値があるように見えた」
シオンの言葉はウォルツには届かない。妄想に溺れる中で忘れてしまったものだったから。それでももしほんの僅かでも届いていたら、きっとウォルツは変われる。シオンはただそう信じていた。
「……なんなんですか」
呆然とするウォルツに代わり言葉を発したのはアルピナ。俯き涙を流し、感情を垂れ流している。
「モンスターのくせに! なんでそこまで師匠なんですか! 私はあなたを殺さなきゃいけないのに! 私は! 師匠に育ててもらった私はっ!」
その言葉にシオンは背を向ける。舞台の端で倒れているクロを起こすために。
「アルピナ、お前は何になりたい?」
「勇者です! 世界を救う……英雄になります! 私を救ってくれた英雄のように!」
「勇者か……さすがに二年連続勇者誕生はありえないんじゃないか」
「才能なんて関係ありません! 女神にどんな運命を与えられようが私の道は変わらない! いつだって私にはあなたしか――!」
これ以上言葉が出なかった。これ以上話してしまったら、本当にシオンを倒すべき敵だと思えなくなってしまうから。
「『神託』か……大事な弟子の人生を女神なんかに決められるのは癪だな。だったら俺が決めたい」
半分とはいえ勇者の才能を手に入れた。才能にはシオンから奪われた陽の魔力が煌々と光っている。陽魔法さえ、バフさえ使えればシオンのやりたかったことが全てできる。それほどまでにシオンにとって、バフは生命線だった。
自分の未来と弟子の未来。比べるまでもない。
「アルピナ。お前は勇者になれ」
ウォルツから奪った勇者の才能。その全てを剣に注ぎ、アルピナの元へと投げる。剣に灯った金色の光は、アルピナの身体に触れた瞬間その身に溶けていった。
「別に勇者になんかならなくていい。別でやりたいことができたならそれでもいいんだ。ただ俺としては、お前に勇者になってほしい。それならもう一度会えるだろ? 魔王と勇者なんだから」
シオンはクロを起こすと、そのまま結界に包まれ消えていく。それと同時に広場を覆っていた結界も消えてなくなった。ただ舞台に残されたのは、二人になった半人前の勇者たちだけ。
魔王は人類に多大な被害をもたらし姿を消した。




