3.専属メイド
重い鉄扉がゆっくりと開かれ、扉の中心から光が徐々に溢れる。
扉を開けた正面奥、豪華な椅子に腰掛けこちらを見据える男が一人いた。見た目は口髭を生やした五十代前半の男。ギラギラの王冠を頭に乗っけて偉そげにユウ達を見下ろしていた。そしてそいつを見守るように背後に2人の兵士が置かれ、部屋の両サイドに武器を持った兵士たちがずっしりと立ち構えている。
多分あの王冠野郎が国王だ。
部屋のサイズはさっきいた大広間より一回り狭くなったくらい。あちこちには目が凝りそうなほど華美な装飾が施されていて何だか落ち着かない。
視線を床に移すと赤い絨毯が真っ直ぐに、王の玉座へと伸びていた。ここを歩けと言うことか。
ユウ達はベルザムに連れられるまま、部屋の中央にまで足を進めた。
「勇者様御一行、連れて参りました」
静かな部屋に突然ベルザムの声が響き、肩でビクリと反応してしまった。
「うむ、下がって良い」
見た目通り、男の声は低かった。
「ようこそおいで下さいました。私の名はバハマド・セルデ・フェルマニア。この国の現国王でございます。此度は我々の都合でこの世界にお呼びしてしまったこと、誠に申し訳ありません」
国王バハマドは丁寧な口調でそう言った。
その見てくれは逞しい体に髭を生やしたただのオヤジだが、その身から感じられる高貴さや貫禄から只者でないことは分かる気がする。
しかし思っていたよりも随分と下手に出てきた。余程勇者の協力を得たいらしい。
「お会いできて光栄です王様。僕は一神光汰と言います。異世界から来た勇者です」
「ほぉ、あなたが勇者イチガミですか。既に部下より話は聞き及んでおります。それで、魔王討伐の件は……」
「安心してください!僕達が必ず、魔王を倒して見せます!」
一神は国王相手にも動じることなく大見得を切る。本気で出来ると思っているのだろう。
「おぉ、なんと頼もしい。それを聞いて安心しましたぞ。本日は宴……と行きたいところですが、何分時間が時間ですし、皆様もお疲れでしょう。宴はまた後日、盛大に執り行いましょう。皆様には各部屋をご用意しております。食事は使用人に言いつければすぐに運ばせますゆえ、どうぞ本日はお休みくだされ」
国王はそう言うと、ユウたちを各部屋へ案内するよう部下に指示を出した。
*
使用人の一人に案内され、ユウはとある個室へと入った。
部屋は人一人が生活するには広めのワンルーム。先程とは打って変わってベージュを基調とした、全体的に落ち着いた色合いの部屋だ。しかし品があり良い作りだ。さらにシャワーとトイレと洗面台の三点ユニットバスルームのおまけ付き。ちょっとしたホテルの一室みたいだ。
対照的に部屋具はあっさりしている。奥に三人でも楽に寝られそうな巨大ベッドがバンと置かれ、部屋の中心に食事用のテーブルが、壁際に木製の机と椅子、その隣に大きな鏡台とクローゼットがある。
ユウは着ていた制服をその辺に脱ぎ散らかし、ふかふかのベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
「しかしまあ、こんなことってあるんだな」
枕に向けて独り言を吐く。突然異世界へ召喚され、見る物聞くもの全てに驚かされ続け、正直キャパオーバーだ。
ぶっちゃけると、ユウは元の世界に未練がない。友達もいなければ家族もいない。唯一の肉親だったばあちゃんも、つい最近ポックリ逝ってしまった。
当然ユウの面倒を見てくれる物好きなんていなくて、高校中退も視野に入れ始めていた矢先の異世界召喚だ。もしかしたらラッキーだったのかもしれない。
なんて考えたが、やっぱりそんなことは無かった。この世界にきて、また新たな問題が目の前に立ちはだかっていた。
ベッド上で仰向けに寝返り、大きく溜息をついた。
なんで俺だけ、とまず思った。王女達の話が本当なら、ユウもこの世界を救う勇者の仲間の一人のはずだ。それがなんで他の連中とこれほど差があるのだろう。
勝手なイメージだが、こーゆう世界では力こそ全てみたいなところがあると思う。だから魔王は世界を支配できるし、勇者はその野望を打ち砕ける。
そんな世界でなんの力も持たない奴はただ蹂躙されるのみ。ましてユウは異世界人。この世界のことに関しては右も左も分からない。一人になったが最後、野垂れ死ぬのがオチだ。
一瞬嫌なことを想像してゾッとした。
「こりゃ早いとこ身の振り方を考えた方がいいな。なるだけ強くて権力のあるやつを味方に......でなきゃこの世界で生きて行けねぇ」
適応能力は高い方だと自負している。そうやって生きてきた。いつも誰かの顔色を伺って、自分に都合のいいように動いてきた。今回もその力を大いに役立てていかなければ。
「チッ、今後は馬鹿どものご機嫌取りかよ。めんどくせぇ」
生きるためには仕方の無いことだが、大嫌いな人間共にヘコヘコしている未来の自分を想像して、少しイラつく。だがもはや、出来るだけ他人と関わらず生きるという彼の願いは、別世界のどこかへ置き去りにされて消え失せた。
「はあ、魔術使いたかったな〜」
心残りはそれだ。
魔術――それは現代に生きる者なら一度は夢見るものだ。手から炎を出し、風を身に纏い、大地をうねらせ、雷を落とす。そんなファンタジーの世界が今ここにあるというのに、何も出来ない。このもどかしい気持ちは、何の力も持たないままこの世界に来てしまったユウにしかきっとわからない。
唯一ある力と言えば。
ボロっちい紙切れに書かれた文字を見る。
――――――――――――――――――――――
〈言語理解〉
この世界の言語を理解、習得出来る。
〈超回復〉
常に自身の身体を最も健康な状態にまで回復させる。
――――――――――――――――――――――
ローゼルに診断されたユウの天恵はこの二つのみ。
確かに凄いとは思う。知らない言語を理解出来るとか、常時回復だとか。普通じゃありえない、れっきとした超常能力と言える。しかしだ。一神たちのあれを見せられた後では霞んでしまう。
隣の芝生は青いというか、親戚が宝くじを当てたと言うか、友達の連れてきた彼女がめちゃくちゃ可愛かったみたいな、なんとも言い難い妬み嫉みが喉元で止まっている。
ふと、机の上に置かれてある羽根ペンに目がいった。というより、凶器になりそうな物を探したら羽根ペンに視線がたどり着いたという方が正しい。
「試してみるか......」
興味本位と言うか、少しでも魔術っぽいモノを見てみたかったと言うか、自分は一般人よりは優れているのだ、特別なのだとそう思いたかった。
「だ、大丈夫だ......ちょっと刺すだけ、どうせすぐに治る…………んだよな」
ちょっとだけの恐怖を、好奇心が呑み込んだ。
右手で羽根ペンを握り、左の前腕に先端を向ける。
そして意を決して――
「――ッ!?痛ってぇ!」
しかし、見た。
ペンが引き抜かれ、赤いそれが見えた瞬間、傷口は一瞬にして跡形も残さず消えてなくなった。跡のひとつも残っていない。
「おお!すげぇ!も、もう一回......」
今度はさらに深く、突き刺す。
「――ぎっ」
予想より痛みが強くて顔を顰める。
だが明らかにさっきより深い傷が、目にも止まらぬ速さで修復されてしまった。
「すげぇ、すげぇ!」
そこからは何だか嬉しくなってきて、もう一回、もう一回と腕に羽根ペンを突き刺した。痛みも一瞬なため、歯止めというものが効かなかったのかもしれない。
およそ十数回目、羽根ペンを持つ手を振り上げたその時だった。
「あ、あのぉ......」
不意に飛び込んできた女性の声に身体をびくつかせる。
視線を移すと、そこにはメイド服を着た少女が立っていた。綺麗な空色の髪が腰あたりまで伸びていて、同様に瞳も美しい青色だ。しかしその目は酷く脅えている。完全に変質者を見るそれだ。
「あ、えぇと、これは違くて......」
「ヒィっ!?」
喋るだけでこの反応。如何にユウに対して恐怖を抱いているかが分かる。
まずい、と思った。腕を刺すのに夢中で気が付かなかった。完全にキチガイだと思われてる。笑顔で腕をさしまくってたらそりゃそうか。
「あ、これは天恵を確認してただけで......」
「て、天恵ですか......?」
説明して誤解を解こうと思ったが、しかしやめた。なんでこんな奴に一々気を使わなきゃならない。
「あの、なんか用......?」
「あ!え、えと、お食事の用意といくつかの連絡事項をお伝えしに参りました!」
「あ、そう。ご苦労さま」
「は、はい!」
すると彼女はワゴンを使って料理を室内に運び込んで来た。
部屋中に食欲をそそる、いい香りが漂う。そう言えば丁度腹が減っていたところだった。
テーブルに並べられた食事を見て唾を飲み込んだ。かなり待遇が良さそうだったので期待していたが、期待通り美味そうなメニューだ。
「き、季節の野菜と魚介を使ったベース......スープと、オ、オーヴェン?牛の煮込み、え、えっと......、とととっても美味しいお料理です!」
雑な料理の紹介にユウはズッコケそうになる。最後なんて完全に料理名忘れていただろう。ユウとしては正直美味ければ何でもいいのだが。
さっそく料理に手をつけた。
まずはスープ。思ったよりあっさりした味わいだが、野菜や魚介の旨みがしっかりと出ていていい味だ。あったかいスープが全身に広がり疲れを吹き飛ばしてるみたいだ。
肉を食べたら驚いた。これは完全に牛肉の味だ。それも超絶品。先程メイドが牛をどうこう言っていたが、本当にこの世界にも牛が存在しているのかも知れない。
ユウは豪勢な料理をひと口ひと口感動しながら味わっていたが、ついに気になって尋ねた。
「あの、いつまでいるの?ずっと見られてると食べずらいんだけど」
「へぁ、す、すみません......!まだお伝えしていないことがいくつかありまして......」
メイドはユウが食事している中、ずっと後ろに張り付いていた。これじゃあ落ち着いて食事も出来やしない。
「なに?伝えることって......?」
「は、はい!え、ええっと............あ、あれ?」
お次は体中のあちこちを触って何かを探し始めた。多分メモ書きかなんかを探しているのだと思う。
しかし何だこの使えないメイドは、とユウは思う。緊張しているのか知らないが、さっきからもじもじオドオド、見ていてイライラする奴だ。こんな調子じゃそのうち熱湯でもひっかけられそうだ。
仕方がない。
「落ち着いて。緊張しているのかもしれないけど、ゆっくりでいいから……ね」
ユウは途端に声を柔らかくし、優しい笑顔を作った。
「............は、はい」
「君、名前は?」
「あ、ソ、ソフィア......です!アマミヤ様の専属使用人を担当させていただくことになりました!」
ユウがこの顔をすれば、大抵のやつは驚いた後にホッとした顔をする。最初の印象とのギャップだろうか。自分自身の為とはいえ、一々こんな笑顔を作らなきゃいけないなんて、本当に面倒だと思う。
「ユウでいいよソフィア。それで、探し物は見つかった?」
「え、ははい!」
とろくせぇ奴だなさっさと出てけよ、と心の中で舌打ちする。
「え、えと......明日の日程についてです。皆様にはすぐにでも力をつけて頂きたいので、明日の午後より訓練を受けて頂きます」
「訓練……」
ユウは顔を引き攣らせた。
ユウの運動神経は平均くらいだが、部活やスポーツをやってたわけじゃないし、いきなり訓練だなんて正直気が引ける。
「訓練の内容は魔術や初歩鍛錬のようです」
「魔術って、火とか水とかの天恵がない俺は使えないんじゃ」
「……?いえ、魔術は適性が無くても使えますよ」
「......え?」
ユウはとんだ思い違いをしていた。
「ええ!?使えんの!?」
驚きのあまり、ソフィアの手を取り詰め寄った。
一神達の天恵には〈魔術親和〉や〈火天〉〈水天〉の様な魔術適性があったから、てっきりその天恵がない自分は魔術を使えないのだとばかり思っていた。
「それホント!?」
「あ、あわわ......は、はいぃ」
「あぁ、ごめん」
顔を真っ赤に染めるソフィアに気づき、手を離す。
「そ、それで?本当に俺も魔術を使えるの?」
「は、はい。この世界で魔術が使えない人はそうそういません。マナさえあれば練習次第で何かしらの魔術が扱えるものです。天恵による魔術適性とは、あくまでその属性魔術を上手く扱えるかどうかという、一種の才能の様なもので......それに鍛錬次第で天恵とは異なる魔術の才能が開花することもあると聞きますから……」
「なるほど、つまり鍛錬すれば俺にも魔術が......」
何だか嬉しくなってきて、再びソフィアの手を取った。
「ありがとうソフィア!君のおかげで希望が見えたよ!」
「ふぇえ!?い、いいえ、そんな!私は何も......」
ソフィアの顔がまたしても赤く染まる。わかりやすい奴だと思う。
しかし魔術か。どんな感じなのだろう。一神達に比べたら当然しょぼいのかも知れないが、それでも魔術が使えるというだけでワクワクするものだ。生きていればたまにはいいこともあるらしい。
そうしてユウがはしゃいでいると、
「あ、あの......!ありがとうございます!」
「え?なんで君がお礼......?」
「そ、その......私って、すごくドン臭くて。こんな使えない私に優しく接してくれた方、初めてで......う、嬉しくて」
ああなるほどと、ユウは少しこの女を理解した。恐らく彼女はドジでノロマで、この城の中でも使えないメイドだったんだろう。それでいつも怒られてばかり、周りから疎まれていたに違いない。そういう奴はきっと優しさとかそういうものに慣れてない、飢えてるんだ。
なるほどな。心の中でニヤリと笑った。
続けてユウはソフィアの肩に優しく手を置いて、
「そんなことない、ソフィアは使えなくなんかないよ。だって君はこんなに優しいじゃないか。君みたいないい子が俺の専属メイドで本当に良かったよ」
完璧な笑顔でそう言った。
「............あ、ああああありがとうございますぅ!!」
ソフィアは泣きそうな顔で礼を言う。思った通り、チョロい奴。今は一人でも多く味方を作っておきたい。こんなポンコツメイドでも、居ないよりはましと思う。




