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【第1章完結】次期勇者になる予定でしたが裏切られ全てを奪われてしまったので次期魔王になります。  作者: 松竹梅竹松
第1章

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第1章 第12話 夢

 煽りと喧嘩しか能のなかったウォルツ・スペード。魔法に向き合ったことなど一度もないチャラチャラと遊び歩いていたドーラ・オリーブ。常に無気力で授業中もずっと眠っていたカイ・ウール。魔王討伐のための学校でそれを一切学ばなかった、成績最下位の三人。それが今や、こうだ。



「すげー! 勇者様だ!」

「本物はやっぱかっこいい!」

「サイン書いてくれないかな……!」



 大通りを歩いていた人々、働いている店員、引ったくり犯を捕まえにきたギルドの職員まで。勇者の到来に湧き立ち、シオンの周囲には人だかりができていた。



「諸君、朗報だ! 俺たちは勇者しか入れないダンジョン『勇者の宿』を既に10階まで踏破した! 完全踏破し勇者が遺した聖剣を手に入れるのも遠くないだろう! 魔王討伐の日はすぐそこに来ている!」



 ウォルツが仰々しい大衆に向けたアピールをすると、ドーラとカイが布袋からモンスターの希少素材を取り出し掲げてみせる。確かにモンスターから稀にドロップする希少な素材、それを袋パンパンに詰められるほど討伐してきたのなら腕はかなりのものだ。しかしその成果が実力とは乖離していることにシオンとクロだけが気づいていた。



「シオンくん……あれって……」

「ああ。低階層のモンスターはほとんど実験台にしたからな。だいぶ弱ってたはずだ」



 大衆の歓声に紛れてコソコソと会話するシオンとクロ。この一ヶ月の間、シオンはほとんどの時間を陰魔法の研究に充てていた。その対戦相手となったのが低層のモンスターたち。つまりウォルツたちの成功にはシオンの努力が土台にある。



「そもそもダンジョンは99層あるし、奥に進めば進むほどモンスターのレベルも上がってくる。魔力量だけはあるから技術もあればクリアはできるんだろうが、一ヶ月前からほとんど魔力量が増えてない。まともに修行もしてないはずだ。あの調子じゃ五十年経っても踏破は無理だろうな」



 ウォルツはシオンを裏切った際、相応のところでレベルを上げていくと語っていた。コツコツと地道に修行を重ねると。シオンは無理だと諭したが、やはりその通りだった。言うは易く行うは難し。努力しなくても才能だけでチヤホヤされるようになったんだ。今まで積み重ねてこなかった者が急にできるようになるわけがない。



「さてアルピナ。俺たちのパーティーに入る気になったか?」



 大衆へのアピールを終えたウォルツは、おそらく本命であるアルピナへの勧誘を再開する。



「前からずっと誘ってきたが、今一度教えてやる。カイの身体能力にドーラの魔法、俺の魔を祓う勇者の力。そこにお前のバフや回復といったサポート能力が加わればまさに無敵のパーティーになれる。何より魔王討伐の悲願を叶えるパーティーの一員になれるんだぜ? お前にとっても悪い話じゃないだろ?」

(……確かに悪い話ではないな)



 ウォルツの勧誘は魅力的だとシオンは感じていた。大前提としてアルピナにはシオンやクロを含めてここにいる五人をまとめて相手しても勝てるだけの実力がある。ウォルツがどんな嫌がらせをしてこようがまるで無意味だ。そんな優位的な状況で、名声まで手に入るんだ。面倒なしがらみは勇者に押しつけ、好きなように生きればいい。間違いなくアルピナは幸せになれる。



「……ええ、わかりました」



 それを理解しているかは不明だが、アルピナは小さく頷いた。氷のような冷たい表情で。



「決まりだな! よし、これで俺たちは……」

「待った。俺が認めない」



 しかしアルピナがよくても、シオンは受け入れることができなかった。メリットしかないと思いつつも、今それを認めることは師匠としてできない選択だった。



「……あ? 誰だお前」



 眼中になかったであろう存在が突然割り込んできて、ウォルツは明らかに機嫌の悪そうな顔を見せる。変装しているシオンだということには気づいていないようだ。



「お前アルピナのなんだ? 関係ねぇ奴が話しに入ってきてんじゃねぇよ」

「この子とは初対面だ。何の関係もない。それでも嫌な顔をしている子をこのまま送り出すことなんてできない」


「嫌な顔……? いつもこんなもんだろ。何考えてるかよくわかんねーつまらなそうな顔」

「その機微すらわからないような奴にこの子は任せられないって言ってるんだ」



 アルピナの表情に変化が乏しいのは事実だ。一見すると何を考えているかわかりづらいかもしれない。それでもアルピナの笑顔を知っているシオンは、それを引き出せない相手に彼女を任せることはできなかった。



「あー……お前むかつくなぁ。俺が一番嫌いな奴にそっくりだ」



 鬱陶しそうに髪をポリポリとかいたウォルツは、その手のまま背中に背負った大剣、『時渡(ヴィジョン)』を引き抜きシオンの首筋に添えた。



「勇者様は気に入らない相手はそうやって斬り殺すのか。それで人がついてくると思ってるのか?」

「別についてこいだなんて言うつもりはねぇよ。なんで助けてやる側が助けられる側におべっか使わなきゃなんねぇんだ。そうだろ?」


「否定はしない。俺も最近そう思い始めてる。でも少なくともお前はそう思わなくても済む才能があるだろ」

「なに言ってるかわからねぇな……命乞いならもっとわかりやすく言ってくれよ。じゃねぇとぉ!」



 ウォルツが大剣を横にしたまま振りかぶり、シオンの首めがけて斬りかかる。これ以上ないほどの命の危機。しかしシオンはクロの時のように命乞いはしなかった。



「『上強化(ギガライズ)』!」



 わずかに刃が首の皮を切り裂いたが、それ以上は進まず止まる。アルピナがバフ魔法でシオンの身体を強化してくれたのだ。勇者に楯突く結果となったアルピナは、シオンを後ろに下がらせウォルツを睨みつける。



「あなた……今本気で斬りかかりましたね!?」

「ああ、文句あるか? あるならどうぞ好きなだけ罵ってもらって構わないが、俺が消えて困るのは人類だろ?」

「こ……のぉ……!」



 人が人を殺そうとした。しかも勇者が一般人をだ。だがアルピナ以外の人間はそれに対し非難の声を上げるどころか、逆にシオンを非難し始めた。国に帰れ、主人は責任を取れ、このまま殺されろ。初対面の人間が初対面の人間に吐く言葉とは思えない。



 彼らがまるで自分たちが正義だと言わんばかりに大合唱できる理由は明白。自分たちとは関係ないからだ。襲われているのが他国の人間だから関係ない。勇者がどんな悪政を敷こうが従っている自分たちには関係ない。モンスターへの危機は常に感じているが、魔王を討伐できる可能性のある勇者に全て任せておけばその危機すらも関係なくいられる。無関係こそが一番楽でいられる方法なのだ。



「……シオンくん。私が合図したら身体に触れてください。結界であれの首をちょん切った後転送でここから離れます。だから私は、魔王を擁立したいんです」



 クロが胸元のリボンに手をかけながら強い怒りの表情で囁く。差別をなくしたい彼女にとって、まるでいじめの現場のようなこの空間はとても許し難いものだった。だが当のシオンは。



(……魔力が消えたのは10.23秒後……上級魔法でここまで圧縮しながら薄皮一枚切れた……妙だな……)



 バフ魔法が切れるまでの時間とウォルツの実力を冷静に比較して分析していた。シオンもアルピナもバフ魔法の効力を算出するために相手の力量を計ることに長けている。そして今回アルピナが出した効果時間はシオンが計算しても攻撃を完全に無効化できるものだった。しかしその実わずかだがダメージを負った。



「シオンくん……? わかってます? 今シオンくんは誰からも見捨てられて殺されかけてるんですよ? なにボーっとしてるんですか?」

「あー……そうだな。どうでもいいから気にしてなかった」


「どうでもいいって……!」

「そういう意味じゃない。ようやくわかってきたんだ。魔王になって何がしたいか」



 シオンは今にも暴走しそうなクロに微笑むと、言い合いを続けるアルピナとウォルツのところへと向かう。



「勇者様の言いたいことはよくわかった。でも一つ問題点があるよな」

「あ? 問題点?」

「勇者だから何をしても許される。でもそれは勇者だからじゃない。勇者が魔王を討ち滅ぼせるくらい強くないと前提条件が破綻する。そうだろ?」



 穏やかな顔でゆっくりと向かってくるシオンに対し、ウォルツは軽く目を向けるだけで剣を構えようとすらしない。目の前にいるアルピナは厄介だが、見ず知らずの執事からは敵意も感じなければ魔力も感じなかったからだ。だがそれはバフ魔法使い相手には致命的だった。



「弱、2.54」

「『強化(ライズ)』。……!?」



 端的に表された暗号。どの等級のバフを何秒かけるかの指示。シオンと交わした二人だけの決め事が耳に届いた時、アルピナの口は反射のように魔法を唱えていた。瞬間シオンの姿がウォルツの視界から消える。



「『強化撃(ライジングインパクト)』」



 ウォルツが辛うじて感じられたのはその声のみ。その音が耳に届くや否や、意識は完全に刈り取られていた。民衆やドーラ、カイが理解できたのは、自分たちが信仰している勇者の身体が建物の壁にめり込んでいることだけ。誰がいつどのようにして勇者を弾き飛ばしたのかまるで目が追い付いていなかった。だからこの事態を正しく認識していたのはクロとアルピナの二人だけだ。



 バフがかかった瞬間シオンは膝の力を抜いて姿勢を低くすると、ウォルツの視界の外から突き上げるように拳を振り抜いた。敵意すら感じさせない雰囲気から瞬時に殺意を捻り出し、与えられた魔力を一気に放出したのだ。バフがかかる前後の緩急。それこそがバフ魔法使いを相手にした時最も意識しなければならないことだ。



「やっぱり思っていたより威力が低いな……いや今のは若干陰魔力が漏れ出たからか……それを差し引いたとしても……まぁ大方見当は付いたかな」



 民衆に気づかれないまま勇者を一蹴したシオンがブツブツと独り言をつぶやく。それはアルピナも同様だった。



「今の暗号……師匠の……でも少し感じた魔力はモンスターで……でも……師匠があんなことするはず……何が……どうなって……!?」



 理解を超える状況に戸惑いが隠せないアルピナ。だが戸惑っている場合ではない。人々が壁にめり込んで白目を剥いているウォルツに駆け寄る中、空ではありえない現象が発生していた。



「結界……モンスターの……!?」



 空にいくつもの赤い結界が出現している。それも全てからモンスターの魔力を感じる。すなわちモンスターが王都に忍び込んでいる。先ほどシオンから僅かに感じたモンスターの魔力もこれを捕捉し損ねたからかもしれない。だったら近くにモンスターがいるはずだが、辺りを見渡しても人間以外の生物は発見できない。



「みなさん落ち着いてください! 私の言うことに従って冷静に避難をお願いします!」



 とにかく優先するべきは民衆の避難。アルピナが大声を張り上げるが、勇者に任せておけば何とかなると思考停止していた人々は勇者の敗北に動揺しパニック状態になっている。二次被害で怪我人が出てもおかしくない状況だ。



「師匠……こんな時……師匠だったら……」

「お前は何も悪くない」



 これは幻聴か妄想か。今にも縋り付きたい大好きな人の声が、アルピナの耳に届いていた。



「気づいたんだよ。俺は勇者じゃない。あんな風に大勢を扇動したり、自分を貫いたり。ウォルツみたいなことができる奴が人々が望む勇者なのだとしたら、俺は絶対に勇者にはなれない。だってあいつらが何を言ってても、今の俺の耳には何も入ってこなかったから。だったらせめて、助けたい人だけは何があろうと助けたい。それが勇者の才能がなかった俺にできることだ」



 聞き違えるわけがない。声は絶対にシオンのものだ。でも内容はアルピナがよく知るシオンからは出ないものだった。



「なら……この人たちは見捨てるんですか……?」

「……差別をなくしたい、想いを受け継ぎたい。俺が助けたいのはそういう人たちだ。才能のない人間はできることが限られる。何もかも叶えようだなんて無茶な話だと思う。でも俺が二人を助けたいように、その人たちが助けたい人を助けていけば。きっと世界は良くなっていくと思う。俺はそういう世界を創っていきたい」



 世界を創る。発言の真意がわからずその声の主を探すアルピナの視界の端で、小さな結界が見えた。



「だから助けてほしい時は呼んでくれ。俺がどうなろうと、俺はお前の味方だから」

「師匠!」



 気づけば結界は全て消失し、お嬢様も執事も姿を消していた。一体何が起こったのか。これは夢や幻覚だったのか。アルピナには何もわからない。



「師匠……師匠……」



 ただ想いだけが溢れ、涙へと変わるばかりだった。

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