6.芽生えた違和感
「〜であるからして」
机に片肘をつき、大きく溜息を吐いた。
別に眠くなんてないけれど、いま瞼を閉じれば確実に眠れる気がする。それ程、今この時間が退屈に感じている。
現在ユウ達は勉強をしていた。異世界の城の中の一室で、机を並べて勉強だ。意味がわからない。
内容は『この世界の一般常識』。
この前にベルザムが言っていた勉強とやらが遂にスタートしたのだ。勇者に必要なものは、どうやら戦闘力だけではないらしい。この世界で生きていく上で知っておかなければならない情報、それをユウ達に詰め込むつもりのようだ。
どこぞの誰とも知らない、ハゲた髭のおっさんが授業をしてくれている。
しかし異世界の常識だの何だの言うが、今のところ割と普通のことしか教えられていない。
例えば、この世界の一日は24時間で1ヶ月は約30日、1年で365日らしい。さらに太陽は東から西へと沈み、夜になると太陽の代わりに月が顔を出す。
誰だってわかると思うが、これは地球の太陽暦とほぼ同一のものと言っていいし、この星の自転公転の向きや太陽系惑星の大まかな配列や距離も同じである。
こんな感じで、小学校で習った授業の再履修を受けている気分なのだ。これが朝9時から昼前までずっと続いている。退屈になるのも無理はないだろう。
「おっと、そろそろ時間ですね。では今日の授業はここまでです」
ようやく授業が終わった。
ユウがチャイム無しの授業終了に違和感を覚えながらも席を立ち、両手を突き上げ大きく伸びをしたとこで、
「ユウ、このあと昼飯だろ?みんなで一緒に食べないか?」
一神が声をかけてきた。
なるほどこれが噂に名高い彼のイケメンテクニックか。実にナチュラルな食事のお誘いだ。校内一のリア充も伊達ではない。
「ありがとう、そうするよ」
ユウも負けじとスマイルを返す。彼の信頼だけは絶対に勝ち取りたい。
「はぁ〜私もお腹ペコペコだよ」
当たり前のように星野が会話に加る。そのすぐ後ろに成村が引っ付いている。一神の言う『みんな』とは、当然この二人もカウントされているはずだ。
そして残す一人は、
「なあ、桐山も一緒にどうだ?」
流石は勇者、教師も手を焼く桐山に対して、さも旧友を誘うかのようにイケメンスマイルをぶつけにかかる。これが同年代の女子ならば胸を押えて悲鳴を上げていてもおかしくはないのだろうが、しかしこちらも流石は校内一恐れられる男と言うべきか。桐山は鋭い眼光でこちらを睨みつけると、
「言ったはずだぞ。俺は馴れ合いはしねぇ」
そう言って背を向けて去っていった。
「まあ、いずれ仲良くなれるさ。さあ、行こうぜ」
あんな態度を取られても、一神はめげたりしないらしい。鋼のメンタルだ。
*
またいつもの食堂でみんな仲良くランチタイムだ。反吐が出る。ユウはここ最近ずっと彼らとランチを共にしていた。
不快感を胸の内に隠したまま、ユウはいつもの様に席に着く。
「エルヴェール・ソア」
全員で手を合わせて祈りを唱える。
「さあ皆様、どうぞお召し上がりください」
今回もアリスが張り切っている。
ユウは最初の一口目に、迷わずスパイスグリルチキンを選んだ。スパイスの香りが口いっぱいに広がり、肉の旨味の中に爽やかな風を感じる。
するとそんな中、
「お、美味しい……食べたことない味……」
珍しく成村が口を開いた。
すぐに隣の星野がアクションする。
「わかる!そのミートパイ、ザ異世界って感じの不思議な味だよね!私もさっき驚いて……」
「うん!とっても美味しいね!」
ユウは驚いた。
この世界に来て一週間、成村がまともに笑っている姿を初めて見た気がする。
どうする、少し仕掛けてみるか。
「何だか、成村さんが笑ってるの初めて見た気がする」
「え?」
名前を呼ばれた成村がビクッと反応する。
「あぁいや、成村さんが笑ってるとこあんまり見ないから珍しくてつい……」
「……。」
ユウが話しかけると、成村は再び萎縮した様に隣にいる星野に引っ付いてしまった。
おかしいな、何か間違えただろうか。
「もしかして俺……嫌われてる?」
「そ、そんなことないよ!ね、千代?」
慌てた様子で星野が代弁する。
「ごめんね雨宮くん、この子 人と話すの苦手で、特に男子が苦手なんだ」
「あ、そうなんだ。あれ?でも光汰は?」
「実は僕も、まだ千代とはあんまり話せていないんだ」
一神は困り顔でそう言った。
意外だった。彼らは全員仲良しこよしで上手くやっているものだとばかり思っていた。実はそういう訳でも無かったらしい。まあ、彼らの事情はこの際どうでもいい。この食事でさらに一神たちとの親交を深めていこう。
――
「はあ〜お腹いっぱい」
昼食を終えて、星野の満足気な声が食堂に響く。
「ちょっと長話しすぎちゃいましたね。急いで訓練場に向かわないと、ベルザムに怒られてしまうかも」
そう言いながらも、アリスは嬉しそうな顔をしている。今日のランチは余程楽しかったと見える。他の者も同様に満足気な顔だ。
しかしユウから言わせれば随分居心地の悪い時間だった。食事なんて一人で十分だ。何だって他人に気を使いながら飯を食わねばならぬのか。一神達の価値観には相変わらず着いて行けない。
「よし、じゃあそろそろ行こうか。本当にベルザム団長に怒られるのは嫌だしな」
一神が冗談めかすと、皆がくすりと笑う。当然ユウも愛想笑いで席を立った。
訓練場に着くと、既にベルザムが待ち構えていた。一瞬ドキッとしたが、予定の時刻にはまだ五分ほど猶予がある。
「来たな。おや、姫様もご一緒だったのですね」
ユウたちとアリスが一緒なところを見て、ベルザムが意外そうな顔をした。
「ええ、最近はいつもご一緒させていただいてるの」
「ほお、それは。みな仲がよろしいことで」
嬉しそうに話すアリスに、珍しくベルザムの顔が緩んでいる。
しかし仲がいい、と言うのは言いすぎな気もするとユウは思う。特に桐山、そして成村に関しては。
桐山はご存知の通りあれだが、成村もなかなか厄介なタイプだ。現段階では目すら合わせて貰えてないし、食事の時も殆ど会話をした記憶が無い。星野には懐いているみたいだが、今後仲良くなれそうな気はあまりしていなかった。
と言ってもまあ、別に成村に取り入る必要性をユウは感じていない。兎にも角にも、まずは一神だ。取り入って一番メリットが大きそうなのは彼だから。正直成村の信頼を得たところで、さほど利益が有るようにも思えない。特に彼女は性格的な面で相手にするのが面倒くさいのだ。
「桐山、遅いぞ」
ベルザムの声で振り返ると、桐山が遅れて訓練場に入ってきた。桐山はそっぽを向き「ちっ」と舌打ちをする。
とは言うものの、ちゃんと訓練には参加するあたり少しイメージと違う。もっとこう俺に指図すんじゃねぇ的な感じかと思っていた。根は真面目なのだろうか。
「では訓練を開始する。今日は以前やった魔術の現象化に加えて、発射とコントロールをやってもらう」
よし、と思う。
魔術の訓練は初回のみで、その後は一週間にわたりずっとマナ強化トレーニングを行っていた。おかげでマナ量は僅かながら増えた気がするが、魔術を発現する感覚を忘れてしまったかもしれない。
「まずは手本を見せよう」
そう言うと、ベルザムはその場から少し離れた場所にある訓練用のカカシに向けて手を翳した。
次の瞬間、彼の手から直径十センチ程の火球が生成され、カカシ目掛け高速で飛んで行った。
火球がカカシに直撃した瞬間、炎は爆発しカカシを弾き飛ばした。
突然の爆発音と衝撃に全員が少し驚いたところで、ベルザムはこちらへ振り返って、
「今のが相手を攻撃するためにしっかりとイメージを与えた魔術だ。以前も言ったが、イメージ次第で形状を変化させたり、回転を加えたり、あるいは火球の軌道をカーブさせたりと様々な変化を与えられる」
正直凄いと思った。正にユウが思い描いていた魔術というものが、今目の前で実演された。
――お、俺もやってみてー。
「さあ、次はお前たちがやってみる番だ」
ベルザムに言われ、それぞれが訓練用のカカシに向けて魔術を放ち始めた。
爆発音が続けざまに二回、魔術の主は一神と桐山だった。それに続いて星野が放った高速の水塊がカカシを根元からへし折り、地面に穴を開けた。
流石と言うべきか、やはり適正のあるものは違う。
俺だって負けていられるかと、ユウは極小の火球を作り出しカカシに放つ。
がしかし、火球はカカシに命中したものの弱々しく霧散してしまった。カカシへのダメージはほぼ皆無と言っていい。
「ぜ、全然ダメだ……」
予想してはいたが、一神達との差がこれ程とは涙が出る。
ユウが落ち込んでいると、アリスが隣から声をかけてきた。
「アマミヤさん、落ち込まないでください!初めてで的に当てられるだけでも凄いですよ!」
「ありがとうアリス、励ましてくれて」
「いえそんな」
「せっかくアリスが応援してくれるんだし、俺も頑張らなくちゃ」
お得意の作り笑いでユウは答える。
どんな時でも笑顔は忘れてはいけない。戦力外通告されても生き残れるように、人脈作りを徹底しなければ。
そうこうしていると、遠くからベルザムが大声でアドバイスをくれた。
「お前達、大事なのはイメージだ。魔術にどれだけイメージを与えられるか、これによって威力も特性も大きく変わる。ただしそのイメージを実現出来るだけの魔力をしっかりと練っていなければならない。そこも踏まえて実践してみろ」
イメージと言われてもなぁと思いつつも、ユウは再びカカシに向けて右手を翳す。
イメージは炎の球、着弾時にカカシを吹き飛ばすくらい爆発する。それを頭の中でしっかりとイメージする。
すると先程より明らかに火球が大きくなり、魔力が火球にぐんと吸い取られる感覚があった。
――俺のマナが一気にっ……きた、これだ!
魔力を注ぎ終えた瞬間、発射。
カカシへ真っ直ぐに飛んでゆき、着弾の瞬間――
凄まじい轟音と共に、巨大な爆発が巻き起こる。
爆風が砂埃を巻き上げ周囲を呑み込み、近くにいた一神達の小さな悲鳴が上がった。
「けほ、けほ、一体何が……」
今の爆発はユウのじゃない。
ユウの隣のカカシが爆発したのだ。つまりユウの隣で魔術を放ったやつが犯人ということだ。
左隣を見た。
「ぁ……」
腰を抜かし青ざめた表情で地面にへたり込んでいたのは、成村千代だった。まさか、彼女が今の大爆発を引き起こしたというのか。
「千代……!」
慌てて星野が成村の元へ駆け寄る。
「大丈夫……?」
「ぅ、うん……」
随分と力ない声で応答する成村。星野に肩を借りているが、彼女の膝は笑っている。
「一体何があった?」
遅れてベルザムが駆け寄った。
「すみません、威力の調整を間違えて……」
「そうか……それにしても凄まじい威力だな」
爆発に巻き込まれたカカシは跡形もなく破壊され、地面には五メートルほどのクレーターが出来ている。
RPGゲームなんかで考えても、レベル1相当の序盤からこの威力はどう考えてもチートだ。更に修練を積めば一体どうなってしまうと言うのだ。
「とにかく、暫く休んでなよ」
「う、うん。そうする」
そう言うと成村は覚束無い足取りで訓練場の隅へと歩いていった。
ユウはその小さな背中を見て、どうしても放っては置けなくなった。
「成村さん!」
ユウは成村の後を追いかけ、彼女の肩をポンと叩いた。
「ひゃっ」
体をビクつかせ、おかしな声を上げる成村。そんなに強く叩いた覚えは無いのに。
「ぁ、えと……」
真っ青な顔。ものすごく脅えた目でこちらを見ている。まるで幽霊でも見えているような目だ。
ここまで男子が苦手とは。
「大丈夫?顔色悪いけど」
「だ、だだいじょう」
「心配だし俺も着いてくよ。肩貸そうか?」
「へ!?」
ユウが触れようとすると、彼女は全身を強ばらせた。微かに震えている様にも見える。あまり無理矢理は良くないなと思い、
「とにかく行こう。あの日陰のところで休もう」
ユウは訓練場隅の日陰へ彼女を連れていった。
長い沈黙が続く。
日陰に座るユウと成村との間には二メートル程の距離が空いていた。これが心の距離だろうか。
ここまで着いてきたはいいが、どうしたものかと思う。だがやはり放ってなど置けない。あんな強力な魔術が使える奴を。絶対に取り入ってやる。
ユウは心の中で画策していた。
「あの、俺もしかして迷惑だった?」
少し悲しそうな表情を作って俯いてみる。
「え、そ、そんなことないよ……!です……」
落ち込んだ様子のユウを見て慌てて成村が否定する。
――ちっ、ようやく喋ったかこの女。しかしなるほど、せっかく付き添ってくれた相手にこの対応、こいつにも多少なり罪悪感みたいなものがあるんだろう。……少し接し方を変えてみるか。
「そっかよかった。俺てっきり嫌われてるのかと……」
「そ、そんな……べ、別に嫌いなんかじゃ……ないです。ごめんなさい、私、男の人がに、苦手で……」
成村は可愛い。校内でもトップクラスの美少女だ。尚且つ背は低いが服の上からでも分かるくらい、グラビアアイドル顔負けの巨乳である。クラス中の奴らに毎日のように卑猥な目を向けられてきた。いやクラスどころか、どこへ行ってもそういった視線は付き纏ってきたのだろう。男性嫌いになっても不思議は無い。
「謝らなくていいよ、誰にだって苦手なものくらいある」
「で、でも私……貴方に酷い態度」
「俺は全然気にしてないから大丈夫」
「ごめんなさい……」
少しは話せるようになってきたが、まだまだだ。もう少し彼女の心を開ければ。
「そういえば、光汰ともあんまり話さないって言ってたけど」
「う、うん……一神君は凄く優しくしてくれるんだけど……その、私が悪いの……」
「そっか、みんないつも一緒にいるから凄く仲良いんだと思ってた。でも星野さんとは凄く仲良さそうだよね」
「ほ、ほんと!?そう、見える!?」
突然彼女の瞳が輝いた。先程までとは別人のようだ。星野の話題を出した途端、一体どうしたというのか。
「うん、二人いつも一緒だしお互い信頼し合ってるんだなって伝わってくる。親友って感じだね」
「うんそうなの!愛風ちゃんは小学校の時から一緒で、優しくて可愛くて私のこともし、親友だって言ってくれて……」
なるほど、とユウは少しこの少女のことを理解した。つまりは愛風ちゃん大好き女ってわけだ。何も無い自分にとって、友達でいてくれるクラスのアイドル星野愛風だけがこいつの唯一の自慢。要は他人を利用して自分の存在価値を肯定したい、他人に依存して安心したいだけだろ。くだらない友情ごっこだな。
ユウは彼女を心底バカにした。
「そっか、いいなぁそう言うの。お互い信頼しあえて、助け合える関係。ちょっと憧れるな」
嘘だ。
「貴方には、そういう人いないの?」
「俺、友達とかいないから……」
そんなものは必要ない。
「そう、なんだ……」
どうだって良かった。演技で作ったこの悲しげな表情に、彼女が少しでも同情心を抱いてくれたのならそれでいい。
「ねぇ、もし良かったらなんだけど、俺に魔術を教えてくれないかな?」
「え?」
「ほら、成村さん魔術すごいし」
「えと……」
「嫌、だよね……ごめんね変な事聞いて……」
ユウは悲しげな表情で成村を見つめた。
「い、いいよ……!私なんかで、いいなら……だけど」
「ほ、ほんと……!?ありがとう、凄く嬉しいよ!」
ユウはまた、心の中で口元を釣り上げて笑った。
男が苦手と言っていたから時間が掛かると踏んでいたが、案外早い内にどうにかなりそうな気がする。
「えと、まず君……あなたは魔術を使う時、何をイメージしてる?」
「何を?えっと、火の球みたいなのを」
「やっぱり。それもいいんだけど、私の場合はガスバーナーをイメージしてるんだ。そうすると、普通の炎より強く出るんだ。だからその……あなたもやってみたら、なんて」
ガスバーナーは確か可燃性ガスと高酸素濃度の空気を組み合わせて燃焼させている。ということは成村はガスと酸素を作り出した上で炎を出しているということ。そしてさっきの爆発はガスと酸素の適正量を誤った結果、と言ったところか。
しかしそれよりも、一つ気になることがあった。
「ところで成村さん、俺の名前知ってる?」
「あ、えと……」
やはり。
彼女はバツの悪そうな顔で視線を逸らした。
「俺の名前はユウって言うんだ」
あえて苗字を教えないのには意味がある。
「え、えと……ゆ、ゆ、ユウ……くん」
「ふふ、なに?千代」
ユウが彼女に笑いかけると、
「あ、ああああのっ、まま魔術……の、練習を……」
成村は真っ赤な顔で話題を逸らした。
少し強引ではあるが、何とかお互い名前で呼び合う関係にまで至れた。男嫌いの人間にたった一日でここまでこられたのなら上出来だろう。
「えと、ガスバーナーだっけ?でもそれって、炎と一緒にガスと酸素を生み出してるってこと?」
「うん、だから私は風魔術を応用して作り出してるよ」
「え?」
驚いた。ということは、彼女は既に複合魔術を使用していることになる。本当に魔術を覚えて一週間とはとても思えない。
「えーと、でも俺、風魔術まだ使えなくて……」
そう言った瞬間、何とも心地の良い風がユウの前髪をふわりと揺らした。見ると、成村の両手の中に小さな旋風が回っていた。
「ふふっ、これが風魔術だよ」
衝撃だった。ユウは目の前の彼女の柔らかな笑を見ただけで、心臓が締め付けられた。
さっきまであんなに怯えてたくせに、あんなに不安げな表情だったくせに。なんで笑ってんだよ。
その微笑みは以前にも何処かで見たことがある気がする。嫌な記憶がフラッシュバックするようだ。
「そう、なんだ……」
「うん。この風魔術を使って、酸素やガスも作り出せるの。イメージはよく燃える空気が出てくるイメージで――」
――なんだよ、なんなんだよ今更……。
ユウは心に抱いた原因不明の感情に戸惑いを隠すことが出来ず、突然に立ち上がりその場に背を向けた。驚いた表情で固まる成村をひとり置き去りにして。




