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10.勇者歓迎の宴

 コンコンと部屋のドアをノックする音。

 ユウが返事するとドアがゆっくりと開き、彼女が入ってきた。

 ソフィアだ。

 彼女の顔を見て、ユウは僅かに眉を顰め、それを悟られぬように慌てて視線を逸らした。

 ソフィアの顔は青痣で酷く腫れ上がっており、幾つものガーゼが当てられている。

 痛々しくて目など当てられない。


「アマミヤ様、本日も訓練お疲れさまでした……!」


 いつにも増して元気な素振りを見せるソフィア。

 から元気、いや心配を招かぬようにとしているのだろう。

 しかし、やはりそれに触れぬのも変だ。


「だ、大丈夫か……?」


 ユウは視線を外したまま、それだけ聞いた。

 しかしソフィアは腫れあがった顔で無理に笑って言う。


「あ、これですか?全然平気です!実は今日昼間に階段で転んでしまって……私って本当にドジですよね。ご心配ありがとうございますアマミヤ様!」


 ソフィアはまるで予め用意しておいたかのようにスラスラと言い訳を並べた。


 ――嘘つき。


 しかしそれ以上ユウは何も聞かなかった。


「それはそうとアマミヤ様、もうそろそろご準備をなさいませんとパーティーに遅れてしまいますよ……!」

「え?パーティー?」

「あれ、昨日お伝えしませんでしたか?」

「いや、聞いてないけど」

「あ……で、では今お伝えしました……」


 こいつ忘れてやがったな、と思うが、今は何も言う気にならない。


「それでそのパーティーって?」

「はい、勇者様方の歓迎パーティにございます。今夜の十八時に主塔大広間の会場で予定されております」

「歓迎パーティーねえ……」


 そういえば初めて王に謁見した際に、宴がどうとかって言っていた気がする。


「国王陛下が主催するパーティーですので多くの貴族様方も参加されます。お召し物はこちらを」


 ソフィアが手渡してきたのは黒のタキシード。多分ドレスコードがあるのだと思う。王主催のパーティーに制服や客服、まして訓練用の闘着で行くわけにもいかないだろう。

 だが正直、気が重い。パーティーだなんて洒落臭いもの、誰が好き好んで行くものか。けれど行かなかったら行かなかったで後々面倒なことになるかもしれない。


「はぁ……わかった着替えるよ」


 ユウはソフィアからタキシードを受け取ると、徐に服のボタンに手をかけた。


「ひぁっ、まま待ってください!今出ま――きゃああっ!?」


 ソフィアは足をもつれさせてすっ転んだ。

 まったく、騒々しさの頂点みたいな奴だ。


 *


 会場に着くと既に多くの人間が集まっていた。

 皆一様にドレスやタキシードで着飾っている。


「すごい人だな……」


 ざっと見て七、八十人はいる。

 ユウが人混みに気圧されていると、黒服の男が声をかけてきた。


「アマミヤ様、探しておりました。どうぞこちらへ」


 よくわからないが言われるままに黒服の男に付いて行く。

 するとそこには、一神に星野に成村、そしてアリスが一か所に集まっていた。端っこにポツンと桐山もいる。


「お待ちしておりました、アマミヤさん」


 アリスが笑顔で迎える。


「みんな、ここで何してるの?」

「これから王様の開会の言葉があるんだって」


 星野が答える。


「つまりパーティーの開会式ってこと?」

「ただの開会式じゃありません。今から国王陛下直々に、正式な勇者召喚宣言が行われるのです」

「勇者召喚宣言?」

「はい。勇者様の召喚に成功したという事実はこれまで城の中だけに留めていましたが、それを今から公に発表するのです。この宴には世界各国の使者も招待しておりますので、世界中に勇者様の存在を宣言することとなります」


 星野が訪ねる。


「宣言……するとどうなるの?」

「世界中の国々が皆様のために支援をしてくださるのです。世界が一丸となって、打倒魔王の体制をとることになります」


 なるほど、でもそれで何で俺たちがここに集まる必要があるのだろう。

 ユウが疑問に思ったその時、会場内がシンと静まり返った。

 皆の視線が一か所に集まる。

 国王だ。

 会場中央の玉座に座る国王が、言葉もなく立ち上がったのだ。たったそれだけの動作であたりは静まり返り、全員の視線をかき集めた。

 やはりあの男の威厳に満ちた姿には、ユウも思わず息をのむ。


「皆の者よ――」


 低く響く声が広間全体に静かに広がる。


「今宵の宴の前に、皆に重大な知らせがある」


 大半の貴族達が顔を見合わせて不思議な顔をする。

 現在勇者の存在を知っているのはこの城の者だけ。他の貴族連中は知らないものも多いのだろう。


「我らが大地アスガラントは、長きにわたり平和と繁栄を享受してきた。しかし皆も知っておる通り、その平穏を脅かす影が再びこの世に蘇ろうとしている……魔王だ!魔人族は魔王を復活させ、再びこのアスガラントを手中に収めんと画策している」


 貴族や騎士たちは真剣な目で王を見つめた。


「しかし、我らがこの脅威に屈することはない。何故なら我々には女神メルトア、そして女神が遣わし伝説の勇者がついているからだ……!」


 どよめきが広がる。


「我々は女神の導きにより、勇者召喚の儀を成功させた……!彼らがいる限り、我々に敗北の文字はない!」


 王の宣言により、会場内は大盛り上がり。


「では紹介しよう、彼らが――我らアスガラントの民を救うべく剣を取った英傑、異界の勇者たちだ」


 王が手を掲げたことで全員の視線がこちらに集まる。


「さあ参りましょう」


 アリスが先導し、戸惑いながらもユウ達は王の前に集った。

 ここに集められたのはこの為だったのだ。

 観衆は声を上げ手を叩き存亡の眼差しを向けてくる。

 地獄だ、早く帰りたい。

 すると王が、


「では、勇者の代表から一言いただこう」


 ユウは思わずギョッとしたが、即座に安堵した。この中で代表といえば彼しかいない。勇者の聖剣を持っているのも彼だけだし。


「一神さん、お願いします」

「え、ぼ、僕がリーダー?」

「あったり前で、しょ!」


 星野に背中を叩かれてよろけた一神が一歩前に踏み出した。

 一神の言葉を聞くため、また周囲は静まり返る。

 一神の聖剣は羨ましいが、こんな時には無くてよかったと心底思う。


「あ、えっと……初めまして、一神光汰って言います」


 喋り出しから一神の緊張感が伝わってきてユウは身震いする。


「その……何ていうか……僕は未だに自分が勇者だって自覚が湧かないんです。本当に僕なんかが魔王に勝てるのかどうかもわからない…………でも、それでも、僕は戦いたい。この国の、いや世界中の人々のために。僕の力で人々の恐怖を断てるのなら、その苦しみを終わらせられると言うのなら、僕は迷わず剣を取る。そうして皆がずっと笑っていられる世界を作りたい!それが僕に課せられた使命であり、僕の夢なんだ!」


 大きな拍手喝采が起こった。

 多くの貴族や騎士たちは一神の演説で大層盛り上がっている。

 国王が一神の肩に手を置いて叫んだ。


「聞いたな皆の衆!この強く清き真の英傑、伝説の勇者が、これより我らの進む道を切り開く!今ここに、我がフェルマニアの名を持って宣言する!我々は近い内、魔大陸へ進行し魔人族を根絶やしにする!」


 王の宣言により歓声は爆発し、騎士達は手に持つ剣を突き上げて咆哮をあげた。

 その熱量を前にユウだけが気後れしている。


「それでは勇者誕生をここに祝し宴を始めようぞ!みな心ゆくまで楽しんでくれ!」


 王の合図により歓声と拍手がこだまし、楽師たちが祝福の調べを奏で始める。華やかに着飾った者達が杯を掲げ、ついに宴が幕を開けた。


「私は他の貴族の方や他国の使者様にご挨拶に伺います。また後で合流しましょう」


 開宴早々アリスはそう言うとその場を離れた。

 それを見送ったあと、喧騒の中で一神が言う。


「じゃあ僕らは僕らで一緒に」


 しかしその途中、大勢のドレス姿の女性達が一斉に一神を取り囲んだ。

 彼女達は口々に一神に詰め寄り、その身体を引っ張りあった。一神は物凄く困り顔で、どうしていいのかわからないって感じだ。

 しかし引っ張りだこは一神だけじゃない。星野も成村も全く同じ状況で、姿が見えなくなるくらい大勢の男性に囲まれている。

 もちろん桐山も同様だったが、彼は物凄く嫌そうな顔を見せたあと「ちっ、くだらねえ」と言って会場から姿を消してしまった。

 ユウはひとり、ぽんつとその場に取り残される。


 ――一神はわかるが、何で桐山みたいな悪人面がモテて俺には誰も言い寄ってこないんだよ。


 ユウは別にモテたいわけじゃない。わけじゃないが、一神や桐山を見ているとちょっぴり悔しい気持ちになる。多分ユウが勇者組の中でも飛び抜けて無能だと言うことは城内で噂になっているのだろう。口の軽そうなメイド達も散々噂していたことだし間違いない。

 とは言えむしろこの状況は都合がいい。他人と関わるなんて面倒だし、会う人会う人に愛想振り撒いていたら疲れてしまう。人脈のパイプ作りは一神達だけで十分だろうし、これ以上誰かと関わりたくない。


 そんなことよりも飯だ、とユウは思う。

 会場のあちこちにはラウンドテーブルが設置され、人々がワイン片手に立ち囲んでは談笑している。食事はビュッフェ式のようだ。

 正直少し緊張しないでもない。こんなタキシードなんて着たこともなければ、格式の高そうなパーティーにお呼ばれしたことも無い。礼儀作法も知らないので恥をかく可能性もある。

 だがまあ、それでも別に構わないとも思っている。誰になんと言われようが、所詮は赤の他人。気にするだけ無駄だと割り切ることが出来る。


 ユウは目の前のターンテーブルに近づき、銀の皿を一枚拝借して大皿に乗った料理を取っていく。

 まず手を付けたのは赤牛のローストだ。

 かぶりついた瞬間赤い肉汁が溢れだし、口の中に熟成された牛肉のコクと鹿肉のような野性味が広がる。

 その後、口直しにサラダを取る。ただのサラダじゃない。五種類の季節の野菜を使い、上にチーズをまぶし黄金蜜のドレッシングをかけてある。普段は野菜なんて好んで食べないが、これに関しては別だ。

 想像通り野菜の苦味は一切感じず、むしろ野菜の甘みや香りをドレッシングが引き立てている。チーズもいいアクセントだ。

 続いて気になったのが、小瓶に入ったスープだ。かなり湯気が出ている。余程熱々なのか。料理の説明欄には火炎茸のスパイススープと書かれてある。

 好奇心でひと口啜ると、口の中が焼けるように熱く辛い。が、その中にしっかりとした奥深い旨みが感じられる。これは癖になりそうだ。

 しかし辛い。

 何か飲み物を、そう思った時、近くを歩いていた給仕がトレンチに白ワインを乗せていた。


「ごめん、それちょうだい」


 返事を聞くまでもなくワイングラスを掴み取り、ワインを飲んだ。


「うっま……」


 あまりの飲みやすさにグラスのワインを二度見した。


「そちらは月光果実のワインです。甘くて飲みやすく、後味の引きもいい高級酒です」

「へー」


 給仕はどこか自慢げだ。

 そんな給仕の手に持つトレンチにユウは飲み切ったグラスを戻した。

 さて次は。

 他のテーブルも見て回ろう。そう思っていた時だった。

 男共に囲われて慌てふためいている成村が近くにいるのに気がついた。彼女の顔は真っ青で今にも倒れてしまいそうだ。確か彼女は男性が特に苦手だと言っていた。


 ――ま、俺には関係な


 彼女と目が合ってしまった。

 猛烈に助けを求めるその視線。

 ユウは慌てて目を逸す。が、すぐに「はあ〜」と深い溜息を吐いたあと、仕方なく彼女の元まで歩いた。

 成村を覆う肉壁の合間に手を突っ込んで、


「はいちょっとすみませんね〜」


 そう言って成村の手首を捕まえて引っ張り出す。


「ゆ、ユウくん……」

「千代、あっちで一緒にだべよ?」

「え、あ、」


 成村はユウに握られた手をジッと見つめ、引っ張られるままにその場を後にした。同時に彼女に引っ付いていた男共はガッカリした様子で霧散する。


「大変だったね」


 そう言って彼女の腕を離す。


「あ、ありがと……」


 礼を言う成村。しかし彼女は心ここに在らずと言うか、大層不思議そうな顔で自分の手首を見つめている。そして突然ユウの顔を見た。

 何だこいつ。

 ユウがそう思った瞬間、成村は物凄く目を輝かせて言った。


「す、すごい……!」

「な、なにが?」

「あの、わたし、男の人が苦手で……普段男の人に触られたりするとパニックになっちゃったりするの……さっきも囲まれてるだけで気絶しそうなくらいだったし……」

「……そう、なのか」

「うん、でもね、でもね……何でだろう!ユウくんは全然嫌な感じしなかったの!」


 物凄く興奮した様子で成村が詰め寄る。

 その影響でユウが一歩引く。


 ――な、何なんだこいつ急に……。


 しかし何か返さなければと思い、ユウは口を開く。


「そりゃ、俺と千代は友達……だからじゃない?」

「……とも、だち」


 成村が頬を染めて、物凄く嬉しそうな顔ではにかむ。

 ユウの言葉で、彼女は心底喜んでいる。

 痛いほどそれがわかる。

 ユウは思わず自分の服の胸元をギュッと握り、彼女から視線を逸らした。


 ――バカかよ。なに罪悪感なんて感じてんだ。


「ねえユウくん……もう一度手を、触ってもいい?」

「……っ、あ、ああ」


 ユウの徐に出した左手に、彼女の右手がゆっくりと近づき、指先から触れた。

 サイズの違う二人の手が重なり合う。


「ふふっ、やっぱり……嫌じゃない」


 成村がまた笑うので、ユウは視線を逃がすしかない。彼女の顔を見ることが出来ない。

 そのとき、


「ああ……!?」


 近くで大声が聞こえて視線をずらすと、星野が口を開けて驚いた顔をしていた。さっきまで男に囲まれていたのに、振り切ってきたのだろうか。


「ち、ちちちよが……お、男の子とて……手を……」


 それを聞いて我に返った成村が真っ赤な顔で手を引っ込めて否定を始めた。


「ち、違うの!こ、これはその……!」

「な〜んだも〜隠さなくてもいいのに〜!」

「だ、だから違うの……!」

「いや〜まさかあの男嫌いの千代が私より先に……」


 物凄く勘違いをしているようなので、ユウも訂正に入る。


「星野さん、違うよ。千代が男子に触れるのが怖いって言ってたから、俺が練習相手として付き合ってたんだ。別にそういう関係ってわけじゃないから」

「ああ、なーんだそうなの?でもでもっ、手に触れることが出来たってことはさ〜」


 星野はおじさんみたいな目付きで千代に視線を送る。

 成村は真っ赤な顔を手で隠して黙り込んだ。

 まったくこの恋愛脳が。

 するとそんな最中、


「ユ、ユウ!ユウじゃないか!」


 声がして視線をやると、女性に囲まれた一神がそこにいた。


「ユウ、みんな!一緒に食事でもどうだ……!」


 随分と焦ったように一神は手を振っている。

 彼の言葉を意訳すると、助けてくれってことだと思う。

 全く面倒だとは思いつつ、正直助かったとも思う。今こいつらと一緒はちょっと気まずいところだった。


「光汰、もちろん一緒に食べよう……!」


 ユウ達が合流したことで、周囲の女共が捌けていく。


「はぁ……助かったよ」


 一神はかなり疲れた様子だ。余程執拗かったのだろう。


「でもこれで全員揃ったな。せっかくだし、みんなで何か食べようぜ。あとで桐山も誘ってみよう」


 切り替えの早い一神が提案すると、星野が無邪気に手を挙げた。


「はいはい!わたしお酒飲んでみたい!」

「こら愛風、未成年の飲酒は法律違反だぞ」

「え〜!」


 星野が残念がってるが、ユウは今さっきワインを飲んだばっかりだ。

 すると成村が思い出したように、


「でも、この国での成人は十五歳からだったような……」

「え、じゃあいいのか?ん?この場合はどっちの法律を守ればいいんだ……?」


 一神は顎に手を当てて考えている。

 そんな横で、どうでもいいけど早く帰りたいななんてユウは思う。

 その直後――。


「――キャッ!?」


 突然、近くで誰かの悲鳴が聞こえた。

 視線を向けると、そこには赤いドレスの女性と、アリスが立っていた。しかしアリスの着る美しい純白のドレスにはワイン色の赤いシミが出来ている。これだけで何となく状況は察することが出来た。


「あらあらごめんなさい?ついつい手が滑ってしまいましたわ」


 赤いドレスの女はこれでもかと嫌味ったらしい態度で嘲笑う。

 多分わざとだろう。王主催のパーティーで王女に対してワインをひっかけるなんて、随分と肝の据わった女だ。

 ユウは即座に動いた。


「アリス、大丈夫?」


 アリスの元まで駆け寄ると、ユウはハンカチを取り出して彼女に差し出す。


「ア、アマミヤさん……ありがとうございます……」

「別にかまわないよ」


 まあアリスは王族だし、お金持ちだし、ここらで恩を売っておくのも悪くない。

 すると赤いドレスの女はユウを見るなり顎を上げて言った。


「あら、あなたもしかしてあの勇者アマミヤさん?」

「そうですけど……」


 ユウが答えると、女は何がおかしいのか急に大声で笑い始めた。


「くく、ごめんなさい……つい可笑しくって。でも類は友を呼ぶって本当なのね。どうアリス?落ちこぼれ同士で慰め合う気分は」

「…………っ」


 アリスは俯いたまま何も言わず、ドレスの裾を握りしめた。

 ユウは今ので大体の状況が掴めた気がする。恐らくユウが雑魚の役たたずだと言うことはこの女も知っているのだろう。そしてどういう訳かアリスもこの女に落ちこぼれ扱いされていて、この女はアリスの名前を呼び捨てに出来るほどの権力者、大体そんなところだろう。


 ――しっかしこの女、絵に書いたような悪役令嬢だな。


「ねぇアリス、聞いているのよ?」

「わ、私のことは……なんと言っても構いません。ですが、アマミヤさんのことは……」


 アリスは振り絞ったような声を出す。感情を押し殺しているのか、はたまた怯えて声が上ずっているのか。

 しかし彼女のとる行動をユウは理解できない。なぜ態々庇うようなことを言う。事を荒立てないように、こんなのへらへら笑って聞き流してしまえばいいというのに。なのにどうして彼女は自分を庇おうとしているのだろう。


「なんて言ってるのか聞こえないわ。はっきり聞こえるように」

「アマミヤ様を悪く言うのはやめてください。彼は私たちの大切な仲間です。例え私が劣血の王女だとしても、アマミヤ様がバカにされるのは我慢なりません」

「くっ――」


 アリスの言葉が癪に障ったのか、赤いドレス女の眉が見事に歪んだ。

 アリスは震える手を抑えるように、今もドレスの裾を握り締めている。


 ――もうやめろ、迷惑だ。何でお前らはいつも俺なんか庇うんだ……自分のことだけ大事にしてろよ。俺なんて無能の役立たずで、メイドにすら馬鹿にされるような人間なのに、優しくしたってメリットなんかないだろ……なのに何で……。


「あら、汚い下民の娘が私に口答えするのかしら。よくそんな真似が出来たものね。気に入らないわ」


 ――もうやめろよ。嫌いなんだよ。


「あなたの母親もそう、下女の分際で父上に取り入って末席を汚しておきながら、よくもまぁのうのうと生きていられるものね。あら?もう死んでいたのだったかしら?あっはははっ!」

「――っ」


 ――嫌いなんだよ、お前ら人間が……だから……。


「あなた達って本当にそっくりね。親子揃って王家に住まう寄生虫。この薄汚い」


 それを言い終える前に、女の頭に真赤なワインが流れ落ちた。

 ユウは逆さに向けたグラスを片手に一言。


「わるい、手が滑った」


 女は一瞬呆けた面をして固まっていたが、顎先から赤い雫が滴り落ちるとようやく状況を理解した様で、プルプルとその身を震わせ始めた。


「あ、あなた……自分が何をしたのか分かっているのかしら…………」

「だから、手が滑ったんだよ。ごめん」

「あ、あなたっ……!この私が、フェルマニア王国第一王女エルデナ・エルーナ・フェルマニアと知っての狼藉かしら!?」

「いや、知るわけないだろ。あんたそんなに有名じゃないんじゃね」

「――なっ」


 エルデナは顔を真っ赤にして狂ったように睨みつけてくる。そんな彼女にユウは追い討ちとばかりに言う。


「なあ、お前悔しいんだろ?アリスが聖女の力を持っているからか、勇者達とよろしくやってるからか、それとも国王陛下に娘として差を付けられてんのか?いずれにしても、下女の娘で第三王女の妹アリスに劣等感を抱いている。だから悔しくて悔しくてたまらない……」

「……っ!」

「ふっ、図星か?」

「とっ……捕らえなさい!!」


 第一王女の鋭い叫びで、周囲にいた数人の兵士達が一斉に飛びかかってきた。男達は強靭な肉体でユウの体を地面に押さえつける。

 抵抗しようと腕に力を入れてみるがビクともしない。

 ユウは焦っていた。第一王女を挑発すればこうなる未来は容易に想像できた筈なのに、何故自分はこんなことをしたのか。馬鹿みたいな話だが自分で理由がわからない。ただ何となく気が付いたらワインを引っ掛けていて、つい挑発的な態度まで取ってしまった。自分で自分がわからない。


 ――何やってんだ俺……今までませっかく上手くやって来てたのに、ほんと何やって……。


 しかしこんなことで図星を突かれたエルデナの怒りは収まらないらしい。


「今すぐこの者の首を刎ねなさい!」


 大きな声で処刑命令を下した。


 ――う、嘘だろ……いくら役立たずの無能でも一応勇者だぞ!?こいつ正気じゃない……。


「ま、待ってくださいお姉様!!」

「黙りなさい!さぁ早く殺すのよ!」


 アリスが必死に止めようとするが、他の兵士たちに阻まれ動けない。

 エルデナはアリスの言葉などこれっぽっちも聞く耳を持つ様子もない。

 本当に殺される。

 ユウが死を覚悟したその時だった。


「ダメッ!!」


 大声を上げてユウの目の前に割って入ってきたのは、成村だった。

 目の前で両手を広げる成村の身体は、小さく震えている。

 震えるその小さな身体の僅か数センチ先には兵士の握る剣の切っ先がある。


 ――何、やってる……怖くないのかよ……男と話すのも苦手なくせに、何やってる。何かメリットがあるのか?いや、どう考えてもデメリットしかない。何で出てきた……何で、お前たちは…………。


「こ、殺さないで……!ください……こ、この人……ユウくんは友達なんです!だから……!」


 ――は……?それが理由かよ、バカかこいつ。ついこの間なったばかりの友達だろ。お前の嫌いな男だろう。俺はお前を利用するために上っ面だけで友達になったのに、俺なんか信用して……ほんっとに救いようのないバカだ……。


「ユウッ!どいてっ、すみません!彼を離してください!」


 一神が野次馬を押しのけて割って入ってくる。


 ――今度はお前か……まったく何考えてんだ……。


「あ、あなた達……」


 突然の勇者達の加勢にエルデナはたじろぐ。

 すると今度は人混みの中からずかずかとやってきた桐山が、成村の前で剣を向けている男の前に赴き、その剣の刀身を素手で掴んだ。

 剣を握りつぶす勢いで力を込める桐山の手から血が滴る。


「剣を下ろせ……」


 静かに燃えるような彼の威圧感が、兵士に剣を下げさせた。


 ――ほんと、バカばっかり。


 ユウは呆れを通り越して、何故か笑いが込み上げてくる。

 そんな最中に大声が響いた。


「一体何事だ!?そこで何をしておる!?」

「お、お父様……」


 大声で駆け寄ってきたのは国王だ。

 第一王女がたじろいでいる。

 この時点で、ユウは自分の生存を確信していた。いくら使えない落ちこぼれ勇者だとしても、一神達の友人をこの場で殺すわけがない。それで一神が魔王討伐に協力しないと言い始めたらそれこそ問題だからだ。国王だってそれくらい分かっているはずだ。やはり一神達を味方に付けておいて正解だったと思う。


「この馬鹿者が!今すぐ無礼をやめよ!エルデナ、勇者様方に謝るのだ!」

「…………っ、も、申し訳ございません……」


 国王が命令するとエルデナはあっさりとその頭を下げた。プライドの高そうな女だし、この大衆の面前だ。かなり恥をかいたに違いない。


「いってぇ〜腕折れたかも」


 ユウを押さえつけていた男達が離れたので冗談交じりにそんなことを言ってみると、泣きそうな面のアリスが飛びついてきた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「雨宮くん大丈夫?神聖術かけてあげるね」


 星野も心配そうに神聖術をかけてくれた。しかし特に怪我もしていないし、そもそもユウには〈超回復〉があるから問題ないのだが。何も言わず放っておいた。


「我が娘がとんだ無礼を……誠に申し訳ない……」


 国王は丁寧に謝罪する。


「いえ別に、俺もわざとじゃないとは言えワインをかけてしまいましたから……」


 勿論わざとなのだが、澄まし顔でそうではないと主張しておく。


「皆の者もすまない。水を差してしまったな。さあ宴を続けてくれ」


 国王がそう言うと、何事も無かったかのように中断されたパーティーは再開されたのだった。





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