第1章 第13話 次期勇者
『ごめんなさい……』
少女は泣いていた。自分を庇って倒れた両親の前で。
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
人類を殲滅し世界を征服しようと企む魔王軍。その侵攻によって多くの村が滅ぼされている。周知の事実だがどこか遠い国のことのように感じていた。名産品も観光地もなければ付近にモンスターの巣もない。ごくごく平凡で平和な村がまさかモンスターの侵攻を受けるだなんて思っていなかった。
だから少女は戦った。村一番の神童で、魔法の腕は大人以上。国王軍にだって入れるといつも褒められてきたから。きっとモンスターだって倒せると驕っていた。
しかし少女は無力だった。確かに当てることさえできればモンスターは倒せる。だがモンスターは自分の動きがわかるかのように避け、魔力は練習のように上手く練れない。頭にぼんやりと浮かんでいた自分が無双して村を守る英雄になるというシチュエーションはあまりに荒唐無稽だと気づかされた。
『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……』
自分が真っ先に死地に赴いてしまったせいで、両親が死んでしまった。一緒に逃げていれば助かったかもしれないのに。自分の、せいで。
現在進行形でモンスターは村を破壊していく。両親と暮らす家、毎日通っている学校、誕生日におねだりして買ってもらった魔法使い用の杖も。思い出が全部全部壊されていく。自分が弱いせいで。
『ごめんなさい……!』
『お前は何も悪くない』
いつの間にか隣に少年が立っていた。自分と同い年くらいの小さな少年。片手には変形してひしゃげているゴブリンの頭部が握られている。
『ひっ……!?』
『弱いことが罪なのか? 戦わないことが罪なのか? 違う。何もできなかったのは結果であって、お前の行動は何一つ間違っていない』
少年はゴブリンの頭部を放り捨てると、淡々と語りながら迫ってくるモンスターを薙ぎ払っていく。何をしているのか、それがどれだけすごいことなのか。少女の身の丈では測ることができなかった。ただわかることは、彼が少女がなりたかった理想の英雄だということだけ。
『で、でも私が……あなたくらい強ければ……! こんなことにはなっていませんでした……!』
『まだ終わってないだろ。モンスターは残ってる。生きてる人だってたくさんいる。まだ何も終わっていないんだ』
『だけど……今の私じゃ何も……!』
『だから言っただろ。弱いことは罪じゃない。強いことにだって意味はないんだ。俺がいれば、強さも弱さも関係ない』
モンスターが次々と倒されていることに気づいた集団のボスのオークが少年たちに歩み寄ってくる。相手は自分たちよりも倍以上大きい化物。それでも少年は逃げることはしなかった。
『大切なのは心の強さだ。どんな敵にも立ち向かえる覚悟。俺にはそれがなかった。だから俺にはない強さを持ったお前を助けたい。言ってしまえばみんなに英雄になってほしいんだ』
オークが大きな拳を大槌のように振り下ろしてくる。標的はこの反乱を主導している少年。命の危機が迫りくる中、しかし少年は動かない。ただ一言、呪文を唱えるのみ。
『『強化』』
オークの拳は少年に当たる前に砕け散った。少年を助けたいと願った少女の拳によって。
『ありがとう。お前は勇者になれる』
今から五年前。アルピナ・ムーンとシオン・オーラの出会いだ。
☆☆☆☆☆
「……まさか今さら顔を出せるなんて思っていませんでした」
王都から少し離れた森の中。いくつもの木々が倒れて生まれた広場にアルピナは立っていた。ここはシオンとアルピナだけの修練場。近くに川が流れ、鳥の声だけが聞こえる静かな空間に余所者が現れた。
「結局話ができなかったからな。俺のパーティーに入ってくれるだろ?」
昨日異国の執事にぶっ飛ばされて気絶した勇者ウォルツが荒々しい笑顔をアルピナに向けてくる。
「メリットは伝えたよな。魔王と契約して俺から勇者の力を奪おうとしたって話。あれをなかったことにしてやる」
アルピナは勧誘を受け入れようとしていた。現在シオンはありもしないデマをでっちあげられて非難されている。その名誉を回復させられるなら自分のことなんてどうでもいい。昨日まではそう思っていた。あのシオンによく似た執事に出会うまでは。
「それにマジな話、俺はシオンを殺してない。ちょっとした事故で行方がわからなくなっただけで、あいつが生きてる可能性は充分ある。でもあのダンジョンは勇者しか出入りできない。つまり俺と一緒じゃなきゃあのダンジョンに入ることも出ることもできないってわけだ。俺のパーティーに入れば捜索ができるようになるんじゃないか?」
ウォルツはアルピナの肩に手を回すと、その白い耳に囁いた。
「俺の女になれ。そうすりゃ俺が幸せにしてやるよ」
少女は英雄になりたかった。大切な人をこの手で守り抜きたかった。でもそれはできなかった。五年前も、一ヶ月前も。英雄の資格たる勇者は自分ではなかった。
「……師匠の声を聞いたんです」
英雄になりたい。その夢を想う時、脳裏に浮かぶのはこの下衆ではなく、いつだってあの人だった。
「実際にいたのか、単に私の妄想だったのか……わからないけれど、私の味方になると言ってくれたんです」
自分に都合のいい幻聴だったのかもしれない。それでももし生きていたら、きっとシオンは自分を助けてくれただろう。あの時みたいに。
「『最高強化』」
馴れ馴れしく触れてきたウォルツの身体が吹き飛ぶ。アルピナの身体から巻き起こる魔力が木々を裂き、空を割る。ただ魔力を与えられただけのウォルツではできない芸当だった。
「私が夢見た英雄はあなたじゃない。私の英雄はいつだってあの方一人です。だから私にとっての偽者はあなたです」
もう英雄はいないのかもしれない。だったら次の英雄になるのは、あの人の弟子である自分でありたい。
「私が次の勇者になります」
少女は知らなかった。その夢は、自分の師匠と相対することになるということを。
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