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22.約束

 王都南区中央に位置する噴水公園。

 公園の噴水の天使像からは今も止めどなく聖水が吹き続けている。この聖水が街中の水路を巡り、空気の汚染を浄化し魔獣等を寄せ付けぬよう働いているのだ。

 噴水前でユウは両腕を組んで小さく貧乏ゆすりしながら彼女を待った。

 まだこないのか。そう思った矢先、少し離れた場所から少女の声が飛んできた。


「ユウさん」


 白いうさ耳リボンを頭の上に引っ付けて、桜色の綺麗な髪を靡かせながらマレが駆けてきた。

 マレとは今日この時間、この噴水公園で待ち合わせをしていたのだ。目的は昨日の約束通り武具や物資の調達だ。自分から呼び出しておいて遅れるなんて、とユウは少しイライラしていた。


「お待たせしてすみません。では行きましょう。こっちです」


 マレと並んで鮮やかな王都の街並みを歩いた。

 ユウは横目にジッと彼女を見る。

 昨日一昨日は旅人の装衣だったが、今日は私服のようだ。フリル付きの白いブラウスに赤いチェックのミニスカート、洒落たブーツ、加えて今日は髪をポニーテールに結んでいる。相変わらずなのは頭に生やす様にくっ付けた兎耳リボンだけだ。

 昨日一緒に依頼をこなしたことで、彼女の人となりがある程度理解出来たように思う。押しに弱く情に脆い、お人好しの偽善者タイプ。ユウの一番嫌いな人間だ。しかしこういう奴らは扱いやすい。少し煽てておけばこちらのメリットになる。この女を利用すると決めたのだから、徹底的に使い古してやる。

 ユウは笑顔を作り彼女へ向けた。


「その服、とっても可愛いね」

「へ……!?そ、そうですか……?」

「うん。それに髪型も、大人っぽくて凄く似合ってるよ」

「う、嬉しいです……気づいてくださるなんて……」


 昨日と全然違うのに気が付かない奴なんていないだろ、と思う。

 しかし昨日一昨日、そして今日。彼女の様子を見るに一番のお気に入りはやっぱり頭のリボンなんだろうと思う。


「でもやっぱり、マレに一番似合うのはそのリボンだよね」

「え?ほ、本当ですか?」

「うん、本当に素敵だと思う。寧ろそれがないとマレって感じがしないよ」


 ユウがハハッと冗談交じりに笑うと、マレは頬を赤らめながらどこか儚げに笑った。


「ありがとう、ございます……とっても嬉しいです」


 少しユウが思ってた反応と違ったが、喜んではいるみたいだ。

 こうして今の内に信頼を得ておけば、迷宮探索の報酬で揉めることも無いだろう。彼女の性格を見るに、あわよくば自分の取り分を増やすこだって出来そうだ。


「ありました。あそこです」


 マレが指をさす先にあったのは古びた外装の小さな武具店だった。

 扉上部に吊るされた店看板にはラハッド武器防具店と書かれてある。


「ここは私の友人に教えて貰ったお店なんです。小さなお店ですけど、店主さんが凄くいい人で、武具の質も良いものばかりと評判なんです。私も以前ここでナイフを購入したんですよ」

「へ〜」


 マレに連れられ中へ入るとツルッパゲのちょび髭親父が、らっしゃいと厚みのある声を飛ばした。

 店内には古びた木の匂いが静かに香る、落ち着いた雰囲気。並べ置かれた棚に様々な武器や防具が並んでいる。日本人のユウの目には見慣れない光景で、少しだけ興奮した。


「これなんてどうですか!」


 はしゃいだ声でマレが指さしたのは、鈍色に光る全身鎧だった。

 すげー、ゲームでしか見たことねえ。と思ったが、こんなものを着て戦ってる自分の姿が想像出来ない。今のユウは身体能力が異次元に向上しているし、動けないってことは無いだろうが、動きづらさはあるだろう。それにこれじゃ背中が痒くなっても掻けやしない。


「鎧はいいよ……出来れば機動力を活かせる軽装がいいかな」

「そ、そうですか……」


 何故かマレは残念そうに肩を落とした。しかしすぐさま復活すると壁際の武器棚を眺め、その内の一つを手に取った。


「これ!これなんていいんじゃないですか!?」


 マレが勧めてきたのは刃渡り二十センチの短剣だった。


「ユウさんが使ってた短剣、壊れちゃいましたからね。これなら同じくらいのサイズで、お値段も手頃ですよ」

「短剣か……実を言うと今日は片手剣を見たかったんだ」

「え、そうなんですか?」

「うん、元々は片手剣を使ってたんだけど無くしちゃって。仕方なく短剣を使ってたんだ」

「なんだそうだったんですね!じゃあ……」


 マレは短剣を元の位置に戻すと、人差し指でなぞる様に物見したあと、


「あ!これなんて良さそうじゃないですか?」


 ちょっと重たげな動作で棚から剣を下ろす。

 その剣は刃渡り八十センチほどの片手直剣だった。


「ちょっといい?」


 そう言ってユウはマレから剣を受け取り右手に握って刀身をじっと見つめた。

 以前使っていた剣より芯が太く、ずっしりと重い。重心バランスもいい。握りは動物皮を巻いて滑り止めにしてある。全体的なデザインは派手過ぎず地味過ぎない。金の柄と、鍔の間中には青鉄に金十字の紋様が彫られている。何となく騎士の剣って感じだ。

 軽く振ってみると、いい具合にフィットする感覚だ。良質な剣とは握っただけである程度わかるらしい。


「確かにいいかも……」

「良かったです!」


 マレは嬉しそうに顔の前で手を合わた。

 すると店主が得意げな顔で寄ってきて言う。


「ほ〜こいつを選ぶとはお目が高い。質がいい上に値段も手頃の一級品さ。知り合いの鍛冶師が打った剣でな、オウダシンとカーマン鉱石の合金で出来てる。この二つは混ぜるのがすんごく難しくてな、並の鍛冶師じゃ打てねえのよ。だが強度や斬れ味は言うまでもなくこの店でもかなり上級クラスの剣さ。いい目をしてるな嬢ちゃん」

「えへへ、実は以前ここで短剣を購入した際、この鍛冶師さんの武器は質がいいって友人に教えてもらって……」

「ほう、随分目利きの出来る友達だな」

「そうなんです。凄く名の知れた鑑定士さんなんですよ」


 二人は勝手に盛りあがっている。

 その傍らで、ユウはこの剣の商品プレートに目を向けて口をぎゅっと噤んだ。


 ――――――――――――――――――――――

 剣名:サンクレイヴ

 素材:合金(オウダシン・カーマン鉱石)

 作者:ガメルタ・ジェイム


 金貨4枚 40,000メリル

 ――――――――――――――――――――――


 ユウは懐から薄汚れた麻袋を取り出し中を覗き込む。

 銀貨が八枚、その他端数。

 ふざけるな、こんなもの買えるわけがないだろう。

 買い物の前から薄々勘づいてはいたが、やっぱり金が全然足りない。

 もはやこの剣を買う雰囲気で話が進んでいるし、誠に言いづらいことだが致し方ない。

 ユウは右手を小さく挙げて言った。


「ごめんマレ、お金足りない」


 声も出さず、マレとおっさんは「えっ?」て感じでこっちを見た。

 数秒後にマレがやっと言葉の意味を理解して喋った。


「え、い、今いくらお持ちなんですか?」

「8000メリル……銀貨八枚くらい、かな」

「ええ〜!?そ、それじゃあ剣どころか他のものだって買えませんよ!?」


 そんなこと、大声で言われなくたって分かってるよしょうがないじゃないか。と言いたいがぐっとこらえる。


「はぁ……ごめんマレ。もっと早く言えばよかった」

「い、いえこちらこそ……」

「仕方ないし、今回は諦めて必要最低限の買い物だけ済ませよう」


 そう言ってユウが肩を落すと、マレが「んん〜」と何か考えた様に顔を顰め、そしてそのあと。


「わ、わかりました……ではこの剣、私が買います!」


 気合いが入った声で宣言した。


「え、マレ?ちょっとまて」


 ユウは彼女が何を言ってるのかよく分からなくて引き止めるが、


「店主さん、これ売ってください!」

「え、あぁ、おお。俺は構わねぇが」


 マレは店主に金貨四枚を手渡し、半ば強引に剣を購入した。

 その様子を見ながら、ユウは呆気にとられ何も言えなかった。


「マ、マレ……いったいどういう」

「ユウさんには昨日助けてもらいましたから、これくらいはさせて下さい。それに、私のせいでユウさんのナイフも壊れちゃいましたから」

「だからって、何もそこまでしなくても」

「いえ、これでも足りないくらいですよ。それに、この剣があれば迷宮探索もより安全になりますし、先行投資ですよ先行投資!」


 マレは屈託のない顔で笑う。


 ――こいつ、バカなのか?


 彼女の考えがまるで読めない。どうしても裏になにかあると勘ぐってしまう。こんな上手い話があるはずない。

 だけれども。


 ――わかったよ。どういうつもりか知らないが、お前がその気ならとことん乗ってやる。使い物にならなくなるまでな。


 ユウはまたマレの手を掴み取り、優しい笑顔を作り上げた。


「ありがとうマレ。君は絶対に俺が守ってみせる」

「……ぁ……その、ありがとう……ございます」


 マレは真っ赤な顔でそっぽを向いた。

 そんな彼女を見つめながら、ユウは心の中でほくそ笑んだ。


 それからしばらく買い物は続いた。

 人混みの中を歩きながら、マレはくしゃくしゃになったメモ用紙を見つめて唸る。


「え〜と、鞄にランプにボトル……ナイフに包帯と傷薬、えっとそれから……」


 ここまで買い揃えた物を合計すると、金貨一枚と銀貨五枚にのぼる。その内の銀貨五枚はユウが出したが、残りは全てマレが支払っている。彼女がいなければ買い物なんて出来なかっただろう。

 しかしながら。


 ――利用してやるとは言ったけど、普通ここまでするか。出会ってまだ三日目だぞ。


 マレのお人好し具合に恐怖すら憶える。もはや何か裏がなければ辻褄が合わないところまできている。


「次は服を揃えましょう。事前情報ですと迷宮内の気候はそこまで寒冷では無さそうですが、何があるかわかりませんし替えの服と毛布も準備しておいた方がいいですね。以前友人に紹介してもらった格安の衣類店がありますので私がご案内します。そこまで費用はかからないと思いますから、今回ユウさんの分は私が負担しますね」

「ああ、助かるよ」

「いえ!これも迷宮探索のためですから!」

「…………なあマレ、どうしてそんなに金持ってるんだ?傭兵になったのだって最近の話なんだろ?それもE級だし」

「はい。傭兵としての稼ぎは今のところ薄いですけど、王都に来る前に村で貯めていた貯金がありますので」

「へー、どこの村?」


 と聞いてもわかりゃしないが、ただ何となく反射で尋ねてしまった。


「ウッズベーラです。そこではしばらく薬屋のお仕事をしてました。ですので薬草などにはちょっと詳しいんですよ」


 マレは人差し指をたてて自慢げに言う。


「じゃあ、その村から傭兵になる為にわざわざここまで?」

「はい。子供の頃からの夢でしたから、お金が貯まったら王都に上って傭兵になろうと決めてたんです。こんなにパーティーを組むのが大変だとは思ってませんでしたけど……」


 マレは眉をひそめて乾いたように笑う。

 するとそんな時、隣を歩くマレの肩が前から来た知らない大男にぶつかった。


「あっ、すみません」


 慌てて謝るマレ。

 対する男は顔を顰めて睨みつけ、


「てめえどこ見てっ――!?」


 と言い切る前に表情を変えた。

 マレの可憐な姿を見た途端、身長二メートルはある巨漢の目付きは変わり果て、頬はほんのり赤みを帯び、隠し切れぬ動揺が顕となる。

 ユウはこの大男を見てもしやと思う。そしてよく顔を見てやっぱりそうだと確信した。

 この男は以前ギルドでパーティーメンバーを探していた際、ユウを散々馬鹿にしてきた男だ。最後には斬るか斬られるかのところまで行く既だった。

 男は頭をボリボリ掻きながら、明らかにマレに好意ありげな雰囲気で言う。


「い、いやいや……その、こっちこそ前を見てなくて悪かったな」

「いえ、私もよそ見してて……申し訳ありません」

「いひゃあ良いってことよっ、それよりき、君……名前は」

「え?私ですか?マレって言います」

「マ、マレちゃんか……!そ、そうかそうか……俺はオルドラゴって言うんだ。きょ、今日はこんなところで何を」


 オルドラゴと名乗る巨漢はユウの存在には目もくれず、ぎこちない様子で話を長引かせる。彼女の気を引きたいのだろう。しかしオルドラゴとマレの反応を見るに、二人の繋がりは薄そうだ。以前はマレがこの男が送り込んだスパイなんじゃないかと疑っていたが、やはり杞憂だったらしい。


「え〜とその、今日は傭兵のお仕事で使う道具や物資の調達に」

「よ、傭兵!マレちゃん傭兵だったのか……実を言うと俺も傭兵なんだ!偶然だなぁ……!」


 長々と引き伸ばされる話に少し辟易したユウはマレと男の間に割って入った。


「あの、そろそろいいですか?」

「ああ?なんだてめっておあぁ!?て、てめぇはあの時の……!?」


 オルドラゴはユウのことを思い出したようだった。


「俺たち買い物してるので、邪魔しないでもらっていいですか?」

「かっ、かかか買い物っておまっまさかっ……」


 ユウには懸念があった。それは、


「この子っ、マレちゃんとパーティー組んでるわけじゃねぇだろうな……!?」


 ちっ、と心の中で舌打ちする。面倒なことになりそうな予感だった。

 そっぽ向いて何も答えないユウを見て確信したのか、オルドラゴはマレに詰め寄った。


「マ、マレちゃん、こんな雑魚と組むなら俺のパーティーに来いよ!俺はA級の傭兵、稼ぎも待遇もそいつとは大違いだぜ!」


 ほら来たよ、とユウは思う。これが嫌だったのだ。もしもマレをこの男に取られでもしたら、迷宮探索依頼は受けられない。また振り出しに戻ることになる。


 ――ちっ、くそが余計なことしやがって。しかしよりによってA級とはな……こりゃマレも


「すみません、お断りします」


 きっぱりと、マレはオルドラゴの誘いを断った。

 オルドラゴはぽかんと口を開けたまま立ち尽くしている。


「私はこちらの、ユウさんとパーティーを組んでいるので」


 そう言ってマレはユウの手を掴み、


「行きましょうユウさん」


 小声でそう言った。

 マレは呆気にとられるユウの手を引く。そして二人は人混みの中へと消えた。


 夕暮れの斜陽の中、少し前を歩くマレが大きく伸びをした。


「いや〜いっぱい歩いたのでちょっと疲れましたね。でも必要なものは買い揃えられたので良かったです。それに、ユウさんと色んなお店を回れたので楽しかったです」


 振り向きざまにマレが笑う。

 夕日で赤く照らされた彼女のその朗らかな表情は、あいつら同様に嘘や悪意なんて微塵も感じさせない。

 だがユウは知っていた。こういう奴らは自分の心内にある醜い本性に気づきもしてないのだ。だから嘘も演技も無く、純粋な気持ちで人を騙すことが出来る。いざとなればその本性は顔を出し、容赦なく他人を傷つける。


 ――俺はもう騙されねえ。お前らを騙すのは俺だ。


 ユウは固く拳を握り、あの日の誓いを思い返す。依頼さえ終われば、彼女とはおさらばだ。それまでは上手く取り入り利用する必要がある。

 するとマレは突然立ち止まった。


「ユウさん」

「どうしたマレ」

「いよいよ明日ですね、迷宮探索」


 彼女のまっすぐな瞳が夕日で照らされ赤く染っている。

 この目だ。この目を見ていると無性にイライラする。


「ああ、そうだね。必ず成功させよう。俺たちなら出来るよ」

「はい。私たちなら大丈夫、ですよね……」


 マレのその瞳からは不安が覗く。

 そんな彼女は徐に右手小指を差し出した。


「なに?」


 ユウが尋ねると、マレは小さく笑った。


「約束です。絶対にまた、二人でここへ帰ってきましょう」


 不安を隠すように、彼女は笑っている。

 その笑みを見つめながら、ユウは胸の奥に滲む痛みを握り潰した。


「ああ、約束だ」


 偽りの表情を浮かべ、ユウは彼女の小さな指に触れた。




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