8.剣術訓練
昼食後の訓練場。まだ訓練予定時刻より十五分ほど早いが、既にベルザム以外は全員集まっている。
待っている間暇なので、ユウは訓練場の隅でひとり、マナ順転法を試みていた。
これはベルザムに教わったマナ運用における訓練法のひとつで、マナサーキュレートとも呼ばれる。丹田と呼ばれる下腹部辺りにマナを集約させ、それを全身にゆっくりと巡らせていく。かなりの集中力と体力を必要とするが、その分マナの運用精度とマナ総量の向上が期待できる。
ユウは毎日これを練習しているが、未だに集めたマナを一回転させるのがやっとだ。そのあとは少し休憩を挟まないととても集中が続かない。
ユウが目を閉じてマナの流れに意識を集中させている時だった。
「ユ、ユウ君……」
突然傍らから聞きなれない声が聞こえてビクッと目を開けた。
隣を見る。
成村だった。
やばい、と思う。ユウは昨日のことをまだ謝ってない。
昨日は自分から成村に魔術を教えてくれとせがんでおいて、その途中で何も言わず逃げるようにその場を去ったのだ。きっと怒っているだろう。
そう思った矢先、
「あ、あの、昨日はごめんなさい……!」
成村は唐突に頭を下げた。
急なことでユウは驚きと共に困惑する。なぜ彼女が謝るのか。謝るべきはこちらだろうに。
「ま、まってよ。なんで君が謝るの……?」
「え、えっとその……私が何か気に障ることしちゃったから、どこかへ行っちゃったのかなって……そのせいでユ、ユウ君も動揺して……それであんな事故に……」
「…………」
ーーこいつ……馬鹿か……?
誰がどう考えても成村のせいではない。悪いのはユウだし、あの事故もユウの不注意によるものだ。
何なんだこいつは、とユウは困惑しつつもすぐに笑顔に切り替えた。
「いや、俺こそごめんね。急にお腹が痛くなっちゃって……はは」
「そ、そっか、そうだったんだ……私てっきり怒らせちゃったのかと……よかったぁ」
成村は心底安堵した様に胸を撫で下ろす。
『よかった』それはつまりユウと険悪な関係になりたくなかったってことだ。
――何だよそれ。俺なんて信用してんのかよ。騙されてるとも知らないで。俺はお前のことなんて、一度も信用したことないのに。
ユウは歯軋りして苛立ちを押さえ込んだ。
そんな時、
「ち、千代に男子の友達が出来てる……!しかも、名前呼び……!」
突然真横から星野が大声を上げた。
成村が顔を真っ赤にして手をブンブンと振る。
「え、いや、こ、これはちがっ」
「やっぱり……俺と友達なんて嫌だよね……」
ユウはここぞとばかりに切ない顔で言った。
「っいぃや、じゃ、ない、です……」
成村は赤面を悪化させながら、必死に振り絞ったような声で言う。
「ほ、ほんと……?嬉しい……」
「あぅ……」
ユウは偽笑いしながら、羞恥で萎む成村を見下ろした。
――ほら、簡単だ。こう言えば断れないし、俺がちょっと表情を作るだけで俺の生きやすい世界になる。これでいいんだ。これが俺のやり方だ。おめでとう成村、俺がお前の男友達第一号だ。せいぜい俺を守ってくれよ?
吹っ切れたようにユウは心の中で笑った。
そんな最中、ベルザムがようやく訓練場へとやって来た。
「よし、全員揃っているな」
そう言ったベルザムの後ろには、見慣れぬ騎士が数名引っ付いてきていた。
「昨日言った通り、今日より武器を使った訓練を取り入れていく」
そう言えば昨日そんなことを言っていた。まだ武器を使った訓練はしたことがなかったし、せっかく剣を貰ったわけだから、ユウも早く剣術を習いたいとは思っていたところだ。
実際ユウは剣術訓練が待ちきれなくて、夜中に部屋の中で何度か剣を素振りしたりもした。その際に振り抜いた剣が床に刺さって大慌て。それからはやっていない。床の傷がバレたら怒られると思って、今でもカーペットで隠したままだ。
「まずは紹介しよう。彼らは我が剣舞隊所属の聖騎士、バロッグとザックレイだ。彼らは騎士団の中でも特に凄腕の二人だ」
紹介された二人の騎士が軽く頭を下げた。
ベルザムが右隣の騎士を指して言う。
「彼、バロッグは古くより伝わる功拳術の使い手だ。ガントレットの扱いにも慣れている。彼はキリヤマに着いてもらう」
桐山は目を閉じてスカしているが、文句は垂れない。
続いてベルザムは左隣の騎士を指した。
「彼がザックレイ、短剣使いだ。ホシノ、ナリムラの二人に着いてもらう」
「え?私達の武器は杖だよ?」
星野が不思議そうに尋ねた。
「ああ、お前たちのメインウェポンは杖だが、実践では接近戦になることもある。マナが尽きることもな。魔術だけで凌げるならそれに越したことはないが、今の内に近接戦闘の基礎を学んでおいて損は無い」
「え〜」
星野が嫌そうな顔をして、その隣で成村が不安げな顔をする。
それをアリスが「私もご一緒しますので頑張りましょう!」と宥めた。
「最後、イチガミとアマミヤの二人には俺が着く。俺の持つ剣技をお前達に叩き込んでやろう」
げっ、と思う。
ユウはベルザムが未だに苦手だった。彼は時折おっかないのだ。訓練中に殺されないか心配だ。
「さあ、時間が惜しい。早速訓練を開始しよう」
「よろしくお願いします!」
一神が爽やかに挨拶して、それぞれ訓練がスタートした。
「まずは剣を抜いて構えてみろ」
言われるままに一神とユウは腰の剣を引き抜いた。
「うむ、やはり完全に素人だな」
いきなりなんだよそんなの当たり前じゃんか、と思った矢先ベルザムに睨まれた。
「アマミヤ、握りが逆だ」
「あっ、こう?」
ユウは剣の柄を握り変える。
「そう、両手で握る場合は利き腕を上にもってこい。そうすれば片手に持ち替えた際に安定する。それと足が逆だ。右利きの場合は基本左足を前に出せ」
「えっ、こ、こうか……」
剣道なんかだと右足が前に出てるイメージだったが、ベルザムの教えはまた違うようだ。
「よし、基本の構えはそれだ。場合によっては持ち手や軸足を入れ替えることもあるが、まずは基本の型をしっかりと身体に覚え込ませろ」
「はい!」
一神が真面目に返事する。
「お前達はまず、自分の武器の特性について理解する必要がある」
「武器の特性……?」
「そう。例えばお前たちの握るそれは片手剣。両手剣に比べてリーチや破壊力こそ劣るが、振りが早く取り回しがいい。特に片手が空くというのが最大の特徴でもある。空いた空手に盾を握ってもいい、魔術を練ってもいい。そんな幅広い戦術を生めるのが片手剣だ」
なるほど、とユウと一神が頷く。
「では実際に剣の振りから教えよう。剣を振ると一口に言っても、ただ闇雲に振ればいいと言う訳では無い。剣の振り方にも意味がある。まずは見せよう」
ベルザムは腰の剣を引き抜き構えると、その剣を目にも止まらぬ速さで前方に真っ直ぐ突き出した。
空気を貫く鋭い音が鳴る。
早すぎてよく見えなかったが、凄い突きの一撃だった。
「これが点剣。いわゆる刺突だ。この剣の振りは出が早く、前足を入れ替えれば相手と距離を取った状態で攻撃が出来る。だがその分威力が乗らず、剣を弾かれれば隙が生まれやすい。だから基本的には初撃、或いは連撃の中に織り交ぜて使うことが多い」
ベルザムが剣を上段に構え直した。
「次はこれだ」
そう言うとベルザムは剣を真っ直ぐ、垂直に振り下ろした。
重く鋭い一撃は空気を切り裂き、強烈な風圧を呼び起こしてユウの前髪を跳ね上げた。
身の竦むような一撃にユウも一神も息を呑む。
「今のが線剣。太刀筋を真っ直ぐに、線の動きとして振り抜く技術だ。この線剣による一撃は重い。敵に圧を与えたい際や、敵の武器や鎧を破壊する際に適しているだろう。そしてこれが……」
また構え直した剣を、今度は素早く斜めに振り抜いた。
また突風が巻き起こる。
「円剣。円の動きで斬り裂く技術だ。円は線よりも速く、より深く敵を斬る。円の動きを極めれば斬れぬものなどないと言われる程に重要な剣技だ」
凄いを通り越してユウは最早理解が追いつかない。
こんなの本当に真似出来るのだろうかと思ってしまう。
「まずはこの剣の振りを身体に叩き込む。それが終わったら距離の取り方、足の動きを教えてやる。さあ、まずは素振りから始めるぞ」
地獄の剣術訓練はまだ始まったばかりだった。
*
ようやくその日の訓練が終わった。
今日はこれまで以上に激しい訓練だったが、全身の疲労は全くない。あれだけ動いたのに不思議なものだと思う。きっとこれも超回復のおかげなのだろう。
ただいくら女神の加護〈超回復〉と言えど、精神的疲労までは回復してくれない。
ベルザムに睨まれつつ、優秀過ぎる一神と比べられながら臨む訓練は地獄そのものだ。今になってどっと疲れが出てる気がする。
ユウは主塔一階にある浴室に向かっていた。
本来この浴室は王族のみしか使用出来ないらしいが、勇者であるユウ達だけは一定の時間帯のみ入浴を許可されていた。
浴室の鉄扉を開け、更衣室の棚に脱ぎ捨てた服を放り込む。
「ふぅ〜やっと風呂に入れるぜ」
ひとりで呟きながら木製扉を開けて浴場に入った。
入った瞬間に思わず「げっ」と声が漏れる。
先客がいたのだ。
大風呂の湯に浸かる男がこっちを見た。
「あ、ユウ!」
爽やかな笑顔で一神が風呂の中から手を振った。
先程つい漏れてしまった声は聞こえてないみたいだ。危ない気をつけなければと思う、がしかし。
――何でこいつがいるんだよ。せっかく一人でゆっくりしようと思ってたのに……。
心底不愉快だ。何で嫌いな奴と一緒に風呂に入らねばならぬのか。しかしここまで来てしまった以上、入らない訳にもいかない。
「こっちに来なよ!一緒に話そうぜ!」
ユウはバレないように小さく舌打ちしたあと、笑顔に戻して大風呂へと向かった。
チャポンと水の音が反響する。
大理石で出来た浴槽に足を踏み入れ、一神の隣に座った。
「はあ〜」
彼の隣は不快だが、このちょっと熱めの湯は堪らない。
「凄いよな、まさか異世界で温泉に入れるなんて」
「あ、ああそうだね……俺もビックリしたよ」
多分温泉じゃないと思うが、そんなの一々否定するのも面倒だ。
「ほらユウ見てみろよ、マーライオンだ!」
一神は無邪気な笑顔で壁に引っ付いた竜の頭をペチペチと触る。竜の口からは今も止めどなくお湯が流れ出ている。
「マーライオンってか、マードラゴンだね」
「ははっ、上手いこと言うよなユウは」
「ははは」
ユウは鬱陶しくなってきて視線を逸らした。
読めない奴だと、ユウは改めて思う。
向こうの世界にいた頃、一神光汰という人間はもっとこう、心底人を見下した奴だと勝手に思っていた。イケメンでサッカー部のエースで勉強も学年トップ。正にスクールカーストの頂点だ。そんな奴が驕らない訳が無い。きっと人を見下して生きているに違いないという決めつけがあった。実際に今でもそう思っている。
しかしこれまでの彼の言動を見るに、そんな素振りは一切見せない。正義感が強くて仲間思いな明るい良い奴。そんな風に見えてしまう。
――まったく、本性を隠すのが上手いやつだ。一神だけじゃない。他の奴らもそうだ。
冷静に考えればわかる。こんな良い奴がいるはずが無い。きっとその善人面の裏に醜い本性が隠れているに違いない。
ユウはつい、確かめてみたくなった。
「ねえ光汰」
「なんだ?」
「光汰はさ、どうして命を懸けてまでこの世界の人達を救うって決めたの?この世界の人達は見ず知らずの人達で、自分達の都合でこの世界の命運を俺たちに押し付けたに過ぎない。それなのにどうして?」
「うーん、確かにこの世界の人達は僕にとっては見ず知らずの人達だ。身勝手な理由で僕らをこの世界に呼び出し、世界の命運を僕らに押し付けたのも事実だ。けどだからと言って、困っている人を見過ごしていい理由にはならないと思うんだ。僕に出来るのなら、手の届く範囲だけでもいい。助けたいってそう思うんだ」
何だそれは。そんなバカみたいな理由があってたまるか。本当は何か別の考えがあるに決まってる。例えば――。
「まあ、魔王を倒せば富と名声は確実に手に入るしね。多分一生遊んで暮らせるし、それも悪くないかもって」
「ははっ、ユウもそういう冗談を言うんだな。でも僕はそんなものより、この世界が平和になって皆で笑って過ごせる方が嬉しいよ」
――は?冗談を言ってるのはお前だろ。
ユウは鼻で笑った。
「それ、本気で言ってる?」
「あぁ、もちろん」
「…………、」
一神は真直な瞳で、笑って答えて見せた。その瞳に、その表情に、どうしても嘘偽りを感じられない。そんな筈ないのに。
ユウの心はまた苛立つ。
――ああ、なんだその顔は。何でお前までそんな顔が出来るんだ。気づけ、お前のそれは偽善だ。自分の心に嘘をついていることにさえ気が付けてないんだ。だからそんな顔ができるんだ。自分さえ良ければそれでいい、それがお前達の本性だろ……。
「……………………嘘ついてんじゃねぇよ」
誰にも聞こえない声で呟いた。
「ん?何か言った?」
「ううん、何でもない」
あっけらかんと、ユウは再び偽の笑顔に戻った。




