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21.初依頼

 翌日早朝のギルド内酒場は人が少なくて、思ったよりもゆったりと席に座ることが出来た。

 酒場で注文したホットミルクから今も湯気が立ち上っている。


「ええ!?迷宮に挑むんですか!?」


 マレの声が酒場内に響く。

 周囲の視線が集まったのを感じたのか、マレは慌てて口元を押えて小さくなった。


「す、すみません……ですけどその、本当に迷宮に……?」

「ええ、話を聞いてたんじゃ無かったんですか?」

「い、いえ……仲間をお探しだとしか……」

「でなければパーティーなんて組まないですよ」


 正直こんな昨日知り合ったばかりの女と期間限定とはいえ行動を共にするのだって嫌だ。


「で、でも私……迷宮どころか魔獣とすら戦ったことないんですよ……?」

「え、ほんとに?それでよく傭兵なんてやってますね……」

「す、すみません……」


 ユウだってそんなに経験豊富ってわけじゃないが、まったくのゼロでもない。城での訓練もあって魔獣などの脅威に対してはある程度の耐性がある。しかし彼女は魔獣との戦闘経験が皆無。足手まといは必至だ。


 ――ちっ、多少は経験があるもんだと思ってたのに……こいつ本当に無能なんだな。そりゃ誰もパーティーに欲しがらないわけだ。


「でも流石にいきなり迷宮探索に挑むのはどうんでしょう……」

「諦めろってことですか?」

「い、いえ……ですがちょっと段階を飛ばし過ぎな気がして」

「段階を飛ばせるからいいんじゃないですか。僕らみたいな初心者は高難度高報酬の依頼を受けられない。迷宮探索の依頼なんて以ての外だ。それが今回たまたま受注条件の緩い迷宮の依頼があったんだ。これを利用しない手はない。この依頼で手柄をあげられれば高額報酬だけじゃなく階級アップも見込める。マレさんにとっても悪い話じゃないでしょう」

「た、確かに……!」


 彼女の頭に着いた兎耳のリボンがピンと動いた。

 案外ちょろいな、とユウは思う。


「しかし、いきなり迷宮に挑むというのもリスクが高いのは事実。互いに迷宮探索に挑むのは初めてですし、俺に至っては傭兵としての依頼もこれが初だ。まだお互いのこともよくわかってないし、上手く連携が取れるとも思えない」


 ユウは人差し指を立てて提案した。


「よければ一度、何か依頼を一緒に受けてみませんか?」

「依頼ですか……いいですねそれ!」


 ユウからすればこの女が迷宮内で死のうが何だろうがどうだっていい。だが足手まといになるのだけは困る。それに依頼を熟すのもまだ未経験。一度依頼の受注から完了までの流れを実践してみたかったし、この女の実力も見ておけるので丁度いい。

 二人は注文してたホットミルクを飲み干し、ギルド一階の依頼掲示板の前へと向かった。

 掲示板には今日も沢山の依頼書が貼られている。


「これなんてどうですか?」


 そう言ってマレが依頼書の一つを手に取った。


 ――――――――――――――――――――


【調達依頼】月治草の調達 E級


 依頼地:王都フェルマニス

 依頼主:バーケッド薬品店

 依頼詳細:先月同様、月治草の調達納品を依頼したい。月治草はパケルの丘の頂上付近に原生している。付近には魔獣の出没が確認されている。くれぐれも注意されよ。


 受注条件

 ・E級傭兵一名以上


 報酬

 ・銀貨三枚

 ・ムーンディスペル薬三個


 備考:月治草は根から綺麗に引き抜くこと


 ――――――――――――――――――――


 依頼書を見てユウは唸る。

 依頼自体は簡単そうだが何だかパッとしない。それにパケルの丘なんて言われても。

 するとマレが答えてくれた。


「パケルの丘は王都を出て少し西に向かった先にあります。そんなに遠く無いですし、以前私もそこで薬草採取をしたことがありますので、すぐに終わると思います」

「ほんとですか?ならこれにしましょう」

「決まりですね。さっそく受付に持っていきましょう!」


 マレは依頼書を持ったまま無邪気に受付嬢の元まで走っていった。その後を追いながら、ユウは彼女の背中を睨みつける。

 今のところ彼女がボロを出す様子は無い。なんなら良い奴に見えると言っていい。だがそういう人間がユウは一番信用ならない。彼女もどうせ醜い本性を隠してるに決まってる。常に警戒し続けなければ。


「はい。ではこちらの調達依頼を承りました。マレ様、ユウ様、どうぞお気をつけて行ってらっしゃい」


 依頼書を提出すると、受付嬢は笑顔で二人を送り出した。これで依頼の受注は完了だ。


 *


 時刻は午前十時、天気は雲ひとつない快晴だった。

 乗り込んだ馬車は舗装もされていない野道をゆったりと進む。

 運が良かった。王都南門を抜けたところで丁度西街に向かう予定の馬車に乗せてもらうことが出来たのだ。徒歩なら二時間以上かかる予定だったが、これなら三十分で着く。こんな時にはマレの愛嬌と顔の良さも役に立つらしい。

 ユウは馬車の荷台の壁にもたれて目を閉じた。

 カタカタと揺れる馬車の音、風にざわめく草花の香り、どこからか聞こえる野鳥の鳴き声。

 気持ちがいい。こんな天気のいい日には、草原の広がる野道で馬車にゆられるのも悪くない。

 向かいに座るマレが言った。


「ほんと、ラッキーでしたね。まさか馬車に乗せてもらえるなんて」

「そーですね」

「でもいずれは私達の自前の馬で任務を熟さなきゃですよ」

「馬……確かに毎度馬車に乗せてもらえるわけじゃないし、必要ですね……」


 馬や馬車はいずれ手に入れればいいと考えていたが、傭兵の仕事を継続するなら早い内に手に入れなければ困ったことになりそうだ。


「よければ今度馬を見に行きませんか?王都内にも馬商店があったはずです。と言ってもまだ馬や馬車を買えるお金は貯まってないんですけど」


 マレはえへへと笑う。

 流石に馬や馬車を買うとなると、それなりに大金が必要になってくるだろう。


「馬もいいですど、俺としては服や装備を先に見ておきたいですね。迷宮に挑む前に必要な道具なども買い揃えておかないと」


 ユウは金も無いが装備もない。迷宮内がどのような場所かもいまいち把握出来ていないし、準備不足で痛い目を見るのは避けたい。


「いいですね!では明日、買い物に行きませんか?私これでも王都で有名な武器屋や雑貨店を色々知ってますので……!ユウさんの装備も見繕いますよ!」

「えーと、」


 ユウは顔を引き攣らせた。

 買い物には行こうと思っていた。だが他人となんて絶対行きたくない。けれど実際にユウは服屋も武具屋も雑貨屋も知らない。前回の買い物は惨敗に終わったわけだし、物価も買い物のセオリーも知らないわけだから、それらを誰かに教えてもらえるのならこの上無い話ではある。

 どうせこの女とは迷宮探索の依頼が終わるまでは嫌でも関わらなければならないのだし、メリットがあるのなら一緒に買い物に行くくらいは良しとするしかない。


「あの、嫌でしたか……?」


 ユウの引き攣った顔を見て、マレが眉をひそめた。


「いえ、以前買い物をしたときの失敗を思い出してしまって。マレさんがよければ、是非一緒にお願いできますか?」

「……ええ!もちんです!」


 マレは安心したように笑った。


「それにしてもユウさん、昨日も言いましたけどマレさんはやめてください。気軽にマレって呼んでください。敬語も禁止です。私たちはパーティーなんですよ?」

「え?でも君も敬語じゃ」

「私のこれは癖なのでへーきです」


 どういう理屈だよ、とユウは思ったが面倒なので無視することにした。


「じゃあマレ、改めてよろしくね」


 ユウがそう言うと、マレの頭のうさ耳リボンがピンと立った。


「ええ、よろしくお願いします!」


 どうやって動かしてんだこいつ、と思ったがユウは何も言わなかった。

 するとそんな時、御者台から馬車主のおっさんが声を掛けてきた。


「おーいお二人さん、そろそろパケルの丘に着く頃だぞ」

「はーい、ありがとうございます」

「いんや〜しかし、恋人二人で傭兵稼業なんて羨ましいねえ」

「ほえっ、あっ、えっ」


 素っ頓狂な声を上げたマレの顔が見る間に赤く染まっていく。


「いや〜おっちゃんも若い頃は傭兵に憧れを抱いたもんさ。世界を股に掛け冒険し、信頼出来る仲間と共に苦難を乗り越える。その中で芽ばえる恋……なーんつってな!はははっ!」

「あの、ち、違いますっ、私達は別に恋人じゃ………!」

「んあ?なんだいそうなのかい?そりゃすまねえな。えらくお似合いに見えたもんだから」

「いやいやっ、そんなっ、ちち違いますって!」


 マレが手をブンブン振って否定する。


 ――おいやめろ。そんなに否定すると俺が可哀想な奴になるだろ。俺が普通の人間ならダメージを負うところだぞ。


 そうこうバカをやってる内に、馬車はパケルの丘の前へとやって来た。


「ありがとうございまーす……!」


 マレが去りゆく馬車に手を振り見送った。


「さて、行きますか」


 そう言って見上げたパケルの丘。

 標高が低く緩やかな傾斜。丘の下部には草木が生い茂っているが、頂上付近は大きく開けた草原になっている。月治草があるとしたら、あの頂上付近だろう。

 さっそく丘に踏み入り雑木林を掻き分けて進んでいく。

 生い茂る木々の根っこと泥濘で少し足場が不安定だ。


「ここ、足場が悪いから気をつけて」

「はい、でも大丈夫です。私だってこのくらいは慣れっこでひゃっ」


 忠告二秒後に足を滑らせたマレ。

 その手をすかさずキャッチする。

 何とか転ばずに耐えたマレを上手く引っ張りあげる。


「大丈夫?」

「は、はい……すみません」


 マレは顔を赤くして視線を逸らし、しりすぼみな声でそう言った。

 それから少し歩くと、ようやく頂上付近の開けた草原地に辿り着いた。


「月治草があるとすればこの先ですね」

「……わざわざこんな面倒な場所に生えてるなんて」

「月治草は太陽ではなく月の光によって成長しますから、月明かりがよく通る開けた高台に原生しやすいんです」

「ただの薬草採取にここまで手間がかかるとはね……」

「だから薬師さん達も私達傭兵を頼るんですよ」


 確かに、薬の開発やら販売やらをしながら、材料の採取なんてやってられるはずも無い。


「月治草って確か治療薬になるんだよね?」

「ええ、ムーンディスペル薬の主な材料ですね」

「それって何の薬なの?」


 月治草については城での授業で少し教わった気がするが、詳しいことは忘れてしまった。


「ムーンディスペル薬は主に解毒や軽度の呪いを払うことが出来ると言われてます。私も実際に使ったことは無いので詳しくはありませんが」

「へ〜」

「確か今回の報酬でムーンディスペル薬が少し貰えたはずです。よかったですね」


 呪いか、と思う。

 城の図書館でも幾つか呪いに関する文献を目にしたが、やはり実際に存在するみたいだ。

 ユウの体質上、毒は効かないが呪いは効くかもしれない。その薬を貰っておいて損は無さそうだ。


「あ……!見てください!」


 突然マレが声を上げて指をさした。

 その先で風に揺られる草原。


「ありましたよ!月治草です!」

「ああ……ほんとだ」


 適当に相槌を打つが、どれのことかは全然わかってない。

 マレが小走りで駆けていき、膝を着いてしゃがみ込んだ。

 ユウは後ろからそれを覗き込む。

 そこには周囲の雑草より少しだけ背の高い植物が生えていた。その植物の葉は綺麗な三日月型をしていて、多分これが月治草なんだろうと思わせる見た目をしている。


「おお〜これが……」

「やりましたねユウさん!」


 マレが月治草を根元から丁寧に引っこ抜く。


「月治草は葉と根の部分が薬の材料になりますので、千切れないよう上手に引き抜くのがポイントです」


 そういえば依頼書の詳細にそんなことが書いてあったような。


「依頼の納品数は五十本以上とありましたので、他も探しましょう」


 周囲を見渡せば同じように少し背丈の高い草が生えている。多分これら殆どが月治草だろう。五十本なんて余裕で回収できる。

 マレが鞄から取り出した布切れに、手に取った月治草を包んで仕舞った。


「さ、どんどんいきますよ!」


 マレが張り切って拳を掲げた。

 そんな時だった。

 ユウの直感が周囲から複数のマナの気配と殺気を感じ取った。


「魔獣だ……」

「へ?」


 ユウは直ぐに腰に取り付けていたナイフを抜き、マレを庇うように背に隠す。


「俺から離れないで」

「えっ、えっ?」


 マレは未だに状況が理解出来ていない。恐らくこのマナも殺気も感じ取れていないのだろう。

 少しの間周囲を警戒していると、二人を取り囲むようにゆっくりと狼型魔獣が姿を現し近づいてきた。

 真っ赤な瞳に灰被りの様なくすんだ色の荒々しい毛並み。牙を剥き出しにして躙り寄ってくる。


 ――全部で四匹……このボロナイフで戦えんのか……?


 盗賊から奪ったボロっちいナイフが鈍く光る。


「ユ、ユウさん……」


 背中に隠したマレが震えた手でユウの背中にしがみつく。

 そんな彼女を横目に見ながら思う。


 ――恐怖で動けそうもないか……邪魔だ。


 だが、ここでこの女に死なれては困る。

 ユウは握ったナイフを逆手に持ち、ギュッと拳に力を入れる。

 一匹の狼が吠えた。

 その瞬間、全方位から四匹同時に飛び掛ってきた。

 ユウは前方の狼に回し蹴りを叩き込みつつ、その流れで右から来た狼の頭部にナイフを突き刺し振り回した。

 ナイフごと振り回された狼の身体が、他二匹の狼を上手く弾き飛ばした。

 甲高い鳴き声を上げて狼達が数メートル転がった先で体勢を整える。

 ユウはナイフに突き刺さった狼を無造作に投げ捨てるように地面に転がし、狼達に向き直った。

 初撃で蹴り飛ばした狼は首が折れて死んだ。蹴った時の感触とマナの気配で見るまでもなくわかる。

 残りは目の前の二匹だけ。


 ――楽勝だぜ。


 ユウは笑みを浮かべながらナイフの血を払い除ける。

 その威圧感に狼二匹がたじろいでいる。しかし所詮は獣。実力差も現状も理解出来ず、ただ飛び込む他なかった。

 再び二匹の波状攻撃が襲い来る。


「ふっ――!」


 振るったナイフが先頭の狼の首筋を切り開き、続く二匹目の頭蓋に――。

 その瞬間パキンッと音を立ててナイフが根元からへし折れた。タダでさえガタが来たナイフだ。強力なマナを持つ魔獣の皮膚や頭蓋を幾度も貫ける強度は残っていなかった。

 狼の牙がユウの顔面に向かう。


「――っ!」


 しかし飛び込んできた狼をユウは軽々と裏拳で弾き飛ばした。

 また甲高い鳴き声で狼が地面を転がる。

 その先で身体を震わせながら何とか立ち上がろうと試みる狼に、ユウは無情にも掌を向けた。


「マナブラスト」


 放出されたマナが地面を真っ直ぐに抉り狼を粉々に打ち砕いた。


 ――よし……今回はかなり威力を抑えられたぞ……。


 少しずつだがコントロールが効くようになってきた。

 ユウはすぐに振り返りマレを見た。

 彼女はぽかんと間の抜けた表情を浮かべただ立ち尽くしている。


「マレ、怪我とかしてないか?」


 そう言ってユウはマレの元まで歩み寄る。


「あ、あの……ちょっと、驚いてしまって……」

「ああ、魔獣と戦ったことがないんだっけね。そりゃ最初は恐ろしいかもしれないけど、いずれ慣れていかなきゃ」


 マレの様子がどこか変だ。


「マレ、ほんとに大丈夫?」

「す、すみません……突然のことで本当に驚いてしまって……その、助けて頂いてありがとうございました……」

「もちろん、仲間を助けるのは当たり前のことだよ」


 マレがじっとこちらの顔を見つめてくる。


「あの、マレ?」

「へあっ、す、すみません……」


 マレは慌てて視線を逸らした。その彼女の動揺ぶりに首を傾げながらも、ユウはまあいいかと何も言わないことにした。

 そうしてその後は何事もなく、二人は無事に薬草採取を終えた。


 *


 ギルドの扉をギギっとこじ開けて、草臥れた足取りでマレがギルド内に入った。

 薬草の採取後、ユウ達は約二時間かけて王都まで歩いた。近くに馬車か何か通れば良かったのだが、そんな上手い話は当然無く徒歩で帰ることに。おかげで今ではすっかり日が暮れる頃だ。


「や、やっと着きましたね……」


 疲れた顔でマレが息を着く。

 正直、ユウは全然疲れてない。と言うか、天恵のおかげで疲れないのだが。


「お疲れのとこ悪いけど、先に依頼達成の報告をしよう」

「は、はい……そうですね」


 二人が受付の前へ行くと、受付嬢のモーラが笑顔で迎えてくれた。


「おかえりなさい。お二人共ご無事でなによりです。依頼はどうなりましたか?」

「マレ」


 ユウに言われ、マレが鞄の中から布に包んだ月治草を受付のカンターに置いた。


「……49、50。はい、依頼通り月治草50本の納品を確認しました。これにて依頼達成です」


 そう言うとモーラはバンと依頼書に赤いスタンプを押し付けた。

 そして、


「こちらが今回の報酬です」


 手渡された小さな麻袋がシャリッと鳴る。

 中には銀貨三枚が入っていた。


「……おぉ」


 それを見てユウは少しだけ感動した。

 と言うのも、働いてお金を稼ぐというのが初めての経験だったのだ。学生時代はアルバイトの経験だって無かったし、実際に自分で汗を流して対価を貰ったのはこれが初。現金で貰ったと言うのもあって、なんだがとても感慨深い。

 すると隣から鼻をすする音が。

 視線を向けるとマレがポロポロと涙を零していた。

 思わずぎょっとして尋ねる。


「ど、どうしたマレ……?」

「いえ、そのっ、ごめんなさい……嬉しくってつい……」


 マレも初めての給料だったのだろうかと思ったが、確か既に幾つかの依頼を熟したことがあると言っていたっけ。


「ずっと……ずっと夢だったんです……」

「ゆめ?」

「仲間と一緒に協力して……傭兵のお仕事をするのがっ……ずっと……」


 溢れてくる涙を手でゴシゴシ擦って、マレは泣きながら笑った。


「ユウさん……私とパーティーを組んでくださって、仲間にしてくれてありがとうございます……!」

「……っ、」


 その泣き笑う顔がどこかの誰かと被って、嘗ての記憶が呼び起こされる気がして、ユウは思わず胸元の袖をギュッと掴んで歯を食いしばった。


 ――うるさい……黙れ……消えろ、思い出すな……俺はもう誰も信じねえんだよ。


 どうせその顔も演技に決まってる。そう決めつけて、ユウは静かに深呼吸した。


「こちらこそ、ありがとうマレ。これからもよろしく」


 作り笑顔を浮かべてそう言った。


「はい……!」


 マレは相変わらず純粋無垢に笑う。

 そんな彼女からユウは逃げるように視線をそらし、話を戻した。


「ところでマレ、報酬についてだけど……最初話してた通り山分けってことで……」


 しかし報酬は銀貨三枚。山分けするには大きすぎる。一度大銅貨に崩す必要があるだろう。


「よければこちらで両替いたしましょうか?」


 受付嬢のモーラが言った。


「はい、ではお願い」

「いえ、結構です」


 マレがユウの言葉を遮る。


「マレ、どうして」

「私は銀一枚で十分です。残りはユウさんが貰ってください」

「え?」

「今回私は殆ど何もしてませんし、ユウさんがいなければ死んでいましたから。少ないですけど、それはユウさんに差し上げます」


 そう言ってマレは「えへへ」と笑う。

 それを見てユウは心の中で口元を釣り上げた。


 ――はっ、お人好しの偽善者が。煽てておけばいいカモになりそうだ。使えるもんはとことん使わせて貰う。必要無くなれば踏み躙って捨てるだけだ。


「ありがとうマレ……けど何だか申し訳ないな」

「い、良いんですよ!私の囁かなお礼の気持ちです……ほんとに囁かですけど……この借りはいずれきっちりとお返しします……!」


 するとユウは彼女の手をそっと取り、偽りの笑顔を向けて言った。


「ありがとうマレ。君と仲間になれて本当によかった」

「…………ぁ……そ……そんな」


 顔を赤く染めるマレに対し、ユウは口元が緩みそうになるのを必死に堪えていた。


 ――こいつからは一神達と同じ匂いがする……まったく反吐がでるぜ。せいぜい俺の為に頑張ってくれよ?


 ユウは彼女のことを心底見下し、心の中で笑うのだった。


「それでは、お二人の益々のご活躍を願っております。またよろしくお願いしますね」


 受付嬢のモーラがそう言って、二人の傭兵は見送られた。




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