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14.久しく忘れていた感情

 飛竜は上空で旋回し、突如急降下した。

 突風を撒き散らしながら重量感のある音を響かせ、見事に山道の開けた場所へと着地した。

 するとその直後、ようやく口に咥えたユウの腕を離し投げ捨てる様に吐き出した。

 血を飛ばしながら小さく悲鳴をあげて地面を転がるユウ。すると今にも引き千切れそうだった右腕が瞬く間に修復し、元通りに回復した。

 涙を流しながら、驚愕して右腕を凝視する。

 傷跡のひとつも残っていない。


 ――な、治った……あんな重症が一瞬で……。


 涙を拭って目の前のドラゴンを睨みつける。奴は微動だにせずこちらを見返している。

 横目で周囲を観察した。


 ――ここは……どこだ……?


 そこは何の変哲もない、開けた山道だった。おそらく先程の場所からそう遠く離れちゃいない。アルデラの森のどこかなはず。

 ユウはてっきり巣穴にでも連れ込まれて食い殺されるのだとばかり思っていた。しかしここがドラゴンの巣だとは思えない。

 こんな場所まで連れてきて、今度は急に大人しくなりやがって。一体どういうつもりだ。

 そうしてユウが困惑していると、


「よ〜し連れてきたみたいだな。しっかしお前、他の連中食い殺そうとしただろ」


 声が聞こえた。男の声だ。


「ダメだぞ〜?勝手に食ったら」


 ドラゴンの後ろから突然現れたのは、ローブを身にまとった金髪の男だった。どうやらユウではなく、このドラゴンに話しかけているらしい。まるでこの男がドラゴンを操っていたかの様だ。


「お前はもう帰ってろ」


 男がそう言うと、ドラゴンは光の粒となって一瞬にして消えてしまった。


「あ、あんた一体……」

「ん?ああ俺か?俺はルーナス……ルーナス・マテグリィ。フェルマニア騎士団、月下剣進隊隊長だ。よろしくぅ」

「フェルマニア騎士団……?」


 状況がいまいち読み込めない。


 ――なんでこんな所に騎士団の隊長が……それも何でドラゴンを操り、勇者パーティーを襲わせ、そして俺をこんな場所へ……?


 鼓動が早まり、全身から変な汗が染み出してくる。嫌な予感が頭から離れない。

 ユウは思わず一歩後ずさる。

 するとルーナスと名乗る男は懐から何やら水晶玉のようなものを取りだした。


「おーい姫さん、言われてた手順忘れちまった。えーっと最初はどーするんだっけ?」

『まずは右腕よ』


 どういう原理かは分からないが、水晶からは女の声が聞こえる。


「あーそっかそっか。んじゃ」


 右腕が変だった。


「え……?」


 違和感に目を向けると、肩から先が無い。血が吹き出している。地面に誰かの腕らしき物が転がっている。

 脳が理解を拒んでいた。


「ぐ、ぎっ……がっあぁああああッ!?」


 血が吹き出す傷口を押えて転げ回る。

 腕が無い。斬られた。

 これまで感じたことの無いような意味不明な不快感と、信じられない痛みが電流のように全身を駆け巡る。

 しかしそれも一瞬だった。

 失った右腕は傷口の肉が膨れ上がる様に増殖し、見る間に形を成して元通り腕が再生された。

 涙を流しながら肩で息をするユウは右腕を凝視しながら呟いた。


「い、一体なにが……」


 どうなっているのだろうと思う。

 顔を上げるとルーナスは右手に細身の剣を握っていた。その切っ先からは赤い血が滴り落ちている。

 あの剣に斬られたのだ。目にも止まらぬ速さで。

 視線を地面に向けると、多分さっきまで自分の右腕だったものが転がっている。

 状況から見るに、腕を落とされたあとすぐに新しい腕が生えたってことだ。超回復による治癒がここまでとは想像していなかった。尋常ではない回復力だ。

 しかし、


「ははっ、おんもしれ〜それどうなってんだ?」


 ルーナスは無邪気に笑っていた。

 その狂気を孕んだ笑みに寒気すら感じ身が竦む。

 すると水晶越しの女の声が言った。


『次は脚よ』


 それを聞いた途端、ユウは全速力で走り出した。傾斜のある山道を全身全霊を込めて走り抜ける。


 ――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ、殺されるッ!


 奴らの会話からユウは状況を察していた。拷問する気だ、間違いない。意味も目的も知りはしないが、奴らは確実にユウを痛めつけるつもりでいる。

 さっき腕を切り落とされた痛みが脳裏に染み付いて離れない。腕一本であの激痛だ。これ以上を考えただけでもゾッとして冷や汗が止まらない。

 泥草を踏み付け木々を躱し、不安定な斜面を駆け下りる。そんな最中、


「――うおっ」


 突然右脚の力が抜けて盛大にすっ転んだ。勢い余って斜面を転がり大木に身体をぶつけて止まった。


「くそ……なに、が……あ」


 右膝から下が無い。目を開けてそれを目撃した瞬間に凄まじい激痛が襲い来る。

 右脚を抱え込んで悲痛な叫びを上げるユウ。がしかし、殆ど一瞬でその失われた右脚は元通りに再生された。

 呼吸を乱し驚愕しているユウを嘲笑うように、ゆっくりと木々の合間からルーナスが剣片手に歩いてきた。


「逃げられると思ったのか?」


 その狂気を孕んだ目に背筋が凍る、身体が震え上がる。しかし脚はある、身体も動かせる。

 逃げる他に選択肢はない。

 ユウは立ち上がり走り出そうとルーナスに背を向けた。

 その瞬間、弾けるような鋭い音が聞こえ、ユウの左足首が切断された。


「があああっ」


 顔に血管が浮き出るほど身をすくめ激痛に耐え叫ぶ。

 瞬時に再生された部位は、そこだけ綺麗に衣類が無くてわかりやすい。それを見てルーナスが不快に笑った。


「ははっ、おいおい斬った先から生えてくんぞどーなってんだ」

「ぐ……くそ、が……」


 涙を堪えてユウはルーナスを睨みつけた。

 するとルーナスはユウの目の前へと歩み寄り、腹を蹴りつけ、転がした先でユウの身体を踏み付けた。


「ぐっあ……」


 尋常ではない力でユウの腹が地面に押さえつけられる。


「んで?次はどーすんだよ姫さん」

『そうねぇ……なら次はお腹を刺しなさい』

「ま、まって――」


 息が止まった。

 ルーナスの剣がユウの鳩尾に突き立てられた。鋭い痛みが腹の奥に沈み込み、数秒遅れで熱が広がる。まるで熱い鉄を突き立てられた様な灼ける痛み。そして身体の奥で何かが壊れた、その感触だけがハッキリと残っている。

 ルーナスの剣が引き抜かれた。


「ごはッ」


 胃から逆流してきた血が口から吹き出る。

 そして、治っていく。ほんの僅かな時間を要して、腹の中の壊れた何かが修復される感覚。

 ルーナスが言った。


「こりゃすげえ。確か超回復……だったか?無能勇者つっても、タフネスだけは一級品だな」

『もっとよ。もっと痛めつけなさい』

「はいよ」


 向けられた切っ先が鈍く光る。


「まって……おねがっ――」


 その後は幾度となく腹を貫かれ、切り裂かれ、内蔵を引きずり出され弄ばれた。

 悪魔だ。そう思った。

 血と涙でぐしゃぐしゃになった顔で、何も出来ず狂気に歪む男の顔を眺めながら苦しみを噛み締めることしか出来ない。

 そうしてある時、水晶越しに女が言った。


『はぁ……もうあきたわ。殺しなさい』


 無情に無慈悲に無機質に、女は冷徹な声色で終わりを告げた。

 振り上げられた剣がユウの瞳に映る。


 ――ああ……俺死ぬのか……これで終わりだなんて……。


 ユウの後悔も無念も置き去りに、その剣は情け容赦無く彼の心臓に突き立てられた。

 死んだ。そう思ったのも束の間、剣が心臓から引き抜かれたその瞬間には既に破壊された心臓は修復され、活動を再開していた。

 超回復の能力は破壊された心臓さえも瞬時に回復させてしまう様だった。


「おいマジか。しぶてぇ野郎だなっ」


 再びルーナスの剣がユウの心臓へ突き立てられる。だがルーナスは更にそれを奥まで押し込んだあと、手首を返して捻った。


「――がっ、はッ」


 心臓が完全に潰れ、完璧に破壊された音がする。全身に電流が流れるような激痛が走るが、身動きが取れない。叫び声すらも上手く出せない。

 しかしルーナスは不敵に笑ったあと、そのまま突き刺した剣から手を離した。


「いくら回復能力が優れてようと、剣が刺さったままなら心臓は治せねえだろ。このまま悶えて死ね」


 心臓が滅茶苦茶に壊された痛みが終わらない。常人なら発狂しててもおかしくない。それくらい常軌を逸した苦痛が壊れた心臓から全身を伝う。

 しかし、


 ――な、なんで……なんで……。


「なんで死なねぇ」


 ルーナスが眉をひん曲げた。心臓に剣を突き立てられて数分は経ったはずだ。けれどユウは未だ生きていた。しぶとく呼吸までしている。


「どうなってやがる……」


 ルーナスの見立ては正解だった。破壊された傷口は今も再生しようと動き続けているが、深くくい込んだ刀身に阻まれ再生しきれていない。いくら超回復の治癒が優れていようと、剣が刺さったままでは心臓の治癒に至らない。

 心臓が破壊されたことによる血流の停止。この状態で人が生命を維持することは出来ない。つまり、死である。しかしながら、ユウはその理に反し未だ生きていた。

 するとルーナスはピンときた様な顔をして笑った。


「な〜るほど。超回復……常に自身の身体を最も健康な状態にまで回復する。つまり心臓が機能していなくても、常に全身に酸素や栄養が行き届いている状態なわけだ。泣けるね〜これで剣や魔術の才があれば最強だったかもしんねぇのに」


 心底バカにした顔でルーナスは言う。


「ま、運がなかったな。お前の天恵は確かに凄いけど、流石に脳を破壊されりゃ死ぬよな?」


 それを聞いてゾッとする。

 彼の言うとおり脳を破壊されれば流石に助からない。そう思う。それに頭を潰される痛みだなんて想像しただけで吐き気がする。


 ――嫌だっ……死にたくない死にたくない死にたくないッ……!


 生存本能が叫んでいた。

 ユウは持てる限りの力を振り絞り、自分を踏み付け押さえつけるルーナスの足に必死にしがみついた。だがまるでビクともしない。ユウの力では最早どうにも出来なかった。


「あばよ」


 ルーナスが剣を振り上げた。

 もうダメだとそう思ったとき、水晶越しの女の声が言った。


『待ちなさい。いいことを考えたわ』


 その声はやはり、冷徹に響いた。


 ――


 ルーナスが山道を登るたび、ユウは激痛を味わった。

 ユウの両腕両脚には無数の光の刃が骨まで砕いて突き刺さり、もはや使い物にならない。身動きの取れないユウはルーナスの肩に担がれ連れられる。

 もう時期山頂へたどり着く頃だ。


「な、なあ頼む助けてくれ……頼む……お、お願いしますっ……なあ、おい聞いてんだろっ!」


 ユウの懇願をひたすらに無視して、ルーナスはただ歩き続けた。ユウがどれだけ騒ごうと喚き散らそうと、ルーナスは全くもって見向きしない。

 水晶の女とルーナスの会話は全て聞いていた。このあと自分がどういう目にあうのかも知っている。だからユウは声が枯れるほど叫び続けたのだ。

 しかし無情にもその時は来てしまった。

 ルーナスが足を止めて言う。


「よーし着いたぞ。火山火口だ」


 アルデラ火山。標高約五百メートルの小規模火山であるが、その火口から覗くマグマは怒りのように滾り、今も黒煙をあげていた。

 火口の底から唸り声のような音が響き、焦げた硫黄の匂いが喉を焼き、赤い熱光がユウの顔を刺す。

 絶句した。

 その爀一色の光景を前に、今にも溢れ出そうな声が唾と一緒に喉奥に押し込まれる。

 落ちれば終わり。触れれば終わり。問答無用で一切合切を焼き払い、融解させ、蒸発させるに足る圧倒的な灼熱の塊。

 これは無いだろう。いくら何でも、ここに落とされるわけにはいかない。

 身体が震え、カチカチと歯が鳴る。


「たっ、たたのむよ……なぁ……こ、こんなことは、やめてくれ……」

「やめてくれって言われても、これが俺の仕事だしなぁ」

「お、俺は勇者だぞ……!?こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」

「知ってるよ。お前が何の役にも立たない落ちこぼれ勇者だってことくらい」

「……っ、」

「お前が死んでもだーれも困らない……そうだろ?」


 ルーナスの冷めきった言葉にユウは返す言葉が見つからない。だがここで命を諦めることなど到底出来はしない。


「ま、待て……そ、そうだ……!イチガミ、勇者イチガミと友達なんだ!一神だけじゃない、星野だって、成村だって、桐山だって!ア、アリス……あいつも!あいつも俺の友達だ!俺はあいつらの大切な仲間だ!だから、あいつらに話を聞いてみてくれ……!これは何かの間違いで、お前らは俺を誰かと勘違いしてる……!なぁ、だからさぁ………………なあッ!!」


 必死の弁解は、ただ友達の名前をひたすら羅列しただけのもの。しかし、それで十分なはずだ。だってあいつらは勇者と王女で、自分はその友人で仲間で――。


 ――まて……王女……?そう言えば、この男が水晶越しに呼んでいた、姫さん……この国に王女は三人。アリスを除けば実質二人。そして俺に恨みを持っている、となれば……。


 頭の中で全てが繋がった。と同時に、ユウはアリスの名前を出したことを後悔した。

 早く弁明しなければとそう思って、


「ま、待ってくれ……い、一神、一神と話をしてくれ!あいつなら……あいつならきっと……!」


 助けてくれる、絶対に。彼と話さえ出来れば。


 ――そうだよ……大丈夫だ……きっと一神が助けてくれる。だってあいつは……俺たちは、友達なんだから。


『あっはははははっ!』


 聞き覚えのある、嫌味な笑い声が聞こえてきた。

 やはりあの女、第一王女のエルデナだ。


『くくっ、勇者イチガミね。彼らならもうとっくにこの森を離れているわ』


 ――は?嘘つくな。


『来る時にあなたも乗っていたあの馬車で、今は王都に向かって逃げ帰っている頃でしょうね』


 ――嘘つくな。


「みんなあの飛竜を恐れて……あなたを見捨てたのよ」

「嘘つくなッ!!」


 声が荒らげた。

 そんなはずない。そう信じているからこそ。

 信じている。彼らは今頃必死になって自分を探しているはずだ。そうに違いない。


 ――大丈夫、あいつらが裏切るわけない。あいつらが俺を見捨てるはずない。だってあいつらは普通の奴らとは違うんだから……あいつらは大切な仲間で、俺の友達、なんだから……。


『――――――』


 水晶に映し出された映像は、ユウ達が乗ってきた馬車が森を離れ颯爽と走り去って行く姿だった。馬車の窓から思いつめた様な一神の横顔が見えている。

 嘘だ。こんなもの幾らでも偽造できる。こんな映像何の証拠にもならない。分かっている。

 分かっているのに、折れた。


「…………ぅ」


 涙が熱風に飛ばされていき、久しく忘れていた感情が腹の底から湧き上がる。

 ユウの身体が宙に投げ出され、そして聞こえた。


『さようなら、アマミヤ・ユウさん』







 ――俺は、人間が嫌いだ。






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