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4.フェルマニア城 

 フェルマニア城は五つの巨塔によって構成されている。

 まず中心にどでかく主塔があり、その前後左右を立ち塞ぐように東塔、西塔、南塔、北塔が合体して一つの城となっている。

 ユウ達の部屋は城の主塔三階に位置する。その階にある十二部屋は全てが客室で、その内の五つを各自割り当てられていた。

 ユウはメイドに用意された異世界製の客服を着て、寝ぼけ眼で自室の外へ出た。

 部屋を出た先の廊下には既に一神、星野、成村、桐山の四人がいた。

 こいつらなんでここで集まってるんだろう、ユウがそう思った時、一神が爽やかな笑顔を向けてきた。


「おはよう雨宮!」


 濃度マックスの陽キャの輝きが、ユウの目を晦ませ顔を引き攣らせた。

 こいつ話しかけてくるのかよ、と思う。

 クラス内じゃ殆ど話したことなんて無かったし、自分に興味なんて無いんだと思ってた。と言うか、多分興味なんて無いんだろうと思う。どうせ一人だけ仲間はずれは可哀想だとか、今後一緒に戦う仲間なんだしリーダーの僕が皆の間を取り持たなきゃとか思ってるに違いない。誰目線だよ。誰が決めたんだよお前がリーダーとか。聖剣召喚出来るからって調子にのんな。

 ユウは聖剣召喚の天恵を勝手に妬んでいた。しかしユウはその嫉妬を心の奥に封じ込めて、即座に笑顔に切り替える。


「おはようみんな」


 ユウの笑顔を見て、全員が物凄く意外そうな表情で驚いた反応を見せた。

 そんな時、ガチャガチャと鎧を擦らせてベルザムが歩いてきた。


「全員そろっているな」


 ベルザムは腰に手を当てて言う。


「今日の予定は聞いているな。午前中は城の案内、午後は基礎訓練を予定している」


 ユウは思う。

 おい、訓練は聞いたけど城の案内とか聞いてないぞ。あのポンコツメイド、ちゃんと情報共有しろよ。

 通りで全員がここに集まっていたわけだった。


「では早速案内しよう。ついてきてくれ」


 ベルザムに連れられ、一行は城の廊下をコツコツと歩いた。

 ユウは辺りをジロジロと見渡しながら歩く。

 城の壁や床は殆どが大理石のような材質のブロックで造られている。そのツルツルとした床には赤い絨毯が敷かれていて、その上を一行は歩いている。

 廊下のあちこちには高価そうな壺とか鎧とか絵画とかが飾られていて、まるで博物館にでも来てる気分になる。

 少し離れた場所でメイドがひとり廊下の掃き掃除をしていた。こんなだだっ広い城を掃除するなんてさぞ大変だろうと思う。


 ベルザムに連れられ先ずは階段を登った。その先の四階は殆どが王族の部屋で、ユウ達には詳しく見せてはくれなかった。

 四階を飛ばしてその上の最上階へと登る。

 そこは古く趣のある巨大な時計塔だった。

 時計塔内部は金属製の歯車がそこかしこにあって、常に秒数を刻み続けている。時計塔の窓からは城の外に広がる巨大な街を一望出来た。

 その街並みは赤い屋根の建造物が城を取り囲む様にどこまでも円状に広がっていて先が見えない。

 想像の遥か上を行く絶景に、全員が驚きを隠せなかった。


「これが我が国が誇る世界最大の都市、王都フェルマニスだ。いずれお前達も街に降りる日が来るだろうが、しばらくはおあずけだ」


 星野がガッカリした顔で「えー」と嘆く。

 確かにユウでさえも、この広大で幻想的な街並みを前にすればわくわくが抑えられない。まるでゲームの世界に入り込んだみたいだ。


 その後は階段を降りて二階、一階を順に回った。

 二階フロアで印象的だったのは大図書館だ。見たこともない文字で書かれた分厚い本が無数にあって、正直興奮した。天恵のおかげで何故かそれが読めてしまうのにもゾクゾクする。今度絶対に図書館に行って、あれこれ本を読んでやろうとユウは心に決めていた。

 一階は大広間、メイド達の仕事場、一番驚いたのは大きな浴場だった。

 あとで入る。絶対入る。ユウは心の中で決意した。


「まだ見せていない部屋は幾つかあるが、ひとまず主塔の内部はこんなものだ。次は東塔と西塔だ」


 ユウ達が先程歩き回ったのは城のど真ん中、主塔である。まだ東西南北の塔が未探索だ。更にこの後城外エリアも案内する予定らしいし、本当に今日中に回りきれるのかと思う。


「あの、こっちには何があるんですか……?」


 一神が下へ続く階段を指さして言った。

 ここは主塔一階だ。下へ続くということは地下があるということだ。


「それより先は儀式の間……昨日お前たちが召喚された部屋がある」


あれ、とユウは思う。昨日は確か別の場所から階段を登って地上へ出たような。

その疑問を見抜いたかのように、ベルザムはフッと笑って答えた。


「他の塔の地下にも繋がっているのだ。お前達に見せたくないものが幾つかあったのでな。別のルートでお前達を案内したのだ」

「それって……」


気になった一神が思わず尋ねると、ベルザムは怖い目をして答えた。


「地下牢だ」

「ち、地下牢……?」


 聞き馴染みのない言葉に、全員が顔を強ばらせた。


「安心しろ。一度入れば脱獄は不可能だ。罪人がお前達に襲い来ることは無い」


 全然安心できねー、とユウは思う。多分みんなも思ったろう。


「さあ、次は東塔へ向かおう」


 その後、ユウ達は東塔内部を案内された。

 東塔の主な施設は大きな礼拝堂、教場、キッチンと食料貯蔵庫、醸造所、てっぺんには展望台もあった。特に礼拝堂は映画みたいに立派だったし、教場の数も多く造りにも随分と力が入っていると感じた。

 城の中に教場だなんてホグワーツかよ、とユウは思う。


「これらの教場は本来貴族名家の子息方や名騎士一族の子らが勉学に励む為の施設だ。明日からは君達にもここで授業を受けてもらう」


 一同「ええっ」と声を揃えた。

 こんな異世界に来てまで授業だなんて冗談じゃない。


「授業って、一体何を……」


 一神が尋ねるとベルザムは腕を組んで答えた。


「なにぶん時間が無くてな。高度な算術や教養は省く。君達にはこの世界の常識を学んでもらう予定だ」

「常識……?」

「なに、難しいことじゃない。この大地アスガラントについて、世界各国との関係、魔人族やそれ以外の人種について、魔道具や貨幣の使い方に至るまで。この世界で生きていく上で必要な知識を身につけてもらう」


 確かに、そんなこと考えもしなかった。

 昨日の今日でまだ自覚がなかったと言うか、何気なく地球にいた頃の感覚でいたが、ここは地球とは全く別の異世界だ。ユウ達の常識は通用しない。

 郷に入っては郷に従え。この世界で生きるためにも、諦めて勉強するしか無さそうだ。


「さあ、次は西棟だ。一応これで案内は最後だ」


 それを聞いて一神が不思議そうな顔をした。


「あれ?北と南の塔には行かないんですか?」

「ああ、あそこは殆どの施設が兵舎となっている。行ってもいいが、特にお前達に見せるものは無い」


 兵舎と言えば兵士たちが生活している宿舎ってことだ。確かに面白みのあるものは無さそうだが、見学してみたい気持ちもちょっとある。


「今度時間があれば覗いて見ればいい。今は西塔の案内を先に……」


 ベルザムの言葉途中、誰かの腹の虫が盛大になった。

 全員の視線がそこへ集まる。

 星野だった。

 星野は顔を少し赤くして「えへへ」と頭を搔いた。

 それを見たベルザムが足を止め、懐中時計みたいなのを取り出して言う。


「む、もうこんな時間か。少しゆっくりし過ぎたな。そろそろ昼食の準備が出来ている頃だろう。午後には訓練もある。西棟の案内は後にして、ここらで昼食としよう」


 それを聞いた星野が「やった」と小さくはしゃぐ。

 そういえばユウも丁度腹が減っていたところだった。

 一行は東棟にある食堂へと向かった。



「お待ちしておりました!」


 扉を開けると出会い頭、待っていたと言わんばかりにアリス王女が元気な笑顔でユウ達を迎えた。

 案内された食堂では既に食事の準備が整っている。

 長い木製のテーブルと椅子が並び、テーブルの近くで暖炉が暖かく燃えている。長テーブルの上には既に食器ナイフフォークが並べおかれており、準備は万端だ。

 それを見たユウはうんざりした。

 昨日は時間も遅かったし、一人で部屋で食事を出来たのに。これを見る限り、今回はここで全員で食事をするのだろう。何でこんな奴らと食事なんてしなければならないのか。

 人間嫌いのユウにとって見れば罰ゲームだ。

 気分が落ちてくる。早く自室に戻りたいなあなんて思う。そんな時だった。


「冗談じゃねえ」


 さっきまで大人しくしていた桐山が突然口を開いた。


「俺は言ったはずだぞ。お前らと馴れ合うつもりはねえ」


 そう言うと桐山はポケットに手を入れて、踵を返した。


「待てキリヤマ」


 ベルザムが呼びかけるが、桐山は無視して部屋を出ていった。

 シンとした空気が漂う。


「行ってしまわれました……」

「全く、キリヤマの奴め」

「ま、まあしょうがないよ。今回は私達だけで食べよ!」


 星野が気を使ってか明るく振る舞う。

 一神も「そうだな」なんて言ってテーブルに着き始めた。

 そんな中ひとり立ち尽くし、ユウは思う。

 完全に抜けるタイミングを逃した。桐山の奴があんな態度で抜けてった手前、「じゃあ僕もここらで」なんて言って抜けたら空気読めない奴だ。かといって正直に「お前らと食事だなんてごめんだね」なんて言えるわけもない。ちょっと御手洗に、なんて言ったところでこいつらのことだ、きっとユウが戻るまで料理に手をつけず待ってるに決まってる。

 ユウが考え込んでいると、一神が自分の隣の席をぱんぱんと軽く叩いた。


「ほら、雨宮も遠慮せずに。一緒に食べようぜ」


 爽やか過ぎる笑顔がそこにある。


 ――くっ、このバカが!


 ユウはお得意の作り笑いで対抗する。


「うん、ありがと。そうさせてもらうよ」


 その笑顔を見て、アリスも一神も星野も嬉しそうに笑った。

 何だ、この痛々しい空気感は。反吐が出そうだ。

 ユウはバレないように歯ぎしりする。


 アリス、一神、星野、成村、ユウの五人が大きな長テーブルの端を取り囲むように座った。ユウの右隣に一神が座り、ユウと一神の正面に成村と星野が座る。丁度男女で向かい合う形だ。そして机の短辺、誕生日席の位置にはアリス王女が腰掛けていた。

 全員が着席すると、複数人の給仕係が矢継ぎ早に料理を運んできた。白いテーブルクロスの上に次々に料理が置かれていく。

 料理は肉が中心で、ステーキ、燻製、肉野菜を煮込んだポタージュ、白パンもある。

 想像以上に豪華な食事に、四人が目を輝かせた。

 そんな時、


「では私はこれで」


 ベルザムが軽くお辞儀してその場を後にしようと動いた。それを見てアリスが呼び止める。


「ベルザム、あなたもご一緒すればいいのに」

「いえ、お気持ちだけ。私はこの後の訓練の準備がありますので」


 そう言うとベルザムは去っていった。


「もう、ベルザムったら……。さあ皆さん、気にせず沢山食べてください!この後もまだお料理が来ますので!」


 自分が作った訳でもないのに、やけにアリスは張り切っている。

 テーブルに並ぶのはこの国最高峰の料理人が作った出来たての料理。今も銀の皿に盛られたステーキやスープからほのかな香りと湯気が立ち上っている。しかし些か量が多いと思う。男二人女三人で食べ切るにはちょっと。それにこの後もまだ料理を運ぶと言うし、とても食べ切れそうも無い。

 ユウの日本での暮らしは決して裕福とは言えなかった為に、このあと廃棄されるであろう料理たちのことを思うと心が痛い。


「いただきます!」


 一神が手を合わせたあと、釣られたように他の者も手を合わせた。


「まあ、それが皆様の世界での食事の挨拶なのですか?」

「はい、これは全ての食材と料理を作ってくれた人への感謝を意味するんです」

「なるほど、素敵ですわ」


 アリスは一神の説明を聞いて頷くと、顔の前で手を組みあわせた。


「――エルヴェール・ソア」


 瞳を閉じて深々と呟いた。


「それがこの国での食事の挨拶ですか?」

「ええ。広く一般的に使われる、女神様への感謝と無事に食卓をかこめたことへの祈りの言葉です。と言っても、この国では女神様への感謝の心さえあれば言葉は何でもいいのです。例え口に出さずとも、女神様は私たちの心の声を聞いて下さいます」

「へぇ〜面白いですね」


 一神は感心した面持ちだ。

 確かに日本とは文化と言うか、考え方が違っていて面白いとユウも思う。


「さ、どうぞ召し上がってください」


 アリスがそう言うと、みな料理に手を付け始めた。

 ユウは手前にあったローストビーフの様な料理に手をつけた。

 ユウは一番美味しそうなものから食べるタイプだった。貧乏性と言うかなんと言うか、心臓発作による突然死、地震などの災害が来た時、最後に食べるものが自分の好きな食べ物であって欲しい。

 銀の皿と銀のナイフが擦れて小さな音を立てる。

 ローストされた獣肉に甘い果実のソースが絶妙なバランスで口の中に旨味を届ける。


 ――うま、すぎる。


 人がいる手前、溢れる感情を抑え噛み締める。

 続いて右斜め前の大皿に盛られたパイを掴み取る。

 黄金色に輝く果物の焼き菓子だ。サクッとした食感とジューシーな果実の甘味が全身に広がるようだ。

 他人と食事だなんて不愉快でしかないが、こうなったら最大限食を楽しんでやる。

 そんなユウの食事姿を見て、アリスがふふっと笑みをこぼす。

 やべっ、流石にはしたなかったか。

 ユウの手が止まる。

 それを見てアリスは弁明した。


「あ、いえそのお気になさらないでください。美味しそうに召し上がって下さってこちらも嬉しい限りです」


 紛らわしい笑い方するなよと思いつつ、ユウはすぐにいつもの作り笑いに切り替えた。


「ああいや、何か恥ずかしいな。ここの料理があんまり美味しいからつい」


 その笑顔をみて、一同はまた驚いた顔を見せた。

 すると一神が、


「何だか雨宮って、思ってたより明るい奴なんだな」


 なんて言い出した。

 そりゃつまり今まで根暗な陰キャ野郎だと思ってたって言ってるようなものだ。他人を見下す思考が隠せてないぜ陽キャ野郎。

 ユウは心の中で悪態をつく。

 すると今度は星野がそれに便乗する。


「確かに、同じクラスにいた時は私もちょっと取っ付きにくそうな人だなーとか思ってたんだけど、全然そんなことないね。笑顔が素敵!うん、笑顔が一番!」


 星野はグッドサインで調子をこく。

 こいつら、人を格下だと思って言いたい放題言ってくれる。

 しかしこの時、ユウの思考回路に一つの考えが浮かんだ。


 ――こいつらは仮にも勇者だ。それも俺とは比べ物にならないくらい強い。普段ならこのまま深く関わることも無くフェードアウトして終わりだが、こいつらを味方に付けられればこれ以上ない俺の盾になる。布石は打っておくべきかも知れない。


 ユウは声のトーンを変え、明るさに塩らしさを加える。


「俺、実はずっと前からみんなと仲良くなりたいなって思ってたんだ。だけどその、何と言うか……俺こんな性格だし、中々勇気が出なくて……その……」


 ユウは少し俯きつつ、視線で一神達の表情を観察する。

 こういう偽善者共にはこのキャラが打って付けだろう。ほらどうした、放ってはおけないだろう。


「なんだそうだったのか……!もちろん僕だって雨宮と仲良くなりたいって思ってたよ……!」


 ほーら来た。

 ユウは釣り上がりそうな口元を押さえ込む。

 ここまで来たらあと一押し。


「ほ、ほんと?よかったぁ……俺なんかじゃ一神君達に釣り合わないかもって勝手に思ってて」

「そんなことないさ。第一釣り合うってなんだよ同じクラスメイトなのに……なあ愛風?」

「そーだよ!私も雨宮君と仲良くなりたいな!もちろん千代もそーだよね?」

「え、う、うん……」


 星野に言われて、それまで一言も話さなかった成村が小さい声で頷いた。


「みんな……ありがとう」


 ユウは頬を少し染め、嬉しそうにはにかんで見せる。


 ――よし、取っ掛りは作った。これで懐に侵入しやすくなったはず。あとはどうやってコイツらの信用を得ていくかだな。


 ユウは心の中で薄ら笑みを浮かべた。






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