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12.アルデラの森

 ぼんやりと霞む意識の中で、遠くから声が聞こえる。


「……様……ユウ様……!」


 少女の声で目を開けた。窓から突き刺すように入ってくる光に目を細め、ぼやけた視界で横を見る。


「ユウ様!起きてください、遅刻してしまいますよ!」


 隣で困り顔のソフィアがユウの体を揺さぶっていた。自室の壁に付いている時計に目をやると、針が七時四十分を指していた。

 今日は特別訓練の日で、朝から城外へ出ると昨日ベルザムが言っていた。集合時間は確か八時だったはず。のんびりとしていて間に合いそうな時間ではない。

 超回復という加護を手にしてからというもの寝付きが悪かったのだが、近頃はすこぶる寝付きがいいのでつい寝坊が増える。


「ソフィア、いつも起こしてくれてありがと。ソフィアみたいな可愛い子が起こしてくれると、寝覚めが良くて助かるよ」

「ふぇっあそ、そそそそんなっ、メイドとしてととと当然のことをしたまででっ」


 ソフィアは真っ赤な顔であたふたしている。

 彼女はいつも反応が面白いので、ユウはついからかってしまう。


「それより早く着替えて行かなくちゃ」


 ユウが服を脱ぎ始めると、


「ま待ってください、今出ていきますから――きゃあっ」


 ソフィアは慌てふためき盛大にすっ転ぶ。

 相変わらずのドジっぷりに、ユウは思わず吹き出して笑った。


 急いで階段を駆け下りて外に出る。城外庭園を抜けてようやく城門前の広場に辿り着いた。

 ここから少し遠目、広場の真ん中に停まった馬車がひとつ、その周囲で一神達がこちらに手を振っている。


「おーい雨宮くーん!」


 星野が大声を飛ばす。

 急いで駆け寄ると腕を組んだベルザムに睨まれた。


「まったく、時間ギリギリだぞ。近頃たるんでいるな」

「す、すみません」


 ベルザムはちょっと頭が固いが良い奴だ。規律や約束事に厳しいが、仲間思いで本当に頼りになる男だと思っている。が、やっぱりまだ怖い。

 するとアリスがベルザムを宥めた。


「いいじゃないベルザム。ユウも時間には間に合ったわけだし」


 彼女が言うのだからと、ベルザムもそれ以上は何も言わない。

 この世界に来てもう二ヶ月になる。

 あのパーティーの一件以来アリスはユウを名前で呼ぶようになり、その態度もより一層親密さを増していた。

 そしてユウもまた、仲間に対する向き合い方は大きく変わった。

 ユウはもう、見ないフリをしない。だから見えてくるものは幾つもあった。

 今でも他人を信用するのは怖いと思うことはある。しかし彼らはユウの知っている人間達とは明確に違う。この世界に来て、彼らがそう思わせてくれた。だからユウは久しくも、誰かを信じてみようと思えたのだ。


「さて、時間が惜しい。早く出よう。みんな馬車に乗ってくれ」


 ベルザムに言われ全員が馬車に乗り込んだ。

 用意されていた馬車は嫌な派手さは無く八人ほど乗れる広さの大きな馬車だ。先頭に繋がれた茶色い毛並みの馬が四頭、ブルルと鼻息荒く出発を待っている。


「馬車なんて初めて……お姫様になったみたい……!」


 星野が目を輝かせている。

 確かに普通に生活していれば馬車に乗る機会などそうそう無い。浮かれる気持ちもわからなくはない。

 少しすると兵士たちが城の門を開き始め、開ききったところで馬車がゆっくりと動き始めた。

「行ってらっしゃいませ」と大きくお辞儀する兵士たちを背に、馬車は速度を増して城外へと進出した。

 フェルマニア城は高台の上に聳え立ち、その周囲を円状に囲むように巨大な街が形成されている。馬車で城下街へと降りるには城から街へと繋がる巨大な螺旋状の道を下っていく必要がある。その際に馬車からこの街全体をこうやって一望出来る訳だ。


「すっごーい!」


 星野が馬車の窓を覗き込んで叫んだ。


「お城から見た時よりもずっと大きく見える……!」


 成村も興奮した表情を見せる。地球にいてもこの絶景はなかなか見られるものでは無い。はしゃぐのも無理は無いだろう。

 ユウも窓の隙間から覗き込み、街の風景を観察した。

 街並みは全体的に赤と白を基調とした建物が多く見える。ここからだと豆粒程度だが馬車や人の通行も見て取れた。しかし街中からキラキラと光が反射している通路がある。


「あの光ってるのって」

「あれは水路です」


 ユウが呟くと、隣でアリスが答えてくれた。街中には街全体を循環している水路があるのだとか。水聖石と呼ばれる、マナを与えることで聖水を生み出す石を使い、水路を使って街全体にそれを行き渡らせている。

 聖水は周囲の空間の汚染を浄化しつつ、弱い魔物を寄せ付けない効果があるらしい。街を綺麗に、かつ安全に保つ為に取り入れられたものらしい。


「他に、王都全体を囲む壁にも魔獣よけの魔道具が幾つも設置されてるんです」


 アリスは得意気な顔で教えてくれた。外には凶暴な魔獣も生息していると授業で習ったので、普段どうやって生活しているのか気になっていたが色々と工夫を凝らしているようだ。

 そうこうしているとあと少しで馬車が街へ降り立つという所まで来た。


「さて、そろそろ顔を出すのは控えてくれ」


 ベルザムが言うので窓から顔を引き、カーテンを閉める。これで外から車内が見えない状態になった。


「悪いな。勇者の召喚は公表されたものの、今君たちを市民の前に晒すのは避けたい。混乱を避けるためにも今は身を隠してくれ」


 という事らしいので、せっかくだが王都見学はお預けだ。またいずれじっくりと見て回りたいとユウは思う。


 しばらく進むと馬車の揺れが少し大きくなった。揺られている感覚で、地面が舗装された道から砂利道に変わったのが何となくわかる。一神も気がついたようで、ベルザムの顔を見た。


「もしかして」

「ああ、たった今王都を出た」


 星野がカーテンを少しだけ捲った。その隙間から見えた景色は、風に揺られる青く広大な草原だった。先程の街並みもそうだが、今にも冒険が始まりそうな、いかにもな光景を目の当たりにすると、自分たちは本当に別の世界に来たのだと実感させられる。みなも見なれぬ景色に少し圧倒されていた。


「そう言えば、今どこへ向かっているんですか?」


 ふと一神が尋ねた。みなが気になっていたことだ。まだベルザムからは王都の外へ出て訓練するとしか聞いていない。


「今向かっているのはアルデラの森だ」

「アルデラの森……?」

「アルデラ火山と呼ばれる標高五百メートル程の小さな活火山、その周辺を覆う森林地帯のことだ。今回はその森で魔獣討伐訓練を実施する予定だ」

「魔獣……」


 全員の表情に緊張が走る。

 魔獣の討伐ならこの二ヶ月の内に城内訓練場で嫌という程やった。正直な話、勇者パーティーにとっては魔獣を殺す訓練が最も苛烈であったと言える。初めは小さな魔獣から始まり、大型の魔獣、そして人型の魔獣と続いた。初めて実施されたゴブリンの討伐訓練はパーティーの半数が断念する結果となったが、ベルザムの厳しい指導の甲斐あってか、最終的には全員がゴブリンの殺害を成功させるに至った。

 だがこれまでの訓練で戦った魔獣達は全て拘束された弱小個体に過ぎない。今回は外に生息する魔獣と直接戦うのが目的のようだ。


「あの、てことは僕らこれから森の中で魔獣と戦うってことですか?」

「ああそうだ。お前たちの実力なら問題ないと判断した。お前達の実力は既に上級騎士を上回っている。お前達が億さず、本来の力を発揮出来ればこの辺りの魔獣など恐るるに足りない。火山が噴火でもしない限り危険はないだろうな」


 ベルザムは冗談っぽく笑って答えるが、その「お前達」とやらにユウも入っているのか不安なところである。これまでの二ヶ月、ユウは訓練である程度まともに戦えるようになったつもりではいる。だがいきなり魔獣と実践だなんて正直一般人に毛が生えた程度のユウからすると荷が重い。

 ユウが少し不安に思っていると、腕を組んでこちらを睨んでいた桐山と目が合った。


「おい雨宮、お前ちゃんと戦えんのか?」


 桐山はぶっきらぼうに聞いてきた。それを見て相変わらずだなあと思いつつも、その姿にどこか愛嬌まで見えてユウは笑った。


「さあ、戦えるかどうかはちょっと分かんないな。俺弱いし……」

「ふん、足手まといにはなるなよ」


 桐山はそっぽを向く。

 しかし一神がニヤついた表情で、


「そんなこと言って、桐山はユウのこと心配してるんだろ?ほんと良い奴だよな!」


 みんな分かっているがあえて口に出さないことを、一神は躊躇なく桐山に言ってしまった。


「なっ、バカ言うなっ!俺はただ……足手まといを助けてる余裕なんかねぇって言いたかっただけだ!」


 頬を染めて叫ぶ桐山を見て、思わず星野が吹き出した。


「でも、余裕があれば助けちゃうんでしょ?」

「ぐっ……」


 星野にとどめを刺されたことで、桐山は俯いて何も言わなくなってしまった。

 一同は擽ったそうに笑う。

 桐山大河という人間は、聞いていた噂ほど悪いやつじゃなかった。と言うか良い奴だとユウは思う。態度は無愛想で、つい突き放す様なことを言いがちだが、実は誰よりも仲間のことを常に気にかけている。それが分かってからは早かった。皆が彼に歩み寄り、彼もまた少しずつ皆へ近づこうとしてくれていた。あの成村でさえ、今では桐山と少しの会話くらいは出来るようになっている。

 いい傾向だと、ベルザムは軽く微笑む。

 共に戦う仲間として、勇者達は互いの信頼関係を徐々に強く構築し始めている。そしてそんな彼らを引っ張るリーダーの存在。強さと優しさ、底抜けの正義感を持つ彼がいれば――。


 一神は隣にいたユウの肩を叩いて笑った。


「心配するなよ、ユウは僕が絶対に守るから」

「光汰……ありがとう……」

「当然だろ?だって僕達は友達だからな!」


 一神は眩しい笑顔で言った。

 まったく、小っ恥ずかしいことを平然と言ってのける奴だとユウは思う。だがそれが一神の良さであり、人を惹きつける理由なのだと思う。本心からの言葉だと分かるから憎めない。勇敢で仲間思いで正義感の強い、正に勇者と呼ぶに相応しい人間だ。

 すると隣にいたアリスが突然右手をピンと挙げて、


「ユ、ユウ私もっ!私もユウを守ります!だから安心してくださいね!」


 何故か張り合うように言った。気持ちは嬉しいのだが、正直女の子に絶対守ると宣言されるのもちょっと恥ずかしい。


「あ、ありがとアリス」

「いえ!」


 アリスは満足気な顔だ。

 そうこうしていると、突然ベルザムが窓のカーテンを開いた。


「見えてきたようだな、あれがアルデラ火山だ」


 揺れる窓からは、頂上部から薄ら白い煙を上げる小さな山が見えていた。





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