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【第1章完結】次期勇者になる予定でしたが裏切られ全てを奪われてしまったので次期魔王になります。  作者: 松竹梅竹松
第1章

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第1章 第10話 あなたのいない世界

 イーダの倉庫から出たシオンの瞳に映ったのは、懐かしくもよく見た光景だった。学校前の大通り。多くの商店が並ぶ中ひっそりと佇む三階建てのホテルの隣の小さな倉庫からシオンは出てきていた。



「灯台下暗しだな……こんな近くで堂々と犯罪者がいるとは思わなかった」

「まぁまぁいいじゃないですか、ギルドに突き出すなんてこともできないでしょう? それにああ見えて根っからの悪人というわけでもないんです。私を攫おうとした時も生きるか死ぬかの状態でしたし、どうしようもないクズならとっくに処分してますから」


「クロが言ってもあんまり安心できないけどな……極悪人からすればどんな悪人でもかわいいもんだろ」

「極悪人を否定するつもりはないですけど失礼ですよ? それに今は私が主人、あなたは執事です。お嬢様と呼んでください」


「お嬢様って柄じゃ……」

「呼びなさい」


「……設定だからな。行きましょう、お嬢様」

「ふふ、いい気分です。では参りましょうか」



 軽く頭を下げかしずくシオンの態度に満足したクロは、さっそく買い出しに向かう。目的はパンや石鹸といったダンジョン内で作ることが難しいもの。金に余裕があるクロはほしいものをバンバンと購入し、商品をシオンに持たせていく。傍から見れば異国のわがままなお嬢様とそれに振り回される執事だが、その実態は主従が逆で、しかも魔王軍幹部。事実だけ見れば王都の危機に瀕していた。



「シオン、アイスが食べたいわ!」

「はいはい」



 一時間も経てばすっかり設定も板につき、クロは満面の笑みで街中を歩きまわっていた。



「ずいぶんと楽しそうですね、お嬢様」



 荷物を倉庫に預け手ぶらになったシオンが幸せそうな顔でソフトクリームを舐めるクロに声をかける。



「だって普段はずっとダンジョンの中よ? 幹部になる前は常に命の危機と隣り合わせだったし、生贄にされる前は食事すらまともにとれなかった。自由に好きなものを食べられるなんて幸せに決まってるじゃない」



 クロは普通に性格が悪い。ドSだし犯罪者を匿っているし、魔王軍幹部として生きている。間違いなく善人とは呼ぶことができない。



「それにシオンくんとの初めてのデートです。楽しまなきゃ損でしょう?」



 だが人間に迫害され生贄にされた過去を持ち、人間に復讐する理由も力もあるのにも関わらず。差別のない世界を創りたいという夢を語る彼女をシオンは嫌いになることができなかった。むしろクロが楽しそうに笑えるのなら、多少のわがままは叶えてあげたいという気持ちすら湧いてくる。



「だからシオンくんも楽しみましょう? ほしいものあったら何でも言って。好きなだけ買ってあげるから」



 クロはそう言ってくれたが、シオンは即答することができなかった。元々冒険者として様々な依頼をこなし充分すぎるほどに稼いでいたが、その大金はモンスターに苦しめられた人々への寄付に消えていた。ほしいものはモンスターの命のみ。物に対する執着は存在しない。



「そうですね……新しいナイフでしょうか。今使っているものはサバイバル用のものですし」

「せっかくならもっと楽しそうなものにすればいいのに……まぁいいわ。店主さん、この店で一番いいナイフをください」



 シオンの搾り出した答えを聞き、クロはさっそく近くにあった武器屋の店主に声をかける。



「毎度あり。でもお嬢ちゃんも執事さんも冒険者じゃないだろ? だったらこっちの方がおすすめだぜ」



 店主が勧めてきたナイフは、店先に大量に並べられた質の低そうなもの。その割にはいい値段がついている。クロがその理由を訊ねようとする前に、シオンが答えに行き着く。



「『時渡(ヴィジョン)』のレプリカ……」



 モンスターに滅ぼされた故郷で採掘された鉱石を使用したシオンの愛刀、『時渡(ヴィジョン)』。ナイフはそれを小型化したような見た目をしている。当然大剣とナイフでは用途が異なりすぎているせいで機能性は低い。それでも大量に並べられている理由。



「さすが執事さん詳しいね。こいつは勇者ウォルツ様が振るっている剣を再現したものだ。王都に来た観光客人気ナンバー1の一押し商品ですぜ!」



 シオンと共に多くの人々を救い、彼の血と汗が染み込んだ相棒。それは今、シオンを裏切ったウォルツの手に渡っている。そしてすっかりウォルツの愛刀として知れ渡ってしまっているようだ。



「……でもこれは元々シオン・オーラの剣でしょう?」

「ああ、あの偽者の勇者な。ウォルツ様はその剣を偽者から奪い返してくださったんだ。元々太古の勇者が使用していた聖剣で、その墓に祀られていたらしい。それを盗んだのがそのシオンっていう奴だよ」



 あまりの捏造っぷりにシオンは開いた口が塞がらなかった。『時渡(ヴィジョン)』の出自は限られた人間しか知らない。わざわざ言う必要もなかったからだ。それをいいことに全く事実と異なるエピソードが盛られている。



「なるほどそのシオンって偽者の勇者はとんだ悪人ですね。それでその人は今どこに?」



 そう訊ねるクロの顔に怒りが滲んでいることにも気づかず、店主は得意げに語る。



「地獄だよ。女神様が勇者のフリをして人々を騙していたシオンを裁いたんだ。でもさすが女神様だよな、過ちを犯した偽者を一度は見逃そうとした。力を奪うだけに留めさせ、今後は人々のために働くよう説いたんだ。でも偽者の勇者は愚かにも魔王と契約したんだよ。勇者の力を奪うために。その救いようのない悪人は、卑怯にも助けの来ないダンジョンの中で勇者様に襲い掛かった。だが偽者が本物に敵う道理はない。真の勇者ウォルツ様が斬ってくださった。魔を祓う勇者様の力に焼かれた悪の魂は、未来永劫浄化の光に燃やし尽くされるそうだ」



 嘘、作り話、妄想、空想。店主の語る勇者譚は、あまりにも事実と乖離していた。正しくはただ単にシオンに魔王討伐の才能がなかっただけ、魔力がなくなったのはその付随だ。魔王軍幹部と契約はしたがそれはクロをメイドにするというもので、宿敵の魔王から力を授かるなんて絶対にありえない。ダンジョンに入ったのもウォルツたちを教え導くため。むしろ裏切られ暗殺されかけたのはシオンの方だ。しかしその事実を正しく認識している者はウォルツ一派のみ。真実は簡単に創作できる。



「それを語ったのは誰ですか?」

「さぁ……俺も飲みの席で誰かから聞いただけだしな。でも大元は勇者様のはずだぜ」


「勇者が嘘を言っているとしたら?」

「嘘つく理由がないだろう。なんせ魔王を滅ぼす才能を持って生まれたのが勇者様だ。人類の味方だぜ?」


「でも聞いた話ではウォルツって人は結構粗暴だったそうじゃないですか。学校の成績も悪かったようですし、いわゆる不良だったんでしょう?」

「昔の話だよ。立場が人を変えるってことだ。実際俺も会ったことあるけど明るくていい人だったぜ? 暗くてぶっきらぼうだったシオンとは大違いだ」



 得意げに語る店主を尻目に、クロがシオンに向けて静かに首を横に振る。話しても無駄だと言いたいのだろう。



「お話はよくわかりました。さすが勇者様ですね。でもナイフは一番高級なものをください。その安物は私の主にふさわしくないので」

「主? まぁいいか毎度ありー」



 豪華な装飾のついた木箱に質のいいナイフを入れ、二人は店先から離れる。



「……さ、シオンくん次はどこに行きましょうか」



 クロは明るく話しかけてくれたが、すっかり演技を忘れてしまっている。それはシオンも同様だった。



「……俺はどこに行けばいいんだろうな」



 実際この状況はシオンが望んだものでもあった。平和の象徴としての勇者が生まれ、人々に希望を与えている。たとえその結果シオンが悪役になっても、それで人々が心穏やかな生活を送れているのならそれでよかった。人々に力を与える。それが今までのシオンの目的だったから。



 だがクロと出遭い、シオンは変わった。他人のためだけじゃない。自分のためにも生きていこうと思えるようになった。だからこそこの自分一人だけが悪役になったこの世界が。どうにも受け入れることができなかった。



「魔王は討伐する。新しい魔王にもなる。クロの夢のためにもな。でもその後……俺を受け入れなかった世界を、俺はどうしたいんだろうな」



 シオンは人々のために身を粉にして働いてきた。感謝されるためにやったわけではない。それでも地獄に堕ちたと喜ばれる謂れはない。魔王になればモンスターへ命令を下すことができるようになる。それこそ今の魔王より効率的に人類を滅ぼすことだってできる。それができる立場になった時。自分を受け入れなかった世界を許容することができるだろうか。



「舐めやがって」



 陰魔法の基となる暗い感情がシオンの奥底から涌き上がる。それは魔力を封じる衣服を揺るがすほどに。無風にも関わらず燕尾服が浮き上がる中、シオンたちの隣を一人の人間が走り去っていく。



「あ……引ったくり!」



 クロが抱えていたナイフが入った木箱がその男に奪われていた。珍しくもない窃盗犯。しかしその標的になるのは今までにない経験だった。



「待ちなさいそれは主人へのプレゼントです!」

「クロいいって……!」



 クロが追おうとするが、魔力を身体能力に変えられる人間相手に追いつけるはずもない。むしろ揉め事を起こしたくないので止めようとしたが。



「『強化(ライズ)』」



 次の瞬間、クロは引ったくり犯に追いつき捕えることに成功していた。



「なんで……私……陽魔力が……!?」



 一番驚いたのはクロ自身だ。自分の身体に涌き上がっている魔力は、クロが求めていても手に入らなかったもの。人間が使う陽の魔力だったから。しかしそれもすぐに消えていく。



「この辺りは物騒です。私がバフ魔法をかけたからよかったものの、今後は気をつけてください」



 戸惑うクロのもとに一人の少女が近寄ってくる。普段のクロの服装と酷似した、修道服のような衣服を纏った少女。



「アルピナ……!?」

「……師匠!?」



 今最も会いたくて会いたくない人物と、シオンは目が合ってしまった。

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