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18.王都フェルマニス

「……さん……いさん」


 ぼんやり少女の声が聞こえている。

 ここはどこだろう。

 ゆっくりと目を開けてみた。


「……お兄さん」

「…………ソフィア」

「ソフィア?だあれそれ?」

「あぁ、いや、何でもない」


 自分が口走った言葉にユウは驚いた。まだあいつらとの記憶を捨てきれていないのだろうかと。

 これからは一人で生き抜くと決めたのだ。甘い考えは捨てねばならない。


「お兄さんぐっすり眠ってたけど、よっぽど疲れてたんだね」


 ミーナはくすっと笑う。

 彼女の名はミーナ、御者の男ブランの一人娘だそう。

 ユウの身体は超回復の影響により疲れない。はずなのだが、ここ数日は眠ることさえ出来ずひたすら灼熱のマグマに焼かれ続けた。肉体的にと言うよりは精神的に疲れが溜まっていたのかもしれない。それにしても他人の目の前で迂闊にも眠ってしまうなんて、今後は気をつけなければとユウは危機感を抱いた。眠っている間に何をされるかわかったもんじゃない。


「それより、俺を起こしたってことは着いたのか」

「うん、今から入都審査があるから馬車から降りなきゃ」


 ユウは言われるままに馬車から降りた。降りたところで目を見開いた。

 目の前には外部から隔離するように王都を取り囲む巨大な壁が立ちはだかっていた。壁は左右のずっと先まで続いていて、王都全体を包み込んでいる。これが噂に聞いていた魔獣を寄せつけないと言う壁だ。正確な材質は分からないが、見たところただの積み上げられた石ブロックに見える。こんなもので本当に魔獣から街を守れるのかは甚だ疑問だ。

 目の前には金属製の大きな門があって、そこに一列となって入都審査を受けるべく多くの人や馬車が並んでいた。

 審査をしているのは四人の門兵だ。身に纏う鎧から騎士団所属ではないことが分かるが、もしかしたらという不安が拭いされない。

 ユウは盗賊から奪った小汚いフードを深く被って俯いた。そろそろユウ達の審査の番だ。特に怪しまれる物は持っていないし、すんなり入都出来ることを祈るしかない。


「よーし止まれ」


 門兵の一人が門前でユウ達の馬車を停止させる。

 遂に来た。心臓の音が凄いことになっているが、今は平常心でやり過ごす他ない。


「よし、怪しいものがないか馬車の中を確認させてもらうぞ。それと、入都料として一人300メリル払ってもらう」


 いきなり肝を冷やす内容が飛んできた。どうやら入都料なんてものが必要らしい。盗賊たちから金を奪ってなきゃアウトだった。


 ――300メリルってことは大銅貨が三枚ってことだよな。城で授業を受けててよかったぜ。


 メリルとはフェルマニア王国の通貨単位である。通貨とて使用される貨幣は鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、金貨の五種類。鉄貨1メリル、銅貨10メリル、大銅貨100メリル、銀貨1,000メリル、金貨10,000メリルで取引される。尤も、この国の人間は基本的に計算が苦手なため、取引の際は硬貨の枚数を指定することが多いらしい。

 今回は300メリルなので大銅貨三枚、もしくは銀貨一枚払ってお釣りを貰うことになる。

 ユウは盗賊から奪った麻袋を取り出し、中を覗き込んだ。中には銀貨が七枚、大銅貨が六枚、その他端数が数枚入っていた。

 改めて見るとあの盗賊団ほんとに貧乏だったんだな。なんてユウが思ったその時だ。


「ん?おいお前、フードをとって顔をよく見せてみろ」


 門兵のその言葉に思わず心臓が跳ねる。もしもこの兵たちがユウの顔を知っていたら、ユウが生きていたことが第一王女達にバレてしまう。そうなる前にこのまま逃げ出してしまおうかとも一瞬考えたが、それで他兵たちを呼ばれる方がよっぽど騒ぎになる。

 ユウは唾を飲み、意を決してフードを取った。


「お前っ、」


 ――バレたか……。


「何だ、案外女みたいな顔してるんだな。わざわざ顔を隠しているから余程悪人面なのかと思ったぞ、ははっ」


 心の中で安堵の息を吐いた。

 この野郎紛らわしい反応をしやがって。それに失礼な奴だ。


「ああそれより、入都料で300メリル必要だ。わかるか?大銅貨三枚だ」

「は、はい。今出しま」


 ユウの言葉行動を遮るように隣にいたブランがスっと手を伸ばした。


「すまんな門兵さん、こいつのは俺が代わりに払う」


 門兵の手にジャラッと大銅貨が積まれた。

 驚いてブランの顔を見上げるユウ。


「い、いいのか……?」

「気にすんなこんくらい」


 ユウにはまだ硬貨の価値がいまいちピンきていない。300メリルがどれくらいの価値なのかは知らないが、こんくらいと言える程度の金額なのだろうか。


「よーし、通っていいぞ。ただし悪さだけはしてくれるなよ」


 入都を許可され、ユウ達は門をくぐった。

 門を潜った先にあった光景に、ユウは思わず足を止めた。


「兄ちゃん、ここに来るのは初めてなんだろ?どうだい、ここが王都フェルマニスだ」

「………………」


 そこから見た景色に思わず口が開いた。城から見たのでは分からなかった、王都の内部が明らかとなった。

 入口に立っただけでも、その都市の異常さがわかる。高台に聳え立つ城を中心に、円状に広がる巨大な街はまるで迷路の様だ。ここから見ると、あれ程大きかった城がかなり小さく見える。街の通路は石畳で舗装されていて、その道の中心を馬車が一方通行で颯爽と駆けてゆく。舗装された通路は石で出来ているように見えるが、そこら中に立ち並ぶ建築物の多くは、コンクリートのような材質や赤レンガで造られているものが多い。

 目を惹いたのは、あちこちを流れる水路だ。透き通った水が川のように流れ、本当に街全体を循環しているようだ。

 街ゆく人々は皆明るく笑顔で歩いている。身なりもしっかりと整っていて、高い生活水準が伺えた。

 街中カラフルな髪色の人間が歩いているが、その中には犬猫のような耳や尻尾を生やした人間、背丈の低い筋肉質な男、様々な人種が歩き回っている。これが噂に聞く五人種の人間達だろう。

 城からではよく見ることが出来なかったが、この街は想像以上に栄えている。鉄くずの街に生まれたユウの目には、この世界があまりにも新鮮で眩しくって仕方ない。まるでおとぎ話の世界に来た気分だ。

 しかしこの文明レベルはもはや中世ヨーロッパの域ではない。誰が異世界を中世ヨーロッパのようだと言い出したのか知れないが、これは紛れもなく別物だ。魔術があるだけでこうも都市が潤うのだろうか。


「な、すげーだろ? 俺も若い頃、村からこの街に上ってきた時はそりゃあ驚いたぜ」


 自分のことでもないのにブランは大威張りだ。彼からするとユウはどこぞの田舎者のお上りさんに見えているのだろう。


「ほらこっちだ、俺の宿まで案内してやる」


 再び馬車に乗り、車道を五分ほど走ったところにその宿屋はあった。

 赤い屋根に白っぽい石積みで造られた宿屋は、この街の中でもかなり大きめの建物のようだ。外観は綺麗で新築感があって、窓が沢山着いているので部屋の数もそれなりにあるのだろう。入口の扉には看板札が吊るしてあって、オシャレな文字で『宿酒場ブラン』と書かれてある。

 失礼な話だが、ユウが想像していたのはもっとぼろっちい木造の小さな宿屋だった。辺鄙な立地にあって客入りも少なくて、隠れ家として使えそうな寂れた宿屋をイメージしていた。正直に、立派過ぎて驚いている。


「どうだ驚いたか、俺の自慢の店よ」


 またもブランは大威張りだったが、今度ばかりは威張りたくなる気持ちも分かる。

 ブランは店裏に馬車を回し終えるとさあ入れ入れと店の中へユウを連れ込んだ。

 店の扉を開くと奥からケルト音楽が聞こえてきた。こういう音楽を聴いていると、今にも冒険が始まりそうな気分になる。

 入口を少し進んだところに受付があって、そこに女性が一人立っていた。


「ナーサさんお疲れ様〜」

「ミーナちゃん、ブランさんお帰りなさい」


 ミーナが元気に挨拶すると、彼女は笑顔で出迎えた。この店で働く店員だろう。ブランは定員の目の前までユウを引っ張ると、


「おうナーサお疲れさん。急で悪いんだが、この兄ちゃんにしばらくの間一部屋貸してやってくれ。お代は無しでいい」

「え?」


 ユウは驚いて声を上げた。てっきり部屋に泊めてくれるのは今日明日くらいまでだと思っていたからだ。


「しばらく、というと」

「いつでもいいってこった。好きな時に泊めてやってくれ」

「わかりました」


 ユウを他所に話が進んでいくので戸惑って尋ねる。


「ま、まてブラン、ほんとに良いのか?」

「当たり前だろ。兄ちゃんは命の恩人なんだからな」


 こんな優良物件にタダでいつでも寝泊まりできるなんて金のないユウには願ってもない話だが、あんまりにも話が美味すぎるんで何かあるんじゃないかと考えてしまう。

 しかしだ、現状怪しい点は見当たらないし、せっかくタダで部屋をくれるというのだから今更別の宿屋なんて探すのも勿体ない気がする。

 少し悩んだ末に、ユウはブランに部屋を貸してもらうことを選んだ。


「ありがとう……ブラン」

「いいってことよ」


 ブランはニカッと笑うが、この笑顔の裏にも何かあるんじゃないかと思ってしまう。

 その後は受付を抜けて、奥の酒場へ案内された。

 この宿屋は一階が酒場となっていて、二階から四階までが宿スペースとなっている。食堂内は広く、宿に泊まっている人は勿論、酒を飲みに来ただけのやつにも席が提供される。

 扉を開けた先の食堂内は大いに賑わっていた。現在時刻は午後十八時半だが既に客入りは多く、みな酒や食事を楽しんでいた。奥では男達がアコーディオンや笛を奏でていて、隣で踊り子の格好をした女性がリズムに合わせて踊っている。それを既に出来上がった人達が歓声を送りはやし立てていた。さっき外から聞こえたきたケルト音楽は彼らが奏でていたらしい。

 ブランに案内されてカウンターテーブルに座ると、近くで飲んでいた酒臭い男達が真っ赤な顔でブランに絡み始めた。


「よおブラン、今日も飲もうぜ!」

「今日は負けねぇぞ……ひっく」

「あー悪いな、今日は大事なお客が来てんだ。また今度な」


 ブランに断られると、男達はちぇっと残念そうに元の席に戻って行った。中々客にも好かれているみたいだ。


「マテリナー、今帰ったぞ」


 ブランがカウンター奥の厨房に張りのある声を飛ばすと、厨房にいた茶髪の綺麗な女性がお帰りなさいと返事して出てきた。


「今日は俺とミーナの恩人を連れてきたぞ」

「あらあらまあ、旦那と娘がお世話になりました」


 女性は気品のある笑顔で頭を下げた。

 まさかとは思うが、この美人がブランの嫁だろうか。確かにミーナに似ている気がする。

 ブランは強面で筋肉質な体型をしていて、まさか宿屋の経営主だなんて思わない見た目だ。よくこんな美人を捕まえられたものだと思う。


「俺の嫁さん、マテリナってんだ。美人だろー?」

「あ、ああ」


 どことなく腹の立つ顔でブランが話しかけてきた。人妻なんかに興味はないが、この顔で自慢されるとちょっとムカつく。


「とゆうわけだから、この兄ちゃんにたらふく美味い飯を食わせてやってくれ」

「では腕によりをかけて作りますね。えーっと、お名前は……?」

「あぁ〜と……ユ、ユウです」


 ユウは慌てて本名を名乗ってしまった。そう言えばまだブラン達にも名乗っていなかった。今更名前を変えるのも変だし、とりあえずここではユウという名前で通すしかなさそうだ。


「ではユウさん、お料理お持ちしますので少々お待ち下さい」


 そう言ってマテリナは厨房へと戻って言った。その背中を見つめながら、こいつらだったら俺の食べる料理に毒を盛ることだって出来るんだよなと考えながら、この状況でそれはありえないと思い直す。しかし、可能性はゼロじゃない。


「どうした?」


 ユウがあれこれ考えている顔を変に思ったのか、ブランが惚けた面で聞いてきた。


 ――こいつらに俺の本性を悟られちゃいけない。ここは今後しばらくの活動拠点。どれだけこいつらに上手く取り入れるかが重要だ。うまみが無くなるまで利用し尽くしてやる。


 ユウは心の中で口元を釣り上げて笑った。


 *


 ユウにあてがわれたのは六畳程の丁度いい広さの部屋だった。中にはベッドとテーブルとクローゼット、おまけにシャワーが着いている。トイレは無いが各階の端に共用のトイレがあるので特に問題無し。城での待遇に比べたらそりゃ見劣りはするが、この部屋だって元いた世界の自室より広いし何の文句もない。多分この店は街の中でもそこそこの高級宿屋に分類されるのではないだろうか。しばらくは十分快適な生活が送れそうで良かった。

 ユウは数日浴びられなかった久々のシャワーを満喫したあとベッドに寝転がった。

 ブランに聞いたところ、やはりユウがマグマに落とされたあの日から三日が過ぎていたことが判明した。それだけの間灼熱に身を焼かれ今もこうして生きていることが何だか不思議で、物凄く気持ちの悪い感覚である。と同時にあの時の地獄の苦しみを少し思い出して気分が悪くなってきた。


「はぁ……」


 もう二度とあんな思いはごめんだと思うが、あの地獄があったからこそ得られたものがあった。

 服を脱いでクローゼットの扉に付いていた鏡の前に立つ。

 そこに映る引き締まった肉体を見つめ唸る。


「すげー筋肉。まあ、ボディービルダー程とは言わないけど……」


 トップアスリートレベルのスマートな筋肉だ。多分それはユウが一番憧れてた肉体そのものだった。マナによって身体が最適化されたのだろう。

 しかしいくら筋肉が鍛わったところで、人間に大地を割るほどの殴打が出来るはずもないし、数十メートルの距離を一瞬で跳躍出来る筈もないのだ。

 ユウの身体能力は説明がつかないほどの進化を遂げている。その変化にユウ自信ですら頭が追いついていない。

 集中すればその目に見える。肉体の内に秘められた桁外れの膨大なマナの奔流。


「このマナは……もはや一神や、ベルザムさえも超えてるんじゃ……」


 あの頃のユウにはまだ、正確にマナを感知するだけの技量は無かったし、ベルザム自身も普段は体内のマナを出来る限り抑えていると言っていた。

 実際に一神やベルザムを超えたかどうかはわかりかねるが、自分が人外の境地に達していることだけは理解出来ていた。

 何故こうなったのか、ユウは直感的にわかっていた。

 超回復だ。どういう原理でそうなったかまでは知らないが、ユウの持つ天恵、超回復がユウの肉体とマナを強化したのだ。それだけはわかる。


「怪我をしたあと傷が修復される過程で何かが起こってるに違いない。つまり怪我すればするだけ強くなれるってことなのか……?」


 じゃあ怪我しまくればいいじゃないか、とはならない。ユウはあの地獄を知っている。知った後で、今後率先して怪我をしようだなんて思えるはずもない。


「とにかく、俺は強くなれたってことだ。少なくとも、盗賊五人なら瞬殺出来る程度には」


 もう弱かったあの頃とは違う。この力があれば、例え独りでも生きていける。


「しかし目下の問題は……」


 再び鏡に映った自分の肉体を凝視する。

 身体から溢れ出る膨大なマナは今も静かに制御されていた。マナの抑制自体はさして苦労しないが、これを常にとなると話は別だ。

 ベルザムは寝ている間も制御しろと言っていたが、寝ている間は意識がないのだからそんなこと出来るのかわからない。

 もし仮にこの膨大なマナを体外に漏らす様なことがあれば、ユウの存在に勘づく者もきっと現れるだろう。そうなればいずれ第一王女達に生きていることがバレて――。


 ――いや、もういっそバレたって……。


 これだけ強くなったのだ。バレたところで返り討ちにしてやれば。

 しかし奴らの顔を思い出した途端にユウの身体は震え始めた。ユウを拷問し弄びマグマに突き落としたルーナスの冷徹な顔、第一王女の下品な笑い声、それらが心身に深く刻み込まれているかのように鮮明に思い起こされる。そして同時に、腸が煮えくり返るほどの強い憎しみが湧き出てきた。


「はぁ……落ち着け……」


 深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 憎しみはある。恨みもある。しかし復讐しようだなんて考えていない。強くなったからと言って、あの男に勝てる見込みなんてない。もう命を狙われるのはごめんだ。


「早くこの街を出なければ……この街を出て、どこか違う街や村でひとり静かに暮らそう。その為には金がいる。長旅になるだろうし、路銀も物資も馬も馬車も……はぁ……」


 先は思いやられるばかりだ。

 取り敢えず、今後について考えようと思う。

 まずは仕事だ。この街で仕事を探し、生活資金、そして旅に出る為の資金を調達する必要がある。


「傭兵ね……」


 ブランに言われた。お前は強いから傭兵が向いてるんじゃないかと。だからいい職が見つかるまでは傭兵ギルドに登録してみるのもありなんじゃないかと。

 傭兵ギルドとは、依頼の斡旋事業を行っている大規模な組織だ。ギルドは世界各所に支部が点在しており、その地域周辺の依頼がほぼ全てそこに集まる。ギルドに所属している傭兵たちはそれらの依頼を熟すことで報酬を得ているらしい。

 ユウは今後の為にも自分の今の力がどれくらいの強さなのかを知る必要があると考えていた。それに傭兵は実力さえあれば、この街で一番簡単に稼げる職業らしい。誰にも頼らず生きていくなら、これ以上ない職業と言っていい。


「他に宛は無い。とりあえずやってみるか。うし、明日から即行動だ」


 ベッドの上で掌に右拳をパシンと打ち付けた。これから始まる新生活に不安を感じつつも、どこか胸を踊らせる自分がいた。




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