第27話 『僕達』と『貴方達』
「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
フィルはひたすらに『黒い包丁』を振るい続ける。
自身に迫る数多もの『刃』から身を守るために。
一つでもその『刃』を身に受けてしまえば、即座に致命傷となりかねないその『脅威』を―――フィルは防ぎ続けていた。
だが―――それももう、後数十秒ほどが限界。
冷静にフィルの動きを見続けているスクトはそう結論付けていた。
ヴィア=ウォーカーのかけた『高等強化魔法』は、もうすぐ解ける。
そして、その瞬間が彼の最期となる―――
その少年の姿を目に焼き付けながら、スクトはぽつりと呟いた。
「フィル=フィール―――僕と同じく『魔物』と奇妙な縁を結んだ者―――」
それも何の因果か、同じ『スライム』を相手に。
更には、ガーデン家の令嬢とも絆を紡いだ。
まるで―――――違う世界を生きた自分のようだ。
「ふっ―――」
薄い笑みを浮かべながら、スクトはかぶりを振った。
そのくだらない妄想を、消し去るように。
そして―――
「はぁッ……!!
はぁッ……!!」
荒い息をつくその少年を見つめたスクトは―――
「おそらく―――後数秒、かな」
その直感と共に―――全てを終わらせる為の構えを取る。
自身の周囲へ『刃』と化した『防御壁』を展開し―――ただ目の前の少年を見据える。
そして―――――
「え―――あ――――」
フィルの口から、困惑の声が上がり―――同時に、『黒い包丁』を構えていた腕が、重力に引っ張られるように下がる。
それは軽く感じていた自身の身体の重さが戻ったことの―――つまりは、『高等強化魔法』の加護が消えたことの証なのだろう。
それを見たスクトは―――――
「終わりだ―――フィル=フィール」
―――ヒュバァッッッッッッッッッッ!!!
全ての『刃』を―――奔らせる!!
そして―――――!!
「う―――おおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
―――ガッギギギギギギギギギギギギギギィィッッ!!!
フィルは―――その『刃』を、叩き落す!
ヴィアの『高等強化魔法』が解けた、その身で―――!
「ああ―――想定内だよ」
フィルのすぐ背後から―――スクトの声が響く。
スクトが奔らせたモノは―――『刃』だけではなかった。
『刃』と同時に―――自身も動いていたのだ。
スクトは、フィルのことを決して甘く見なかった。
『マーナ山』での戦闘時―――フィルは不完全とはいえ、スクトの『刃』を叩き落すことが出来ていた。
ヴィアの『強化魔法』が解けても、まだコーディスの『強化魔法』が生きている今の状態であれば―――『刃』から己の身を守ることは出来ても不思議ではないと考えていたのだ。
ゆえに本命は『刃』ではなく―――『刃』以上の速度を出せる『時間魔法』を用いた加速による肉薄。
今のフィルでは見切ることの出来ない『速さ』をもって、彼の背後を取り―――
そして―――終わらせる。
フィルの背後で、右腕を振りかぶったスクトは―――
「さようなら、フィル君」
その拳を、フィルへと―――
「―――――――え?」
スクトの口から―――困惑の声が上がる。
右拳が打ち出されることはなかった。
振りかぶった右腕に―――『6倍』のサイズの『黒い包丁』が、めり込んでいた為。
「スクトさん―――」
その『黒い包丁』を握る少年が―――『刃』を全て叩き落した直後、即座に背後へ向けて『黒い包丁』を振り抜いた少年が、口を開く。
「『貴方達』は―――『僕達』に勝てない」
その、直後―――!!!!
―――ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
「ッ―――――!!!!!!!!」
スクトの身体が―――音速を超える程の勢いで吹き飛ぶ!!!
そして―――
―――ビキビキビキビキビキィィ!!!
『黒い包丁』の一撃を受けた右腕に―――凄まじい音と共にヒビが走る。
そのヒビは右腕のみならず、肩や胸にまで広がっていった。
「ぐッ――――がぁあああああああッッ!!!」
スクトは地面に足と腕―――そして幾重もの『防御壁』を突き立て、その勢いを殺す。
それでも数百メートル以上も地面を引きずったスクトは―――
―――パキッ、ピキッ……!!
「な………ぐ、あ………!!!」
未だ音を立ててヒビの広がりを見せる右腕を左手で押さえ―――目の前に視線を向け、彼を見る。
遥か遠くに立つ―――その少年を―――
「な……にが……!
何故……!?
僕の動きが……見え………!?」
スクトは混乱の極致の中にあった。
『時間魔法』による肉体加速を『高等強化魔法』の補助なしで見切るのは不可能。
コーディスの『強化魔法』が生きていても、それはまず間違いないはずなのだ。
ならば何故―――!?
「アリーチェさん―――」
その時―――少年の口から、ある少女の名が聞こえた。
何故、今その名を―――?
『『貴方達』は―――『僕達』に勝てない』
スクトの脳裏に、この一撃を食らう前のフィルの言葉がよぎった。
「まさ―――か―――――!?」
スクトは―――その『可能性』に思い至った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「《ファイアー・ジャベリン》!」
―――ヒュボォオオオァッッッッッッッッ!!!
アリーチェの掌から『炎の槍』が放たれる。
だが―――それはもはや『槍』というより『戦車』と形容した方がよい程、余りに巨大なものであった。
凄まじい速度で飛来する『炎の槍』を―――
「くぅっ―――――!!」
―――ボシュゥゥゥッッッ!!!
サンドリーチェは掌に触れた瞬間に『消失』させた。
だが―――――
―――パキィ……!
「っ……………!!!」
その掌には―――ヒビが広がっていた。
『消失』が、完全には間に合わなかったのだ。
「その身体………そういうことですのね、お姉さま」
アリーチェはその姉の身体の異常を見ても、対して驚いた様子は見せず―――悲しげな瞳で呟くだけであった。
「ぐっ――――!!
アリーチェ………!!!」
間違いなく、サンドリーチェは追い詰められている。
それでも―――完全に勝負が決まったというわけではない。
まだ、実力差が無くなったというだけ。
アリーチェにはこれまでの戦闘による身体への負担も残っている。
こちらにも勝機はまだ残っている――――!
そう思いながらも―――サンドリーチェの頭の中にはある疑問が浮かんでいた。
何故―――アリーチェは未だに『加速魔法』を使ってこない―――?
『加速魔法』―――それはアリーチェの得意魔法。
自身や触れている物体に音速を超える程の加速を付与させることのできるこの魔法は、普段のアリーチェの『魔力値』ではほんの一瞬しか保つことが出来なかった。
だが今の彼女であれば、十分戦闘に耐えうる程の時間、発動し続けられるはずなのだ。
まだ温存しているのか―――
『加速魔法』無しで勝てると踏んでいるのか―――
「フィル――――」
その時―――アリーチェの口から、少年の名が聞こえた。
何故、今その名を―――?
『どれだけ強大な『力』を得たとしても―――たった『2人』では『わたくし達』には敵わない』
サンドリーチェの脳裏に、先程のアリーチェの言葉がよぎった。
「まさか―――――!!!」
サンドリーチェは―――その『可能性』に思い当たった。




