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23.決裂

 広場に設置されていた時計の針が早朝午前六時をピッタリ指さした。同時にどこからか朝を知らせる鐘の音が盛大に鳴り響く。

 音に反応した白い鳩が数羽目の前で飛び去った。

 今いる南門前の広場には数台の馬車が停車していて、その周辺に物騒な格好をした傭兵たちがわらわらと集まっていた。

 ひと月程前、王都フェルマニスからそう遠くない山間地帯に突如として姿を現した迷宮の門。敷地を管理所有しているオズマン伯爵はこれを調査探索するため自兵を向かわせたが、あえなく失敗。送り込んだ兵士の半数が行方不明となり撤退を余儀なくされた。

 しかし迷宮内の財宝や資源をみすみす逃すことなど出来ず、傭兵ギルドに依頼を申し出たのが事の始まり。その際、伯爵よりとある指示が出された。それが今依頼受注時の傭兵階級制限の撤廃である。

 伯爵は欲をかいた。迷宮内の財宝を少しでも多く回収するため、ひいては迷宮の完全制覇を目的として人を多く集めたかったのだろう。

 駆け出し傭兵の死亡リスクを鑑みればギルド側としては本来呑みたくない条件であったが、伯爵の指示とあれば断るに断れない。故に提示した妥協点として二名以上のパーティー制限だけが申し訳程度に残る形となったのだった。

 南門前広場には依頼主である伯爵が手配した馬車が幾つも並んでいる。迷宮ゲート前までの馬車の無料送迎は二週に一回。今回で三度目の送迎日となる。

 ユウはマレに買ってもらった新しい服の襟をキュッと引っ張った。

 服屋で安く手に入れた旅人の装衣。ちょっと無骨に見えるが悪くは無い。

 リネンっぽい材質のシャツに重ね着した上衣は、濃い革色のジャケット。刃や牙を受けれるよう、胸元から肩にかけては何層もの革が重ね縫いされていた。

 腰に巻いているのは幅広のベルト。

 武具屋で購入した剣、ナイフ、革のポーチ、薬瓶、コンパス。必要なものは全て手の届く位置にまとめてある。

 足を覆うのは厚手の布と革を組み合わせたズボン。内腿には補強が入れられ、藪や岩肌を抜けても裂けにくい。

 足元のブーツは深く編み上げられ、靴底には滑り止めの刻みがある。泥濘でも、血に濡れた石畳でも踏みしめられるように作られたものだ。つま先には鉄板が仕込まれ、強力な蹴りの一撃にも耐えるはずだ。

 そしてそれら全てを覆うように、黒の外套を羽織っている。フードを被れば雨風を凌ぎ、夜闇に紛れることも可能だろう。

 派手さは無いが、昨日まで着ていた盗賊のボロ服とは大違いだ。この装備ならば以前の様に他の傭兵に馬鹿にされることも無いだろう。


「ユウさん、剣は持ってきてますよね?あと食料と水と野営の道具と、あとそれから」

「だ、大丈夫だから心配しないで」


 このままだと永遠に持ち物の確認をされそうなのでマレの話を遮った。心配せずとも必要なものは全部肩にかけた鞄に入っている。


「さあ行こう、そろそろ出発の時間だ」


 そう言ってユウは一番近くにあった馬車に乗り込んだ。

 木製の荷台が軋み馬車が少し揺れる。

 するとその先に先客がいた。


「げっ」


 思わず声が漏れた。

 馬車の荷台には不釣り合いなこの巨体は忘れもしない。名前は確か、


「マリムリモだったか?」

「オルドラゴだ!」


 名前を間違えられたオルドラゴは額に青筋を浮かべる。


「て、てめえ……本当に迷宮に」

「あ、あなたは昨日の……」


 マレがユウの後ろからひょっこり顔を覗かせた。


「マ、マレちゃん……」


 オルドラゴの頬が赤く染る。しかし首をブンブンと振ってオルドラゴは立ち上がった。


「てめえ、まさかマレちゃんまで連れて迷宮に挑むつもりか……」

「だったらなんだよ」

「言ったはずだぞ。おめーみたいな初心者が迷宮なんざ百年早い。マレちゃんを危険な目に合わせる気かああ!?」


 オルドラゴはおっかない顔でユウの胸ぐらを掴みあげた。身長差も相まって、ユウはつま先立ちの状態だ。

 一触即発の不穏な空気に、マレが慌ててユウの胸ぐらを掴むオルドラゴの手にしがみついた。


「や、やめてください暴力は……!ユウさんから手を離して……!」

「マ、マレちゃん!悪いことは言わねえ、今回は辞退しろ!迷宮は本当に危険な場所なんだ!」

「で、でも……」


 戸惑いを見せるマレ。

 するとユウは大きく溜息を吐き出して言った。


「離せよ」

「ああ……!?」

「そうやって他人を脅して辞退させりゃ、迷宮内の宝を独り占め出来るよな。他の連中にもそうしてんのか?」

「な、んだと……俺はマレちゃんが心配なだけで」

「心配?昨日あったばかりの奴にか?初対面で喧嘩ふっかけてきた挙句、剣を振り回してた奴の言うことなんて信用できるかよ」

「ぐ……」


 オルドラゴは歯を軋ませた。


「もう面倒だからそろそろ離してくれ。でなきゃ、マレに買ってもらった服が破けちまうだろ」

「なっ……て、てんめぇえ!!」


 色々と勘ぐった様子のオルドラゴが怒りに任せて拳を振り上げた、その時。


「おい何やってる……!」


 馬車に踏み入ってきた金髪の青年が声を上げた。

 この男は以前ギルド内でユウとオルドラゴの喧嘩を止めた奴。名前は確かカインと言ったか。


「カイン、てめえ……」

「出発前に何やってんだ……って、あんたこの前の」


 カインはユウを見て思い出したように額に手を付いた。


「〜たく、何度お前らの喧嘩を止めりゃいいんだよ俺は」


 嘆くカインの隣で、いつの間にか乗り込んでいた紫髪の綺麗な女性が首を傾げた。


「カイン、知り合い?」

「ああまあ、ちょっとな。それよりその手を話せオルド。ここで暴れたら依頼が受けられなくなるかもだぞ」

「…………くそっ」


 オルドラゴは素直にユウから手を引いた。

 心配そうにマレがユウの肩に手を掛ける。

 すると紫髪の女が軽く頭を下げて言った。


「ごめんなさいねお二人さん」

「構わないが、あなたは?」

「私はマキナ。これでもA級の傭兵よ」

「A級ね……しかしなんであんたが謝るんだ?」

「なんでって……だって彼、オルドは内のメンバーだもの」


 ユウは首を傾げてカインに視線を送った。


「このオッサンはあんたらの仲間なのか?以前は別の奴らとパーティーを組んでたと思ったけど」


 ユウが問うとカインはちょっと答えづらそうに頬をポリポリと搔いて、


「あ、ああ〜……それはそのなんて言うか……」


 言いづらそうなカインの代わりに、隣にいたマキナが答えた。


「初心者の傭兵に負けたって噂が変に広まっちゃって、パーティーメンバーに愛想つかされたのよ」

「うぐ……」


 オルドラゴが苦虫を噛み潰したように呻いた。


「んま、そういうことだ。それで可哀想になった俺達が仲間に引き入れたってわけさ」

「けっ、よく言うぜ。今回の迷宮探索のために俺様の力が必要だったんだろうが」

「ははっ、まあそれもある」


 カインが冗談交じりに笑う。


「それよりあんたら、どっちも初心者だよな。まさか迷宮に挑むつもりか?」


 カインに問われてユウはそっぽを向いて「ああ」と淡白に答えた。

 するとカインもマキナも顔を顰めた。


「こんなこと俺達が言うのもなんだが、流石に無謀が過ぎるぜ」

「そうよ。私達はこれでも三人ともA級、それでも生きて戻れる保証は無い。それが迷宮という場所よ。それに今回の迷宮は先行した傭兵達の多くが帰ってきていないって聞くわ。あなた達だけじゃ危険すぎる」


 ベテラン傭兵達の脅し文句にマレは不安な表情を浮かべ「ユウさん……」と袖を掴んで来た。

 ユウは拳をキュッと握って苛立ちを抑え込む。


 ――ちっ、馬鹿どもが余計なことを……これでマレが辞退したいだなんて言い始めたらどうしてくれんだ。今更辞退するなんてありえないんだよクソが。


 ユウは感情を殺しつつ冷静な声で言った。


「心配してくれて感謝する。だが辞退する気は無い。俺達には目的があるんだ。危険は承知の上で挑んでる」


 ユウの頑なな意志を感じてカインが「う〜ん」と悩んだ末に、


「意思は固いってわけか……んじゃこういうのはどうだ?一時的に俺達とパーティーを組むってのは。俺達は全員A級だし他の迷宮に挑んだ経験もある。これでお前達の安全は保証されるも同然。逆に俺たちも人数が増えればそれだけ迷宮探索がやりやすくなる。まさにウィンウィンの関係ってやつだ」

「ちょっとカイン、本気?」


 困惑した表情を見せるマキナをカインが宥める。


「まあまあ、みすみす彼らを死なすわけにいかないだろ?」


 カインの提案にマレは嬉しそうに跳ねる。


「良かったですねユウさん!A級の方が三人もいてくだされば心強いです!」


 しかし対照的にユウは芳しくない表情で考え込んでいた。

 確かに一見するとこちらにとってはメリットの大きい提案だ。だが相手にとってはどうだ。足でまといが増えるだけで寧ろデメリットになる話だろう。


 ――はっ、なるほどな。考えが読めたぜ。何がウィンウィンの関係だ詐欺師め。お前らと組むなんてありえねえんだよ。


 ユウは自分の頭の中だけで結論をだし、きっぱりと突っぱねた。


「やだね。なんで俺達がお前らと組まなきゃならない」


 期待してた回答と真逆で、カインはちょっと理解が遅れた顔をする。


「え、いやいや……なんで」

「どうせ宝を横取りする気なんだろ?」

「……はあ?」

「迷宮内には危険な地帯や魔獣が潜むと聞く。初心者でも上手く扱えば斥候や弾除けにはなるかもな」

「いやいや、ちょっと待ってくれ……俺はただ」

「何にせよだ。いつ裏切られるか分からねえ奴らと迷宮になんて行けるか。そのオルドラゴとか言うやつが、つい先日俺に何をしようとしたか知ってるだろ。俺にとってはお前らと一緒にいる方がリスクでしかないんだよ」


 そう言い放つとユウは「行こうマレ。馬車を変える」とマレの手を引いた。


「お、おいちょっと……!」


 その後ろ姿に伸ばしたカインの手は虚しく空を掴んだ。




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